<第二十一章 軍拡>
昭和十二(1937)年。
俺は第三世代ユンボの仕上げに忙しい。
今年から各地で要塞化工事が始まる。一日でも早く新型を完成したい
それで重機以外の仕事はお役御免となった。
元々仕方なくやってたことだから、全然惜しくないし、さっぱりした。
負け惜しみじゃなくて、本当に良かった。
溶接はもう他の研究者、技術者に追い抜かれた。向こうは毎日やってるから当たり前だ。
工場では各企業が独自に品質向上、生産性向上を目指して努力している。
○菱や軍関連工場の生産性向上の噂を聞いて見よう見まねでやっているのだろう。
世の中には俺より頭が良い人はいっぱい居るから、きっかけさえあれば後は自分達でやるだろう。
○菱の工場では規格統一でやすり掛けが減ると、自然と技術が蓄積されてきている。
このやすり掛けを無くすのは結構大変だった。部品のサイズを正しく測るための器具を揃えるところから始めないといけなかった。
さらに、サイズがおかしい部品について俺が返品するように言うと、もったいないから使うと言うのだ。
そりゃもったいないが、不良品なんだから普通は返品でしょと言っても聞いてくれない。
仕方なく、俺は自分で部品のサイズを調べ、不良品率を表にして、やすり掛けでこれだけ不要な時間が掛かってます。うんぬんと説明しなければいけなかった。
大変だったが、今は工場の人がちゃんと不良品は除外している。結果良ければ全て良しだ。
また、ユンボの操縦教育は教師が育っているのでもう俺が直接教える必要はない。たまに教師向け教育をするくらいだ。
ということで、俺は開発を頑張っている。こればっかりは譲れない。人に任せられないのだ。
第三世代の目標は大型化、強力化、国産十割だ。開発を開始して既に七年目になる。
第二世代は元の世界の小型より大きいのに、力は小型より小さく動作範囲も狭かった。これを大型化してエンジンも大きく馬力の強い物に換えて強力化している。
エンジンも進化して容積当たりの馬力が大きくなってきている。これを積めば作業効率がさらに上がる。
一番問題だったのがキャタピラの国産化だ。だが、軍用車両のキャタピラを作ることで技術の蓄積が進んで、米国製にそれほど劣らないものが作られている。戦車に使うのにどうかは知らないが、重機用でなら十分実用可能なレベルだ。
第二世代では価格と効率の関係から、軍や大規模工事でしか使えなかった。
この第三世代が完成し、大量生産により価格が下がれば、中規模工事でも使えるようになる。さらに言えば輸出も増やせるかもしれない。
日本産ユンボが外国で大活躍するのを想像すると胸が熱くなる。
それを夢見て毎日頑張ってるが問題は多い。
まず、人員不足。日本中で技術者が不足気味になっている。
ここの開発室でも設計、改良、工場設備計画等々、一つの部署で色んなことをやらないといけない。
組織が細分化・明文化されてないのが理由の一つだが、大変な分色々なことが経験できて楽しい面もある。
それに資金も不足気味。ユンボが売れ始めて収支は良くなってきているが、まだまだ過去の赤字を帳消しにするほどじゃない。
新工場建設にはお金がかかる。S資金から研究開発費の補助は出てるが、製造費までは出してくれない。
技術的問題もある。
油圧ポンプはさらに高圧力に耐える必要がある。本体重量の増加によってキャタピラへの負担が大きくなり、アームの重量増加で本体回転部への負担が大きくなる。
でも、そこは俺のコネを利用して何とかしている。
キャタピラや回転部は戦車と同じ技術だから情報を貰ってこられるし、他にも使える技術があったら軍から貰ってくる。
代わりに、ディーセルエンジン技術なんかは民間から軍事へ転用されてるから持ちつ持たれつの関係だ。
