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<第三十二章 意外な影響>

 昭和十五(1940)年九月。


 瀋陽で飛行場工事に励むこと一週間でようやく交代のオペが来て、俺は日本へ帰ることが出来た。

 その間にもソ連との間には小競り合いが始まっている。

 飛行場なんか真っ先に狙われそうだから、あやうく戦闘に巻き込まれるところだ。

 危なかった。


 俺は大連から飛行機に乗り、京城経由で羽田飛行場へ着いたその足で大本営の中尉の所へ行った。視察報告のためだ。

 部屋へ入ると中尉は申し訳なさそうな顔をしながら立ち上がった。


「ご苦労だったな。

 交代要員の手配が遅れて済まなかった。重機の徴用と兵の招集は部署が違うので、齟齬が出てしまったようだ。

 ソ連の進出が予想以上に早くて急いでいたんだ。

 お前のおかげで、航空隊の進出が早まって何とか瀋陽は守れそうだ。助かったぞ」


 中尉がめったに無い詫びと礼を言ってきたので、俺は毒気を抜かれて文句を言えなくなってしまった。

 帰りの飛行機の中では中尉に思いっきり文句を言ってやろうと色々考えていたのに先を制された形だ。


「――戦争だから仕方ない。役に立ったのなら嬉しいよ。それで、戦争はどうなってるんだ」


 俺の短い満州行きの間にも日本や世界では色々なことが起きているはずだ。

 前線ではソ連の噂は良く聞いたが、その他の情報は意外と少なかった。

 それに、俺が日本へ帰る間にソ連が本格的に瀋陽へ攻めて来てるかもしれない。


「我が軍はソ連への反撃を開始した」


 まずはウラジオストック攻撃。

 海軍航空隊が新潟から長駆ウラジオストック港を攻撃して在泊艦艇、港湾施設に多大な損害を与えた。

 これには増槽を付けた九七式戦闘機(九七戦)二十二機と九七式重爆撃機(九七重爆)二十四機が参加している。

 ウラジオストックにはレーダーが設置されていないようで、完全な奇襲の形になった。


「だが、一番の目標の潜水艦はほとんどがすでに出港済みで撃沈は数隻のみにしか過ぎん。

 残りは今から根気よく潰していくしかない」

「どうするんだ」

「駆逐艦と哨戒機で警戒するしかないな。それと、各海峡に機雷を設置してソ連の潜水艦を日本海に閉じ込める。清津、興南の航路が危険だが、これは護衛を付ける。最重要の大連航路は何としても守らねばならん」


