<第二十二章 反乱再び>
昭和十三(1938)年。
ユンボの新工場が完成し、俺は忙しく働いている。
第三世代ユンボの量産が始まり、軍への出荷も始まっている。
初期不良の問題を潰したり、生産ラインの改善もしないといけないし、旧工場のラインをブルドーザー用に変えたりと、やることはいっぱいある。
忙しいけども、人並み以上の生活をさせてもらえるのは感謝しないといけない。
世間では生活が一向に楽にならない。軍事費の増加で税金が上がっている。
企業が利益を研究開発へ突っ込んでいるので給料も上がらない。苦しくなる一方だ。
特に農村は餓死や身売りほどではないが貧しい生活を続けている。
次男、三男が工場で働いて実家へ仕送りしてなんとか生活している。
海外から安い農作物が入ってきてるのも影響している。
陸軍では新年度でも待遇改善が行われなかったことから不満が増大した。
師団の新増設でポスト不足は改善されつつあるが、軍事費の増加が師団増と装備改変に使われて待遇改善には回されていない。
下士官から少尉、中尉あたりは給料が少なくて結婚も難しいレベルだ。
下級士官がいくら上を突き上げても国防方針は変わらない。
陸軍はとにかく、航空戦力、機動力、火力の重視で、下の者が望む師団数の大幅増加と待遇改善には応じない。
下級士官の反発に軍上層部は強硬な人事異動で対応した。
そして、ついに不満が暴発した。
四月某日。
夜明け前、ほとんど真っ暗な時間に突然人がやって来た。誰かが激しく玄関の戸を叩いている。
なんだ、なんだと寝ぼけまなこで出てみると、陸軍士官が一人立っていた。
「至急私と来てください。神崎大佐がお呼びです。車を待たせています。急いでください」
士官はそう言って俺に手紙を見せた。
そこには中尉の走り書きで、この者と一緒に来るようにと書かれてあった。
こんなこと初めてだ。俺は訳が分からないまま服だけ着替えて車に飛び乗った。
「何が起きたんですか」
「反乱です」
まだ若い士官が答えた。
「えっ? えええええぇーーー?」
「あなたは狙われる可能性があるので神崎大佐が保護するとのことです」
俺が狙われる? なんで? 単なるユンボオペで、ユンボを開発してるだけなのに。
あっ、ひょっとして、軍関連の工場を回ってた時に恨みをかったか。
「どこへ行くんですか」
「朝霞です」
あそこは何があったっけ。
元の世界では自衛隊の基地が在ったのは知ってたが、何をやってたのかは知らない。今は何があるのか輪をかけて知らない。
それより俺の家族はどうなる。
俺が逃げた後に反乱軍がやってきたら。
「あそこには陸軍の関連施設が集まっていますが、大本営予備司令部が在り、非常時にはそこで指揮が取られます」
中尉のことだから反乱が起きたらどうするか決めてたのだろう。それで予備の場所を用意していたと。
車が朝霞に着き、案内されて中へ通されると中尉が居た。
中尉の顔を見て少しホッとした。中尉なら何とかしてくれる。この人が絡んでるなら上手くいく。そう思わせる何かがある。
「おっ。来たか。無事で何よりだ」
「俺の家族はどうなる」
さっそく一番心配なこと聞く。
「大丈夫だ、別の者が避難させてる。しばらく千葉の旅館へ行ってもらう。さすがに反乱軍も女子供には手を出さんだろうが念のためだ。お前はそうだな、隅っこで座っていろ」
そう言うと中尉は忙しそうに動き回り始めた。
俺は中尉に言われた通り、隅っこで椅子に座り大人しくする。
たまに好奇の目で見られるが、誰も話しかけてこない。
ほとんどは知らない顔だが、知ってる人もチラホラ居る。
そして、意外なことにメシ係さんが居た。
最近は用事があっても急でなければ手紙で済ますことが多かったので直接会うのは久しぶりだ。
でも、なんでこの場所に居るんだろう。中尉と一緒に裏で何かコソコソやってるのか。
そして外が明るくなる頃、会議が始まった。
まずは状況確認からだ。中尉が説明する。
「反乱軍の主力は第一師団第一連隊と横須賀特別陸戦隊です。
両隊とも司令部と連絡が付かないことから、司令部は抑えられていると考えた方が良いでしょう。
横須賀鎮守府も連絡が取れないため、横須賀港全体が反乱軍の手に落ちている可能性が高いです。