第三世代は長年かけて熟成させたから、きっと良い物ができるだろう。いや、作らないといけない。
軍部では律儀に条約が切れるのに合わせて艦艇の建造と各地の要塞化工事をスタートさせた。
それで俺に新しい仕事が増えた。中尉の命令だ。
俺は開発の合間を縫って技術指導員として各地を回ることになった。重機の操縦指導と工事全体を見て要領が悪いところを指摘する。
軍の重機が全国の師団から集められて一斉に要塞化工事をしているので、指導員が足らないらしい。
工事現場視察は工場指導よりは元の世界の仕事に近い。俺でもやれることはあるだろう。
要塞化ではユンボ他の重機が大活躍している。
塹壕や対戦車壕を掘り、掘った土で胸壁を作り、砲座・銃座の整地をする。大砲の陣地転換用の通路も作るし、退避壕も作る。
近くの飛行場では滑走路、誘導路を作り、対空銃座、地下燃料タンク、退避壕、弾薬庫、司令部、兵舎等々、必要な物がいくらでもある。
壕掘りはユンボに限る。圧倒的にスピードが違う。特に対戦車壕など幅の広い物は人間一人の数十倍のスピードで掘れると思う。
ユンボ以外も活躍している。滑走路や道路関係はブルとロードローラーの独壇場だし、建物関係ではユニックが資材運搬に簡易クレーンと大活躍している。
現場の人間はもっと重機があっても良いと言っている。
ちゃんと上官に報告してくれよと俺は一人でほくそ笑む。
元の世界では現場監督がパソコンを使って工程進捗を管理していたが、こちらは全て紙とソロバンだ。
俺はソロバンを使えないので、監督がパチパチやってるのを見ると感心してしまう。
俺は何となく見て覚えていた進捗表の書き方をアドバイスしてみた。
元の世界でユンボオペは作業の合間に時間が空くことがあるのだ。土捨て場が遠い時、ダンプの往復に時間が掛かる。手配できたダンプの数が少ないと、どうしても待ち時間ができる。
そんな時、現場事務所へ戻って監督がパソコンで進捗表を作ってるのを見ることもあった。
それで何となく覚えてる。
こっちの作業が終わったら、こっちとこっちを作業できて、その次はこっちみたいな感じで図を書くのだ。
この世界は不思議なことにあまり図や表を使わない。説明書とか報告書とか、全く使わない訳ではないが使ったほうが分かりやすい場合でも言葉で書いてる。
言葉をズラズラ書き並べるより図の方が何倍も見やすい。このやり方で管理が多少でも楽になったら儲けものだ。
工事現場は日本の支配地域各地に散らばっていて、俺はそこを飛び回る。
言葉通り飛行機や飛行艇や、時には二人乗りの水上飛行機で移動することもあった。
北は千島列島、樺太、朝ソ国境、大連。南は台湾、沖縄、小笠原、硫黄島、マリアナ、パラオ、トラック、ポンペイ島。
日本に居る時間の方が少ないかもしれない。
日本と同様、海外でも主要各国が争うように軍拡している。
極東ソ連軍の増大に対応して日本陸軍も師団の増加が決定した。といっても師団の定員を減らして余った人間で新しい師団を作るらしい。
このやり方で四個師団が増設された。さらに全く新しく新編成の戦車師団が一個加わる。これで全部で二十三個師団になる。
この戦車師団は既にある自動車化師団と同じで馬が一頭もいない完全自動車化を目指している。目指しているだけで、最初から完全自動車化では無いところがお金の無い日本らしい。
ちなみに先にできた自動車化師団は、主戦力の自動車化はできているが後方部隊にはいまだに馬が居るそうだ。
そして、今後は普通の師団を毎年一、二個ずつ増やしていく予定だそうだ。これは完全な新設だ。
新しい編成では一個師団あたりの重機の定数は、ユンボ十五台、ブルドーザー五台となっている。
連隊当たりユンボ三台、ブル一台で、掛ける三個連隊分、プラス師団直轄工兵部隊分がユンボ六台、ブル二台だ。
