<第二十七章 対米作戦案>
「大前提として、榊原の話から開戦同時奇襲案は放棄します。米国の国民感情、戦後評価を考慮し、また、天皇陛下――」
中尉が姿勢を正し、直立不動になる。
「天皇陛下が批判される可能性の排除の為です。
それで、対米基本戦略は封じ込めです。そのため、米海軍の撃破を優先します。
前提条件として英海軍との米軍艦艇に関する密接な情報共有が必要です。
まずはグアムの米軍の撃破、次にフィリピンのアジア艦隊を撃破、次にハワイの太平洋艦隊を撃破、西海岸の残存艦隊を撃破、大西洋から回航される艦隊を撃破と順に各個撃破を基本とします。
ただし、ハワイ攻撃の手は残しておきます。これが実行されるのは米艦隊が存在していることが確実な場合のみです。
開戦と同時に太平洋艦隊はアジア艦隊との合流、ハワイ残留、西海岸へ転進と行き先が複数考えられ攻撃は難しいためです。
ただ、攻撃準備は出来ていますので、機会さえあれば実行します」
「ハワイ?」
陸軍の偉いさん他が不思議な顔をしている。
真珠湾攻撃のことは情報として挙げてたはずだが読んでないのか。
それとも、関心が薄くて忘れてしまったか。
「米国はロサンゼルス南方のサンディエゴを太平洋の拠点としておりました。
ですが、昨年よりハワイ・オアフ島のパール・ハーバーの軍港機能を急速に整備拡大しております。
我が国との戦いでは、ここを前進拠点とすると考えられます。
榊原の世界では、ここが米軍の一大海軍基地になっており、昭和十六年の開戦劈頭、空母部隊で奇襲攻撃します。
その際、宣戦布告が攻撃開始後になったため、リメンバー・パールハーバー、真珠湾を忘れるなという標語になり、米国民の戦意を掻きたてることとなります。
ちなみに、パール・ハーバーは訳すと"真珠の港"になりますが、榊原の世界ではなぜか"真珠湾"と呼ばれておるようです」
「そうか、分かった。続けてくれ」
司会の総理大臣が中尉を促す。
陸軍の偉い人は、『あぁ、そういえば』という顔をしている。
「米国同盟側と我が国の陣営を比較した場合、相手が優っているのが人口、生産力、陸上兵力。
こちらが優っているのは、海上兵力となります。
米国の世界最大の生産力を封じるには海上封鎖しかありません。
米国は海が使えなければ、生産した物も兵員も欧州へ送ることができません。
こちらは、その間に仏ソを降してしまえば良い」
「相手もそれは分かっておるのじゃないのか。それにあのソ連が簡単に降伏するとは思えん。ナポレオンでさえ勝てなかった冬将軍にヒトラーが勝てるのか」
中尉の話が終わらない内に、気の短い人が横から口を挟んできた。
「米国も理解はしているでしょう。
だが、今回はフランスが予想以上に崩壊するのが早く、準備が整わない内に戦争を始めるしかなかった。
これは我が国の好機といえます。
よって、対米戦では一年、長くても二年以内の超短期決戦を目指します。
それで、米国の工業力が力を出し切る前に講和する。この方法しかありません。
そして、その為の方法が米国海軍の各個撃破であり、海上封鎖です」
「そんなにこちらの都合よく敵は動いてくれるのか」と気の短い人。
「日英と米との海軍力比はざっと三対二で元々有利です。
これを16インチ砲の門数で考えますと差が縮まります。
ですから米軍は当然、新型戦艦の数を生かした作戦で日本と英国の各個撃破を狙ってきます。
そこで英海軍との連携です。
米が艦艇を大西洋へ動かせば、太平洋が手薄になりますので、我が軍が活発に動きます。
逆に米がこちらへ艦艇を増やせば、我が軍が近海で航空支援の元で防御に努める間、英国に動いてもらいます。
米が侵攻してくる場合、防御拠点となる航空基地は本土、台湾、パラオ、トラック、サイパン。
その補助として、ポンペイ、硫黄島があります。
この航空戦力、連合艦隊、潜水艦の空、海上、海中の三元攻撃で十分防御可能です」
「なんか神崎君の話を聞いていると、簡単な気がしてくるな」
総理は乾いた笑いを含んだ声で話しているが、目は全然笑ってない。
少し、怖い。
「いえ、問題はいくつもあります。
まず第一にサモア。
ここは、英側の植民地と米の植民地が隣接していて、すぐにも戦闘が始まりそうです。
参戦が決まれば、英軍からサモアの救援を依頼される恐れがあります。
第二に米がウラジオストックへの物資輸送を狙って大艦隊を送り込んできた場合。
第三に米艦隊が艦隊決戦を狙わずに周辺部基地破壊を目的に侵攻してきた場合。
第四に米が山東半島、フィリピン、サモアを切り捨て太平洋の艦隊を一括運用する場合。
第五に米国が海軍戦力で劣っているにもかかわらず、なぜ英国に参戦したか。彼らが勝利を確信している理由が不明なこと。