それと近衛師団の一部が参加しております。
近衛第二連隊の一部の者が兵舎を抑えようとして失敗。連隊内部で乱闘になり負傷者が出ています。
幸いなことに死亡者はまだ確認されておりません。
この近衛の反乱者は宮城の占拠を諦め、第一連隊と合流した模様です」
なんでこんな時だけ、陸海が仲良く反乱を起こすのだろうか。
士官学校の同期繋がりか。
「他の部隊はどうなんだ」
「第一連隊以外の関東にある全ての司令部とは連絡が付いております。よって明確に反乱に組しておるところは無いと考えます。こちら側に着くか、様子見かのどちらかでしょう」
「反乱軍は今、どこに居る」
「彼らが抑えている場所で現在判明しているのは次の場所です。多少予想も含まれます。
第一連隊兵舎および司令部占拠、宮城正門前で近衛と対峙、総理官邸占拠、国会議事堂占拠、警視庁を包囲、新聞各社、ラジオ放送局、それと横須賀鎮守府全体の以上です。
これ以外は安全が確認されているか、確認中かのどちらかです。
これらに対して我々方は近衛第一、第二連隊が宮城正門、半蔵門、大手門ほか門を全て抑え、宮城の内側に籠り防御に徹しています。
万が一戦闘になろうとも、抜かれる恐れはありません。
その他の場所には少数の兵を派遣し様子を探らせている状態です」
「重要人物の保護はどうなっている」
「宮城内の皇族は全員御無事。また、総理および兵部大臣の無事も確認済みです。
総理は宮城内に居て天皇陛下とお会いになっています。兵部大臣はこちらへ向かっているところです。
その他の大臣は、連絡が付いた方には反乱軍を避けて宮城へ入るか、ここ朝霞へ来るように連絡済みです。
これは一覧を作成中ですので、でき次第張り出します。
現在は大本営と陸軍省の要員だけで対応しているので手が足りない状態です。
もう少し時間が立てばさらに状況が判明してまいります。
反乱軍は宮城の全ての門へ兵を送っている訳ではないので、宮城内外の移動は可能です。
また、警視庁とも電話での連絡は可能です」
「こちらの兵力は」
「第一師団の残りの部隊は、連隊・大隊単位ではほぼ全てこちらの指示に従うと思われますが、小さい単位では反乱軍に同調する者が出る可能性はあります。
よって、待機を命じております。
佐倉の近衛第三連隊はこちらの指示に従うことを誓っており、反乱の可能性は低いと考え現在は出動の準備をさせているところです」
「さて、どうするか」
上座に座っているのでおそらく一番偉い人は、あごをさすりながらつぶやくように言った。
さすがは落ち着いている。年齢的に日露の経験者だろう。
「まずは要人の安否確認を続けながら、次の手を考えています。
一に戒厳の布告。これは勅令を出していただき、司令本部長が戒厳司令官にお成りいただきます。
二に反乱軍の要求確認。これは今から使者を出します。
三に国内の動揺を防ぐため、新聞・ラジオで反乱軍が情報を発信することを妨害します。ラジオの場合は、最悪一帯の電気を切ります。
四にこの機に乗じて他国が攻め入ってくることを防ぐために、全国各部隊に警戒態勢を取らせます
五に横須賀鎮守府の鎮圧の為、呉の特別陸戦隊の兵を横須賀へ送ります。陸軍が鎮圧するより感情的に抵抗が小さいですし、呉鎮の人間の方が横須賀に詳しいでしょう。
六に陸軍の鎮圧のため、水戸の第二連隊と佐倉の近衛第三連隊を東京へ出動させます。
また、末端兵士を帰順させるためのビラを作成します。印刷屋をたたき起こして印刷の準備を進めているところです。原稿が出来れば、ビラの作成はすぐに取り掛かれます」
中尉は一旦言葉を区切り、出席者の顔を見渡した。
「鎮圧の基本方針は血を流さないことです。皇軍相撃つの愚行を犯してはなりません。
まずは相手の話を聞き、説得を行う。
次に圧倒的戦力で包囲し降伏勧告を行います。
それでも応じない場合は、陛下に勅令をお出し頂きます。
戦闘は最後の手段として用います」
「それで良かろうと思うが、皆はどう考えるか」
一番偉そうな人が言うと、みながうなずき、異議無しと声を出す。
そこで一人の海軍士官が手を挙げた。
「異議ではないのですが、念のため上に確認を取らさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「もちろん、かまわん。だが、急いでやれ」