ということは今年の師団増加だけで、ユンボ三十台、ブル十台が売れることになる。(戦車師団所属の連隊に重機は居ない)
さらに毎年師団が増える度に定数分売れる。
これはウハウハだ。
○菱の新重機工場は来年完成稼働の予定なので、なんとか納品は間に合うだろう。
海軍は空母、駆逐艦、護衛艦、潜水艦をせっせと作っている。
民間でも輸送船、タンカーの増産を行っているので、国内のドックはフル稼働の状態だ。
それに陸海ともに航空戦力拡大に努めている。
日本各地、支配地域各地に飛行場が作られ、そこでもユンボ達は活躍している。
ただ、寒冷地では扱いが大変らしい。冬は一度冷やしてしまうとエンジン始動が大変なので、専用の小屋を作って一晩中の暖房しているそうだ。人間よりもよほど扱いが良い。
航空機では俺が勝手に九七シリーズと呼んでいる機体が出来ている。量産に入るのも間近だそうだ。
・九七式戦闘機
900馬力、最高時速480キロ、武装13ミリ機銃×3、航続距離1200キロ
引込み脚。一人乗り
・九七式爆撃機
770馬力、最高時速320キロ、武装13ミリ機銃×1(後部銃座)、航続距離1250キロ
急降下爆撃可。二百五十キロ爆弾搭載。固定脚。二人乗り。
・九七式攻撃機
780馬力、最高時速380キロ、武装13ミリ機銃×1(後部銃座)、航続距離1000キロ
急降下爆撃不可。八百キロ魚雷また爆弾搭載。引込み脚。三人乗り
この三種にはそれぞれ甲型と乙型がある。甲型が地上用で主に陸軍が使い、乙型が艦載用で海軍が使う。
甲は乙より重量が軽いので、その分搭乗員周りの防弾版を多くしてある。
乙は甲よりも装備が多い。洋上航法装置、着艦フック、胴体内浮き袋が装備されている。
俺としては三人乗り飛行機なんて初めて聞いたので驚いたが、外国にもあるし普通だそうだ。
魚雷を積むので飛行機が長くなり、三人乗るスペースは十分にあるから問題無いらしい。
でも、人一人増えたら六十キロは重くなるわけで、それなら二人乗りにして軽くなった分、防弾版を積むなり性能を上げるなりした方が良い気がする。三人も乗ってやることあるのという気がする。
このほかにも陸海共通の機体として
・迎撃機(重戦闘機)
・長距離偵察機
・輸送機
陸軍専用として、
・支援機(近距離偵察、弾着観測、地上支援攻撃)
・双発重爆撃機
海軍専用として、
・艦載水上機
・飛行艇
などが準備されている。
これらの飛行機は主脚に○菱の油圧ダンパーが使われているので、知り合いに頼み込んで一緒に連れて行ってもらって見てきた。
油圧ダンパーのシーリングには油圧ポンプの技術が流用されているので、ダンパーの担当者は顔なじみなのだ。
どのくらいゼロ戦に似てるか気になったのだ。
97シリーズはどれも全金属製単翼低翼という形式でゼロ戦に近い。というかほとんどゼロ戦だ。
特に、九七式戦闘機は元の世界の素人に見せたらゼロ戦と間違うんじゃないかというくらい似ている。少し翼の形が違うかなというくらいだ。ゼロ戦は翼がもうちょっと直線的だった気がする。九七戦はトンボの羽みたいな形をしている。
それから戦車も九七式が完成している。
これまで陸軍の研究所で作成されていた実験的な物とは違って量産を意識した物で本格派だ。
ちゃちいが、一応戦車の形をしている。
これから○菱が小倉に専用工場を作って量産を行う。
・九七式中戦車。45口径37ミリ砲。185馬力、最高速度42Km/h、重量16トン。戦闘の主力になる。
・九七式軽戦車。36口径37ミリ砲。150馬力、最高速度46Km/h、重量8トン。偵察などに使う。
どちらも背が高すぎる気がする。これだと弾が当たりやすいのではないかと心配になる。
それに見るからに貧弱で、これではソ連の戦車には勝てない気がする。