第六にに我が国、英国ともに米国を屈服させる力が無いこと。では、どうやって停戦するか――」
「分かった、分かった。もういい。で、大本営の考えは」
総理が手を振って、中尉の話をさえぎる。
「しばらくお待ちを、最後に、最大の問題が残っています。
三年から四年以内に戦争を終わらせないと米国が原子爆弾を作ってしまう可能性があるということです。
原子爆弾は持っているだけで相手に圧力を与えることができる、まさに戦略兵器です。
連合艦隊の上へ落とされたら。帝都の上へ落とされたら。考えるだけで恐怖です。
幸いなことに過去米国が原料のウランを大量に入手した形跡はありません。
榊原のおぼろげな記憶では純度100%近い特殊ウランで数十キロ必要ということです。
現在判明しているウラン鉱はカナダ・東欧他で英国およびドイツの勢力圏下です。
しかし、カナダが米国に占領される可能性、カナダが圧力に屈して協力する可能性、新たなウラン鉱を見つける可能性が考えられます」
「英国へは原子爆弾の情報は渡しているのかね」
「いえ、しかし、英国が独自に発見する可能性はあります。榊原によると戦後、英仏ソ支那は独自開発に成功しているそうです」
「我が国の開発状況は」
「はい、約三発分の原料を入手済みです。
実験に一発、実行に一発で最低でも二発分は必要で、かつ製造工程での損失を考慮しました。
開発には大電力が必要と予想されたので、朝鮮の興南郊外に秘密施設を用意し四年前から研究を開始しております。
ただし、研究はまだ基礎理論及び原料濃縮の段階で実用化はいつになるか見当もつきません。
また、開発費用はとてつもない巨額、国家予算に相当する額になるかもしれません。
まだ、何も分らないのです。ただ、科学者によると実現可能性は有るということです。
完成した暁には火薬とは桁が違う、人類究極の破壊兵器になるとのことです」
核の研究までやってたのか。知らなかった。恐ろしい話だ。
でも知ってたら俺はどうしただろう。
止めたか? 止めたかどうかは分からないが、俺が止めたくらいで止める中尉ではないのは確かだ。
「原料入手時の英米の動きからして、現時点で原子爆弾に気付いていないと考えられますが、今後は分かりません。ウラン鉱石の入手は特に隠蔽することなく行いましたので、将来的には他国に対して潜在的に抑止力になると思われます」
「なぜ、国内で研究しないのだ。その方が秘密を守りやすいのではないか」
「第一に敵の目を欺くため、第二に朝鮮の方が電力を確保しやすかったこと、第三に放射能という毒で国土が汚染されることを危惧したためです」
「そうか……。原子爆弾の話はまた今度詳しく聞くとして、先に大本営の結論を聞こうか。我が国は参戦すべきなのか。するならどちら側で参戦するのか、英国側に立った場合米国に勝てるのか」
お偉いさん達は焦れてきてる。俺もだ。その中、天皇陛下はただじっと聞かれている。
「直近一か月の間で軍事面から考えた場合、英国とともに米国へ宣戦すべきです。
そして、有利な条件での米国との講和は十分可能であるという結論です」
出席者は同意している者、意外な顔をしている者、不満そうな者、さまざまだ。
中尉が全員に一枚の紙を配った。
上に極秘の赤い印が押され、その次に番号が振られている。
題名は『米国に対する軍事戦略要旨』となっている。
「まず最初に――」
だめだ、これは長くなるぞ。
俺は今日の晩飯を家族と食べるのを諦めた。
「米国の現状と問題点からです。
米国は大きく四つの地域に分けられます。
第一に大西洋北西岸から五大湖にかけての工業商業集積地帯。
第二に南部およびミシシッピ川沿いの農業および鉱物資源地帯。
第三に中央部の人口希薄地帯。
第四に太平洋沿岸。
他にハワイやアラスカの準州、海外直轄領、植民地があります。
ここで特筆すべきは工業製品の七割から八割が第一の地域で生産されているということです。
それに対して、原材料は南部を中心に米国内各地で採掘されています。
すなわち、米国内で原材料および製品の地域間輸送が発生し、その輸送は船舶を主としている。
特に第四の太平洋岸との間ではパナマ運河を経由しなければなりません」
中尉が一旦言葉を区切り、出席者を見渡した。
中尉の言ってることは分かるが、意図が分からない。そのことが、どう戦争につながるのだろうか。
他の人もまだ分からないに違いない。
それなのに、分かってる振りをしてるのだろう。
「ここで、全く別の視点から米国の特徴を考えますと、大統領制と抵抗権があります」
テイコウケンって何だ? 漢字で書くと抵抗権? 何だろう。令状無しで逮捕されそうになったら抵抗して良いとか?