制度上は陛下の承認を受ければこの司令本部長が海軍にも命令を出せるはずだが、そこは日本的に根回し的な物が必要なのだろう。
日が昇ると、反乱が起きることを予想して準備していたかのように事態は進んでいった。
戒厳が布告され、反乱軍へ使者が送られ、水戸、佐倉、呉の部隊の出動準備が行われた。
また日本各地の部隊には状況が伝えられ、警戒態勢を取るように命令が出された。
そして、使者が戻り、蹶起趣意書がもたらされ反乱軍の要望が明らかになった。
趣意書は前置きとして、国民特に農村の窮状を訴え、政府・軍首脳部の腐敗と能力不足を嘆き、財閥による国民搾取を非難している。
要求としては次の三点。
・憲法の一時停止と軍政施行
・政治改革、軍制改革、経済改革の断行
・天皇陛下へ蹶起趣意書の奉読
どれも、できない話であり、交渉の余地は少ない。
それでも大本営は血を流すことを回避すべく、反乱軍と交渉を行った。
憲法は明治大帝が発布されたものであり、それを停止することは国体破壊、憲政からの逸脱であること。
政治経済については政府の専決事項であり軍が関与してはならないこと。
軍制改革については、これまで重々検討した結果であること。今後は広く軍内の意見を求めること。
蹶起趣意書奉読はできないが、必ず奏上する。
と説得した。
だが反乱軍は交渉に応じない。
趣意書の奏上には同意したが、他の項目については意見を変えない。
そして、事件発生から二日後、第二連隊、近衛第三連隊が東京へ到着すると兵力差は逆転し、反乱軍は逆に包囲される形になった。
東京にある数少ない戦車も出動し、反乱軍と対峙する。
さらに翌日には呉から主力艦艇と特別陸戦隊の一部が横須賀へ到着し、砲門を鎮守府へ向けた。
事態を決定づけたのは天皇陛下の勅書だった。
反乱軍全員に即時帰隊と武装解除を命じている。これに逆らえば逆賊となり、反乱の大義を失う。
下級兵士を説得するビラも作られ、飛行機により上空から撒かれた。
『勅命下る。即時帰隊、武装解除せよ』
『勅命に逆らうは逆賊なり』
『親兄弟家族を泣かせるな』
ここに至り、反乱を首謀した者達は失敗を認識した。これ以上の継続に意味が無いことは誰の目にも明らかだった。
そして、自決する者なく全員が投降し、幕はいったん閉じることとなった。
西南戦争以来といってよい大規模な反乱にしてはあっけない終わり方だ。
被害は死者二名(総理官邸警備要員と警視庁の立番警察官)、重軽症者若干名。反乱の規模の割には死傷者の数は非常に少なかった。
「自決せんということは法廷で意見を述べるつもりだろうが、そうはさせん」
と中尉の鼻息は荒い。
国内の騒動はすぐには収まらない。
首謀者の取り扱いでは、擁護の世論まで出てきて結果が注目された。
また、どの法律で裁くかも議論された。
軍部は関係者全員の軍法での軍事裁判を主張し、政府は民間人の刑法での通常裁判を主張する。
その結果、軍内の首謀者及び協力者は軍法で裁かれ、民間人協力者は刑法で裁かれることとなった。
いずれの法廷も公開制限され、許可された者しか傍聴できなかった。
首謀者の大半には死刑判決が出され、以外の者も重い判決が出された。
軍部では反乱軍を出した部隊の指揮官更迭が行われた。
また関連して左遷、予備役、退役になる者も多く、その数は士官だけで数十人に達した。
その後死刑は陛下の特赦で無期懲役になった。
中尉によると、これは別に憐憫の情とかではなく、
「死んで英霊になられてはたまらんからな。かといって刑を軽くして次の反乱を考える奴が出てきても困る」
だから無期懲役ということだ。
彼らは戦争が始まったら出てこられるのか、終わったら出るのか、それとも一生牢屋の中なのか分からない。
次第に新聞からこの事件の記事が減り、そしていつしか新聞は何も報じなくなった。
俺は今回の反乱のことを中尉は事前に知ってたんじゃないかと思う。
どうやっても考えを変えられない人達をまとめて処分するために、わざと暴発させたのではないか。
そして、軍首脳に逆らう人達への見せしめとしたのだ。