歩兵相手には良いだろうが、戦車相手はやっぱり無理だろう。どうするんだろう。中尉に抜かりはないと思うが……。
六月。
中尉が久しぶりに我が家へ来た。家へ来るのは一年以上ぶりだ。
今度は欧州へ長期出張になるそうで、あいさつに来たのだ。おそらく半年以上行くとのことだ。
久しぶりに会ったと思ったら、また半年会えない。
本当に忙しくて腰の定まらない人だ。どうせ中尉のことだから良からぬことをしに行くに違いないと思う。
また、酒を飲みながら世界情勢の話を聞くことになった。
中尉によるとかなり戦争が近いとの予想だ。
「いつ、どこで、誰が始めるかだ。いつ、何があってもおかしくない」
独伊は技術交流同盟を締結し、急速に軍備を拡大している。仏と独伊の間で緊張が増している。
残念なのは俺が第二次大戦の年を覚えてないことだ。太平洋戦争が終わったのが昭和二十年。四年間戦争をやってたはずだから計算すると開戦は昭和十六年、すなわち1941年。
第二次大戦はこれより先に、ドイツの東欧への侵攻で始まって、フランス侵攻、ソ連侵攻。その後太平洋戦争だ。
さすがに一年で東欧、フランス、ソ連と続けて攻めることは無いだろうから、おそらく太平洋戦争の二年か三年前。
ということは1939年か1938年になる。
普通の人は第二次大戦の始まった年は覚えてない――はず。知ってるのは受験生か歴史好きの人だけだよな。
それに、覚えてても、もう元の世界の歴史とはかなり変わってきてるから参考程度にしかならない。
「やはり、思い出さないか」
「申し訳ない」
中尉は残念そうだ。
それでも思い出せることは全て話してある。
独ソ不可侵条約、日ソ不可侵条約、電撃戦、ダンケルク、砂漠の狐ロンメル将軍、バトル・オブ・ブリテン、米国の支援の何とかかんとか、モスクワ攻略失敗、ノルマンディ上陸作戦、イタリア降伏、バルジ大作戦、ベルリン陥落、ドイツ降伏……。
武器関係だとUボート、メッサーシュミット、タイガー戦車、ロンメル戦車、88ミリ対空砲、ジェット戦闘機……。
頭の良い中尉のことだから、俺情報を有効に活用してくれるだろう。
「日本は大丈夫なのか。戦争になるのか」
「日本から戦争を仕掛けることは無い。
陛下が絶対に反対されるだろう。
ただ、相手が仕掛けてくる可能性はある。
特にソ連とアメリカだな。
ソ連ではもうすぐ第二次五ヵ年計画が終わる。それはソ連の膨張政策が再開されるときかもしれん」
「ノモンハンみたいに?」
ノモンハンは満州-モンゴルの国境にあるらしくて日本の管轄外だから、起きるとしても日ソの紛争ではなくて満ソの紛争になる。
「ノモンハンではソ連の利点が無い。何の価値も無い場所で大軍を動かしても金が掛かるだけで得る物が無い」
「じゃあ、どこで」
「朝ソ国境か、樺太国境か。樺太国境は国境線がはっきりしているから可能性は低い。朝ソ国境はありうる。国境線自体短いが朝ソ間で国境が確定してない所がある」
「何のために攻めてくるんだ」
「日本の反応を見るため、日本軍の実力を調べるためだな。日本は海外からは引きこもっているように見られている。その日本に手を出すとどうなるか、どのくらい強いか、ソ連とすればぜひとも知りたいところだろう。そうしないと次の大戦で欧州とアジアの二正面作戦を行うことになる」
「日本は軍拡してるから、外国はためらったり、逆に摩擦が増えたりするんじゃないか」
「とりあえずイギリスには日本の意図を説明してある」
昨年、日本の軍拡に英が不信感を表したので、特使を派遣して秘密軍事条約締結を打診した。
これは英から丁寧にお断りされたが、日本は英国と戦う意思が無いことを十分説明したそうだ。
「英が資源を売ってくれる限り、日英は利害が対立しない。