でも、それだと戦争は関係ない。
話が急に飛び過ぎて付いていけない。
「抵抗権とは何かね」
もう、分かってる振りに疲れたのか、総理が直球で質問した。
「アメリカ独立宣言で述べられている考え方です。
為政者が不当な政治を行う場合、住民は武器を持って蜂起して良いという権利です。
分かりやすく言うと、革命を起こす権利とでも言えるでしょうか。
この権利を担保するものとして、アメリカでは憲法の修正第二条で市民に武器の所持を認めています」
革命の権利とか凄いな。日本じゃ考えられない。
「この点が米国の強みであり、弱点でもあります。
すなわち、米国民は銃器所持者の割合が高い。これは、徴兵・動員後の訓練期間が短くて済みます。
また、他国が侵入してきた場合、いつでも民兵になりえるということです。
よって、米国全土を占領することは、国土の広さも相まって現実的に不可能と考えて良いでしょう。
できたとしても、海岸沿いの軍事施設、重要拠点の占拠が精一杯です。
となると、打てる手は海上封鎖しかない。
海上封鎖さえしてしまえば、西海岸が孤立する。
西海岸には米国の二割の住民が居ます。また、そこは伝統的に民主党が強い地域。
民主党であるルーズベルトにとって無視できない地域です。
孤立させた上で攻撃を行えば、自然と厭戦気運が強くなり、講和への道が見えてきます。
もし、米国政府が住民の意思を無視し続けるなら、武装蜂起もあり得る。
もちろん、我が国が忍ばせている間諜に煽らせます。
南北戦争から七十余年、内乱の怖さを誰もが思い浮かべるはずです」
出席者は俺を含めて全員が半信半疑だ。
そんなことで上手く行くのか。
楽観的すぎるのではないか。
「対米作戦案の骨子は、
一、英海軍と協力し建造量以上の損害を与え、米国海軍力、海運力を削減する。
二、通商破壊を行い米国国内海上輸送の妨害を行う。
三、パナマ運河の封鎖、破壊、または占拠を行い、米国西海岸の孤立化を図る。
四、西海岸への攻撃を行い、当地域の厭戦気運を涵養する。もって、東部と西海岸の離反を図る。
となります。
これまで、この各段階に応じた準備を行ってまいりました。
対米開戦後はこの準備を実行に移すことになります。」
中尉は自信があるのか確固たる口調だ。
「一の米海軍の削減についてです。
日英が米よりも戦力で上回っているので、最低でも相討ちに持ち込めばいずれ米海軍は枯渇することになります。
それでは被害が大きすぎる上、来年以降の米国の建造速度を考えると心もとない。
そこで、できるだけ、我が国に有利な状況で米国と当たりたい。
その為には、米海軍を日本近海まで引きずり出さないといけない。
基本的に待っていれば米国はフィリピン救援、ソ連への援助物資輸送のために出てこざるを得ません。
また、各作戦で目標の優先順位は空母と駆逐艦であることを徹底し、米国の護衛艦艇不足を促します。
次に述べる通商破壊のためです」
海軍の人達は納得しているような雰囲気だ。
中尉は陸軍なのに、海軍とも十分な打ち合わせをしてるのだろうか。
実戦部隊のレベルでは陸海は以前ほど仲が悪くなくなったのかもしれない。
それに対して陸軍は納得していないようだ。
中尉の話だと対米戦で陸軍は要りませんと言ってるようなものだ。
「二の通商破壊をすることで米国民の戦意を下げ、米国を焦らします。
対象航路はパナマ-ロサンゼルス、ロサンゼルス-ハワイ、ハワイ-サモア。
開戦劈頭でグアムを攻略すれば、山東半島・フィリピンは自然と孤立します。
これを専用の重巡二隻と大型潜水艦二個戦隊で行います。
大西洋側については英独の担当となります。
ここで問題となるのは西海岸にも大量に配備されると予想される米航空機です。
開戦当初で数百機、最終的には千機以上が配備されるでしょう。
これに対抗する手段はありません。
よって、攻撃するのは米機の作戦行動範囲の外となります。または、潜水艦による夜間機雷設置となります。
念のために付け加えますと、機雷は設置と同時に米国へ通告します。
また、米国輸送船の拿捕・撃沈は国際法にのっとった形で行います。
効率は悪くなりますが、米国へ大義名分を与えないためです。
しかし、米国が一隻でも、国際法に反した形で我が国の船を沈めた場合は、こちらも無制限通商破壊へ移行します」
「神経質すぎるのではないかね。そこまで気を付ける必要があるのか。戦争ともなると多少の混乱は付き物だろう」
「いえ、これでも不十分なくらいです。
日露の時に先達がどれほど国際法遵守に気を使ったかご存知でしょう。
我々は一片の曇りも無き正義の戦いを演じなければなりません。
そのために、昨年にはジュネーブ条約を一部条項保留ながらも批准しました。
軍人手帳には捕虜の心得、捕虜取扱の心得を載せ、暗唱させております。
慰安業者には厳格な基準を設けました。
どれも、今度の戦争を聖戦にするためです。
我々が正しい戦争をするほど我が国の戦意は高揚し、大義名分が成り立たない米国の戦意は下がることになります。
また、それは天皇陛下の御威光を世界へ知らしめることにもなります」
その後も、中尉の独演会のような説明は続いた。
そして、午後八時を回ったところで、今日の所はこれまでとなり、続きは明日の朝から行うこととなった。
結局俺は一言もしゃべらなかったのに、本当に疲れた。
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