『反乱を起こしても貴様達の意見は誰にも知られることなく終わり、死ぬまで牢屋の中で生きることになるのだ』と。
今まで事前に抑えてきたのに今回だけ失敗するなんて不自然だ。参加人数からして大規模な計画だし、要人が誰も死んでない。
反乱軍の首謀者は士官学校を出たエリートで頭は良いはずだ。それが要人を一人も確保できないのはおかしい。
誰かが常に反乱グループを見張っていて、反乱が起きると同時に要人を逃がしたと考えるのが自然だ。
そもそも、あの中尉が気付かない訳が無いと思う。
一方、そこまでやるかという気もする。一歩間違えば多数の死者が出た。
怖くて本当のことを聞けない。いや、聞いたとしても、中尉は絶対に本当のことを言わないだろう。
七月。
日本全体が不穏な空気に包まれる中、第三子が生まれました。
やっぱり女の子です。
そうだと思ってた。何となく分かってた。
女の子三人なんて確率1/8なのに。
でも逆に考えたら夫婦八組いたら一組は女子三人なんだから珍しい話ではない。
そう考えたら仕方無いと思えてきた。
キャッチボールは諦めて、ペットを飼おう。ペットで癒されよう。茶色の柴犬が良いかな。そうすれば俺が不在の時でも安心だ。
それよりもカミサンのショックが大きいのが心配だ。
「あなた、申し訳ありません。また、女の子です。私がいけないのです」
と恐縮している。
性別は性別染色体? とかいうので決まるのを知ってる。学校で習った。
確か性別は男側の精子で決まるはずだ。
だから、カミサンが悪くないのを知ってる。むしろ俺の方が悪い。
だが、そんなこと言えないから、ただ慰めるしかない。
「親戚も居ないような俺には跡継ぎとか関係ないから。元気な子供を産んでくれて、ありがとう」
子供が生まれてめでたいのだ。悲しく思う必要は一つも無い。
名前は流行を取り入れて洋子にした。幸子とどちらにしようかと迷ったが、幸子だと"さちこ"とも"ゆきこ"とも読めるので洋子にした。
反乱の余波で国内が落ち着かない十月。
今度は朝ソ国境で紛争が発生した。ソ連と戦闘が始まったというのだ。
俺はそれをラジオのニュースで知った。
戦争か。戦争が始まるのか。
居ないのは分かっているが、居てもたってもおられず中尉の家へ行ってみた。
当たり前だが居なかった。戦争になるかもという時に家に居る方がおかしい。
それで、家に帰ったら電話をくれと中尉の家の郵便受けへ手紙を入れておいた。
反乱事件の後、電話が無いといざという時に大変だということで電話を付けたのだ。
この時代、電話は高級品だが命には代えられない。
結局電話は無かった。
夜遅くで遠慮したか、家へ帰らなかったかだろう。
そして、翌日の夜遅くに中尉から電話がかかってきた。
「どうなった。状況は」
「まあ、落ち着け、今説明してやる」
そして中尉に今回の紛争を簡単に説明してもらった。
「ソ連と朝鮮の国境線沿いの川近くで国境線が不明確な所がある。あの辺りは昔清朝が無人政策、人を誰も住まわせなかったせいで今もほとんど人は住んでおらん。明確な目標物は無いし、川も分岐しているしで、清朝の頃から境界がはっきりしていなかった。そんな中に一つの丘がある。日本は丘が丸ごと領土内だと主張して、ソ連は丘の稜線が国境だと主張していた。その丘へソ連が小規模の軍を送り簡単な陣地を構築した。それに気付いた日本が奪還に向かい戦闘になったという訳だ」
「それで、それで」
「ソ連が作ったのは陣地と言うより監視所みたいな物で、兵も一個分隊程度だ。何かの間違いの可能性もある。本気で確保するにはあまりにも少ない。それを哨戒で通りかかった我が軍の偵察小隊が発見、威嚇射撃。ソ連兵はすぐに逃げていった。偵察部隊は本部へ伝令を出すと同時に、その陣地跡の検分へ向かった。相手の意図を調べねばならんから当然のことだ」
「ふん、ふん」
「それで偵察部隊が丘の上へ登ってソ連兵が残したものを調べていたら、ソ連の部隊がやってきて攻撃してきた。
偵察部隊の人間は威嚇射撃ではなく、本格射撃だと言っている。
その部隊はそこに壕を掘って応戦。
しばらくすると、日本側の応援も到着して、戦闘はどんどん大きくなっていった。
日本に不利なことに丘の手前には小さな川が流れていて車輌の渡河が難しい。