それに対して、英米、英ソ、日米、日ソは利害が対立する。
だから日英が対立しても良いことは何もない。
それにだ、他国が軍拡するのに我が国がしない訳にはいかん」
「じゃあ、なぜ去年の海軍の軍縮会議を流したんだ?」
「あれは、米国が最初から無理なことを議題にあげてきたからだ。アメリカだけ一方的に巡洋艦・駆逐艦の保有量を増やさせろ。青島に軍港を作らせろだからな。まとまる物もまとまらなくなる」
「だったら、日英も量を増やさせろとか、硫黄島を要塞化させろとか交渉すれば良かったんじゃないか」
「それが、そうもいかん。確かに艦艇保有量は釣り合いをとることができるが。青島がどうにもならん。対応する軍港が日英ともに無い。青島から佐世保まで約九百キロだぞ。その条件にあうものはなかなか無い。ミッドウェーに日本軍が基地を作ってちょうど良いくらいだ。だが、そんなのアメリカは絶対に認めないだろう」
ちなみにこの世界では真珠湾にアメリカの大きな海軍基地は無い。小さな港があるだけだ。米アジア艦隊の母港であるマニラより規模が小さい。
米太平洋艦隊はロサンゼルスの南にあるサンディエゴに居る。
ただ、アメリカは今年から真珠湾の大拡張工事をやっているらしい。完成したら移ってくるのかもしれない。
「でも、結局条約が無くなったら青島が要塞になって同じだろ」
「いや、そうとも言い切れん。たしかに青島は佐世保に近い。要塞を作られたら困る。だが、こちらも小笠原からパラオまで要塞化できて、アメリカとフィリピン・中国を結ぶ線を遮断できる。地理の面からは、やや有利だ」
「軍拡競争にならなければ良いけどな」
「我が国の国庫には限りがあるから、できる範囲でやるさ。そして軍人は与えられた武器で戦う。そういうものだ」
中尉の最後の言葉はいつも以上に無表情だった。
きっと中尉には俺の知らない苦労があるんだなと思った。
昭和十三(1938)年一月。
第三世代ユンボの量産試作型が完成した。これの問題点を潰したらいよいよ量産開始ということになる。
それで、俺は今、パラオで穴掘ってます。
評価の為に、最前線で実際に穴を掘ってます。
どこでやろうかと考えて、今は真冬で北は寒すぎる。それで南にしたが、テストなんだから一番暑い所が良いだろうとパラオにした。
それにパラオは珊瑚でできた島なので、特殊な土地を掘るテストに良い。
これからも珊瑚の島でユンボを使う時があるだろう。その時に役立つかもしれない。
ユンボと一緒に船に揺られて数日。
ようやくパラオに着いた俺は飛行場で塹壕掘り、対空陣地作りに汗を流した。
初期不良は多少あるが、まあ、現地で直せるレベルだ。
改良点としては混合気の割合と濃度をもっと簡単に変えられるようにしたい。排ガスの色からして、おそらく最適の燃焼をしていない。一度設定したらあまり触る物ではないが、簡単に越したことはない。
それと潮風対策もやった方が良さそうだ。東京に居ると海のことを忘れがちだが、海沿いや島での工事も考えないといけない。
新型は第二世代の二倍以上仕事をしてくれる感じだ。元の世界の小型ショベル以上の仕事量だ。大きさは中型レベル並みに大きいし、燃費も悪いし、排気ガスは真っ黒だが。
本当にこの排ガスの黒さは大丈夫なのかと心配になるが、俺はエンジン開発に関与してないのでどうにもならない。
少なくとも弾の飛んでくる所だと俺は怖くて使えない。
しばらくテストをした後は、別の人に任せて俺は飛行機で一足先に東京へ帰った。
一応は少佐待遇の軍属なので軍の定期便に乗せてもらえるのだ。
日本に帰ってホッとしつつ寒さに震えていたら中尉に呼び出された。
あれっ、イギリスじゃないのと思ったら、俺がパラオへ行ってる間に帰国したそうだ。
そこで気が付いた。