 また、ウラジオストック港外に機雷設置もしたそうなので、少しは引っかかるかもしれない。

 この時初めて知ったが機雷は水深千メートルくらいの所でも設置できるそうだ。驚いた。

 機雷は海底へ沈めた重りから長いロープでつながっている。そして、自動で設定深度に浮かんで作動する。

 この時代にそんなことができるとは。ちょっと感心した。それなら、港の封鎖ができるかもと思う。


 ウラジオ攻撃と同時にハバロフスク空襲も同時に実施された。

 ハバロフスクはシベリア鉄道沿いにあるソ連の都市で一大兵站基地だ。

 開戦と同時に何度か強行偵察を行った陸軍の長距離偵察機の写真によって軍事施設が調べられていた。

 そこへ樺太の豊原郊外に集結していた海軍航空隊が兵站施設や鉄道施設の爆撃を行った。

 九七戦二十一機と九七重爆二十二機が参加している。

 こちらは内陸部にあるため奇襲にはならなかったが、ソ連は油断していたのか抵抗は小さく、一機も撃墜されることなく攻撃に成功している。


 ソ連への爆撃は渡洋攻撃となるので、洋上航法の訓練をしていない陸軍には荷が重いそうだ。

 そのうち大陸にも陸軍爆撃隊の拠点を作るそうなので、それさえできれば陸軍も活躍するだろう。


「限定的な攻撃だが、今後も続けるとじわじわ効いてくるはずだ。兵力が大きいということはそれだけ兵站も大変ということだからな」

「だが、鉄道は思ったより復旧が早いぞ。爆弾くらいなら一日で元通りだ」


 俺自身は元の世界で本格的な災害復旧の仕事をしたことは無いが、同業者として大体のことは分かる。

 基礎が丸ごと水で流されたとかのよほど酷い災害でなければ、鉄道や道路の復旧は早い。

 それに満州のどこまでも続く平原だと、基礎は簡単で良いからなおさら早い。


「あぁ、分かってる。鉄道大隊の者から、どうやったら一番復旧しにくいか聞いてる。これからは数日置きの複数箇所同時爆撃で鉄道輸送を痛めつける」

「分かってるならいいんだ」

「それから、支那でも動きがあるぞ」


 アメリカの援助が止まりソ連の援助が減ることを予想した各地の軍閥が動き始めている。

 これまで国民党は米国からの援助で無理やり中央部を抑えていたが、周辺部までは手が回らず共産党と小競り合いをしていた。国民党に表面的に従い様子を見ていた軍閥もあった。

 ここでソ連の対日宣戦をチャンスと考えた国民党が一気に全土掌握を目指して本気を出した。

 物資が尽きる前に決着をつけてしまおうというのだ。

 近いうちに内戦が激化するとの中尉の予想だ。


「まだ未確定情報だが、アメリカは支那へ対日参戦を求めているようだ。

 国民党内部の協力者からの情報だから、かなり確度が高い。

 もちろん、日本からは中立維持を働き掛けている。

 支那は日米を天秤にかけて条件を比べているんだろう」


 中国なら、そうだろうなと納得できる。


「もちろん欧州も動いている」


 フランスはボルドー一帯に押し込められて降伏寸前だったところを米国の大規模援助でかろうじて踏ん張っていた。

 米軍は海兵隊に続いて、歩兵師団も到着している。

 ドイツは補給戦が伸びていて、あと一歩のところで攻めきれない。そこへソ連参戦近しの情報が入り、急いで部隊の一部を東部へ送る。

 それで圧力の減ったフランスは何とか一息付いた。

 米国もさらに援助を送り込んでいる。

 米国が対英宣戦布告しているので、イギリスは自国船が拿捕撃沈された恨みを晴らすべく米国船へ攻撃を開始。

 もちろん、ドイツも潜水艦での攻撃を続けている。

 米国は船団護衛を開始し英独と激しい海の戦いを行っている。


 そこへソ連が対独宣戦布告でソ連がドイツ・東欧に流れ込んできた。

 ドイツは防御を固めていた東プロイセンでは何とか持ちこたえているが、それ以外では押されている。特に平野部のルーマニアの黒海沿岸は防戦一方で、ぎりぎり首都ブカレストの寸前でこらえている。