反対にソ連は地続きで応援を送りやすい。
砲弾の降る中、我が軍は何とか持ちこたえ、夜が来て戦闘は一時中断。
この話を聞いた陸軍は、すぐさま陸軍大臣を通して総理へ連絡、総理は外務省を通じてソ連へ話し合いの申し込みをした。
大本営はその丘の確保を命令。ただしこちらからは攻勢を取らないこと、防御を第一に考えることを下令した。
次の日にはその丘の上と下で日ソ両軍が対峙。
丘と言ってもたかだ数十メートルの高さしかない。戦闘範囲はとても狭い。
そこへ両軍数百人から千人が押し掛けている。数もどんどん増えている。
そんな所で戦闘しようものなら双方に大量の死傷者が出る。
向こうの指揮官も分かっているのか、丘から五百メートルほど離れた所で動かずにいる。
我が軍はソ連へ攻め入る準備などしてなかったから手の打ちようが無く待機だ。今は戦車や砲が届くのを待っている。
というのがこの二日間の状況だ」
中尉は平然としている感じだ。眠いから寝かせてくれと言いたげな声だ。
おそらく怪我をした人は居るだろうし、誰か死んだかもしれない。それなのに何とも思わないのか。不思議だ。
この辺はちょっとついていけないところだ。
翌日、ソ連は国境侵犯の報復措置として日本が採掘している北樺太オハ油田の占拠を行い、日本への出荷を停止した。そこで働く日本人従業員も拘束されてしまう。
日本にとってまずいことに、これから奪還に動くと冬に入ってしまう。
時期を絶妙に見定めてのソ連の行動だと思われた。
日本中でソ連懲罰の機運が盛り上がることになる。
そして日本はソ連へ通牒を渡した。
『一週間以内に占拠を解いて操業出荷を再開、邦人従業員の解放をしない場合、我が国はあらゆる手段をもってこれを奪還する』
また、同時に国連へ問題提起を行った。効果は薄いがやらないよりは良いのだろう。
海軍は出撃準備をし、陸軍は警戒体制に入った。
戦後の日本からは考えられない強気だ。本気でソ連と戦う気なのだろうか。
もちろん日ソ両国内の大使館は相手国と交渉を重ねた。
それで拘束された日本人は取り調べを受けた後に、期限の前日に樺太の日ソ国境線で日本へ引き渡された。
だが、期限を過ぎても占拠は解かれなかった。
日本は稚内独立連隊と第七師団の動員を開始したが、冬に入り雪が降り始めたので作戦行動を諦めるしかなかった。
冬の樺太で攻勢を取れるほど、日本軍の兵站は整備されていない。冬季では防戦が精一杯だ。
また、人質が帰ってきたことも二の足を踏む理由の一つだ。
こうしてオハ問題は年を越すことになった
国会では特別予算が可決された。
また、日ソ戦に備えて国家総動員体制へ移行するための国内整備が始まった。
もし日ソ戦争が起きたら、日露戦争とは比べ物にならないほど大規模になると国民の誰もが考えている。
日本政府は硬軟織り交ぜて交渉を続けているが進展は無い。
日本は国民感情に乗っかり軍事国家への道を進んでいく。
国全体が軍への総協力体制へと変わっていく。
業界団体や民間企業の整理統合、緊急物資輸入、法整備が行われる。
幾つもの会社が統合再編され、政府へ協力する業界団体が作られる。
それは電力会社、石油会社、運送会社、各種製造会社など多岐に及ぶ。
さらに宗教、芸術、武道、芸能、教育、スポーツなどあらゆる分野で業界団体が作られ政府に協力させられていく。
陸軍の全面動員以外は、できることは全部やるという感じだ。
そして、そのまま年末を迎えた。
今年はついに世界大戦は始まらなかった。しかし、ますます世界は危険になりつつある。
ドイツが東欧各国を支配下に入れていってるのだ。
オーストリアを併合し、チェコスロバキアの一部を併合した。
さらにハンガリー、ルーマニア、ブルガリアでの影響力を強めている。東欧諸国はソ連の勢力拡大におびえているのだ。
よくこれで戦争にならないと不思議に思う。なぜ英仏が我慢しているか分からない。
ドイツが侵略するのは元々ドイツ系の住民が多い所を選んでるからだろうか。
来年こそ戦争が始まるかもしれない。
どうか日本が巻き込まれませんように。どうかこの子達が巻き込まれませんように。
俺は祈ることしかできない。
次章は6/14(土)19時に予約投稿しています。