 ルーマニア軍ではソ連に歯が立たず、ドイツ軍が前面に出てソ連と戦っている。

 ポーランドはワルシャワ目前までソ連軍が迫り市内にも砲弾が降っている。

 フランスからの援助が止まったポーランドはイギリスと、窮余の策でドイツに援助を申し込んでいる。

 そして先日、米国がソ連へ送った船団を英国が攻撃、撃沈、拿捕したため、ソ連が英国へ猛抗議。次はこの二国が戦争になりそう。


 というのが、ここ最近の状況だ。

 完全に世界規模の戦争になってる。

 俺としては英国ガンバレだ。ドイツは微妙で素直に応援できない。

 ドイツは元の世界ほどの人種差別政策はしてないが、ユダヤ人の国外追放とかはしてる。

 ナチスが勝って大帝国になるのは良くない気がする。しかし、ソ連は日本の敵だから負けて欲しい。

 複雑な気持ちだ。


「このままだとドイツはソ連に押される一方でまずいんじゃないか。ドイツが倒れたら、日英は一たまりもないぞ」

「ドイツは馬鹿じゃない。何か考えているはずだ。それに、イギリスも動くだろう」

「そうだと良いが」


 他に、北アフリカでは大きな動きがあった。

 イギリスの参戦でジブラルタル海峡を封鎖されたフランスは、北アフリカ地中海沿岸の兵站が崩壊しチュニジア、アルジェリアを放棄しモロッコまで後退した。

 何万人分もの物資を輸送するには北アフリカの大地は過酷過ぎたのだ。

 フランス軍は大型装備のほとんどを放棄し逃げた。

 輸送手段の不足から撤退途中で命を落とした者も多いだろう。

 チュニス、アルジェへ避難していたフランス海軍艦艇はジブラルタル海峡突破を諦め、スペイン領マジョルカ島のパルマで自沈した。

 脱出した乗員は抵抗することなく、スペインにより拘束されている。


 これにより、地中海は完全に英独伊の支配するところとなった。

 米ソ仏の基地は一つも無くなり、艦艇が一隻も居ない。

 一番近い基地がモロッコのカサブランカや黒海のセバストポリになる。

 ジブラルタル海峡とエーゲ海さえ抑えてしまえば、完全に英伊海軍のものとなる。

 イタリアは早速石油、天然ゴム、錫等を求めて、シンガポールへ向け大船団を送り出した。


「北アフリカでロンメル将軍は活躍してるのか」

「いや、将軍は最初対仏戦で活躍した後、今はルーマニア戦線へ向かっている。

 お前の居た世界と違って、北アフリカでイタリアが頑張っているから、ドイツの助けは要らぬのだろう。

 イタリアとしてはドイツ抜きで戦ったほうが戦後の取り分が増えるからな」


 俺は北アフリカというとロンメル将軍とか砂漠の戦車戦とかしか知らない。

 てっきり、今回も将軍が活躍していると思い込んでいたので意外だった。


「北アフリカは我が方が優勢だが、中部アフリカはフランスが、まだ頑張っている。

 フランス植民地はマダガスカルを筆頭に旗色を明らかにしてない所が多い。

 フランス軍指揮下の艦艇がいるから、イギリスはアフリカ東岸を自由に通行できない。

 それで、南アフリカ-英国間の輸送は大陸を反時計回りにスエズ運河経由で行われている。

 アメリカがマダガスカルを補給基地として利用し、インド洋で活動することも考えられる。

 日英は共同でマダガスカル植民地政府へ、米国に協力した場合、攻撃することを通告した」


 日本側陣営が全て上手く行っている訳ではない。


 新聞で知っていることだが、カナダはいち早く中立を宣言した。

 アメリカとは近すぎて戦争にならないという判断だろう。

 首都オタワやモントリオールは国境線から百キロも離れていない。

 アメリカと戦争しようものなら一月もたたない内に主要都市は全て占領されてしまうだろう。

 カナダ以外の英連邦はイギリスと同調し、米国へ宣戦布告している。



「日本はドイツと同盟するのか」と中尉に聞くと、

「そんなこと貴様に教えられるか」と言われた。


 開戦を決める会議には呼ぶくせに、これは教えてくれないとか基準が分からん。


「そんなことより、話がある」と中尉。


 俺は身構えた。

 人があらたまって言う話にろくなものは無い。


「良くない話か」

「そうだな。ユンボの生産を抑えることになりそうだ」

「はああああぁーーーー?」

「キャタピラの供給を戦車へ優先する」

「えええええぇーーー」


 予想外の話に思わず変な声が出てしまった。


「満州で戦車が不足している。想定以上にソ連が戦車を投入していて、このままでは瀋陽を守りきれん。仕方がない」

「そんなぁーーー。ユンボで塹壕掘らないとダメなんだろ。ユンボは必要だろ。納得できん」

「貴様が納得するかは関係ない。そもそも満州は陣地戦だから塹壕は一回掘ったら終わりだ。

 しかし、戦車は何度も使うし、撃たれたら壊れるんだ。

 戦車を優先するのは当たり前だ」

「えっ、でも、まだ始めて十日くらいだぞ。まだ全部掘り終わってないはずだ」

「何を勘違いしてるんだ。何百キロも掘るわけじゃない」

「えっ?」


 俺は朝鮮から瀋陽を通って海まで、万里の長城みたいに陣地を作るのかと思ってた。


「陣地を作るのは要所要所だけだ。そもそも、何百キロの陣地を作っても守る兵が足りん。陣地の無い所は兵を動かして守る。それで、その都度簡易陣地を作る」


 言われてみるとそうかもしれない。今回使ってるユンボは数十台。何百キロも掘るには全然足りない。

 俺はがっくりきてしまった。

 今度の戦いでユンボが大活躍して、『ユンボって凄いな』とか、『ユンボのおかげで助かった』と世間の人のユンボの認識が変わることを内心期待してた。

 期待してた分、落ち込んでしまう。

 それに、ソ連参戦の影響でユンボの生産が止まるとは考えてもいなかった。


「そんなに気を落とすな。ユンボが活躍してることに変わりは無い。ユンボがあるからこそ、瀋陽に防御線を作れたのだ。とても人力では間に合わんからな。ユンボが無かったら遼東半島を守るのが精一杯で、鞍山の製鉄所は諦めねばならなかった」


 中尉の言葉にほんの少しだけ救われたが、やっぱり悲しい。


「キャタピラの生産も急がせてる。余裕ができ次第ユンボの生産も再開する。これからもユンボは必要だからな。

 しばらくはゆっくり休め。近い内に次の作戦へ参加してもらうからな。英気を養っておけ」


 本当に頼むよ、中尉。待ってるから。



 俺が満州を立って二日後、瀋陽でソ連との戦闘が始まった。


 戦闘翌日にはラジオと新聞で知っていたが、中尉から詳しい話を聞いたのはその二日後だった。


 初日は少数の先遣部隊が複数、瀋陽防衛戦の数か所に現れた。

 ソ連軍は短時間で戦闘を切り上げると、負傷者を回収し引き揚げた。

 こうしてわざと戦闘して相手を調べることを威力偵察というそうだ。


 二日目には本格的な戦闘が始まった。

 朝から大量の準備砲撃が日本の地雷原や陣地へ降り注いだ。

 開戦からの短期間でどうやってここまで運んだか分からないほどの量だったそうだ。


「おそらく、野砲の牽引車化や自走砲化が進んでいるのだろう。我が軍は完全に撃ち負けていた」と中尉は言う。


「弾薬燃料の運搬車輌も大量に投入されている。

 その分欧州方面のソ連軍が弱体化しているはずで狙い通りなんだが、あまりこっちに来られても対処しきれん」

「おい、大丈夫なのか」

「今はまだ良いが、今後もこの調子でソ連の戦力増強が続くとまずい。早急に英独に動いてもらわんといかん。

 だけどな、陸は押されているが空は日本が優勢だ」


 日本は瀋陽、平壌、大連の飛行場に合計で二百機近い機体を展開している。

 ソ連はハルビンの飛行場から飛ばしているらしいが、航空機部隊の進出が遅れているのか延べで百五十機程度。

 それが十数機の単位でバラバラにやってくる。

 日本側は戦場から飛行場まで近いので、補給を済ますと搭乗員はわずかな休憩の後再度出撃する。

 九九式襲撃機も随分活躍したらしい。ソ連地上部隊には対空兵器が配備されていないようで、小銃を空へ向けて撃ってくるが、そうそう当たる物ではない。

 それに当たったとしても厚い装甲に阻まれて被害を与えることができない。

 それでも一日中戦場の空を支配することは出来ず、合間合間に一時的にソ連側が優勢になることもあった。


「あのバズーカみたいなのはどうだったんだ。役に立ったのか」

「あれは今回使ってない。奥の手だからな。軽々に使って対策を考えられたり、真似をされたらつまらん」


 そして、最終的にソ連側兵力十二万人に対して、日本側は兵力約二個師団四万人強、戦車・自走砲六十輌で瀋陽防衛を果たした。

 偽装された対戦車壕に落ちて鹵獲されたソ連戦車は十台以上になる。


「今回は小手調べだ。しばらくしたらソ連の本隊が到着して本格的な戦いが始まる。

 次からはかなり厳しい戦いになるだろう。我が国がどれだけ戦力を送り込めるかにかかっている」


 と中尉が顔を引き締めて言った。


「特に砲兵だ。ソ連に比べてかなり劣っている。

 重点的に強化はしたんだが、大陸国家は桁が違う。

 そこで、海軍の倉庫で眠っている十五センチ砲を送ろうという話が出ている。

 戦艦の改装時に降ろした副砲だ。全部で百門近くあるからな。

 海軍は反対したが、運用は海軍がするという方向で調整している。

 それに第一砲兵師団も瀋陽へ送ることが決まっている。

 これで、対ソ戦も少しは楽になるだろう」


 俺が作った壕や飛行場が役に立ったのなら良いのだが。役に立ったと思いたいものだ。


次章は7/19(土)19時に予約投稿しています。

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