「お帰り、久しぶり、元気だった? ――あれっ、中尉って大佐になったのか?」
中尉の階級章が変わっている。
軍人さんと話をすることも多いので、嫌でも相手の階級をすぐに確認する癖が付いてしまっている。
「ああ、イギリスへ行く直前にな。外国で馬鹿にされないよう箔を付けてやろうという軍のおぼしめしだろう」
「それはおめでとう。でっ、話って何だ?」
「見せたいものが有ってな」
と、いきなり有無を言わせず御殿場まで連れていかれた。
何でこんな遠くまでと思っていたら、そこには見たことあるような形の戦車が在った。
前面が一枚板みたいに平らで後ろに傾いていて、その真ん中あたりから大砲が突き出ている。
側面も内側に傾いた一枚板で、後ろ半分は上部が切り取られたみたいな形になっている。全体では台形の箱型に近い。
「ロンメル……の偽物?」
「九八式自走対戦車砲だ」
俺が知ってるロンメルと少し形が違う。
確か本物は後ろの方がもっと低くなってた。これは後ろがあまり低くない。それに本物は砲がもっと長かった気がする。
さらに言うと全体が小さくてちゃちい感じがする。
多分本物はもっと大きくて迫力があるのだと思う。
「以前、お前が作った模型を参考にして作った。兵器局の人間によると、この形には一定の合理性があるということだ。
平面の多用で生産性を向上し、リベットの減少で被弾時のリベットによる受傷を減らす。
また、装甲を傾けることで砲弾を弾く確率が上がり、水平方向の見かけ上の装甲厚が増える」
「あんな、昔に作った物を良く覚えてるな」
粘土で模型を作ったのは二十年近く昔のことだ。
「当たり前だ、お前が作った模型は今でも厳重に保管されている」
「しかし、ちょっと形が違うような」
「まあ、それは仕方が無い。今の技術で似た物を作るとこうなるんだ。
砲は55口径47ミリ、統制甲二二型空冷ディーゼルエンジン300馬力、最高時速48キロ。
前面装甲は25ミリ、ソ連戦車の主砲を千メートルで防ぐ――はずだ。
側面装甲は10ミリ、敵の13ミリ重機関銃の弾を防ぐ――はず。
満州ではこいつを使ってソ連の戦車を迎え撃つ」
『はず』ってところがちょっと不安だが、自走対戦車砲というからには戦車と違うのだろうか。砲塔が回らないと戦車と呼ばないのか?
それにしても日本製にしてはかっこ良すぎる。
「でも、戦車って毎年新型が出てきたような……」
例えばドイツだと三号、四号、何とか、タイガー、キングタイガーとかってなってた気がする。
だから、現時点でこの能力ならすぐ時代遅れになりそうだ。
「こいつも新型を開発中だ。新型用の工場も既に建設に入っているし、海軍の協力で新しい砲も研究中だ。次の大戦では88ミリが活躍するんだろ。その88ミリもドイツと交渉中だ」
「確かそのはずだ」
「そして、突破されたらこれだっ」
中尉は近くの荷物にかぶせてあった帆布をばさぁっと取った。
そこには、一メートルくらいの筒に取っ手が付いている物がピラミッドの形に重ねてある。
「バズーカ?」
「九八式携帯噴進砲だ」
中尉は一つを取り上げると肩に担いだ。
「これで、とどめを刺す。五十メートルの距離から敵戦車の側面を撃ち抜けるぞ」
戦車に五十メートルの距離って、どうなんだろう。近すぎじゃないのという気がする。怖すぎる。俺にはとてもできない。
だが、中尉は自信が有りげだ。
多分、実験とかで良い結果が出ているのだろう。それに九七式の戦車よりは使えそうだ。
まあ、俺の情報が役に立っているなら何よりだ。
それからしばらくたったある日、妻が神妙な顔をして言った。
「あなた。子供を授かりました」
妻が第三子を懐妊です。
最近は家に帰れないことも多く、たまに帰ると年甲斐も無く頑張ってしまうのだ。
「おおおぉ、本当か、それは良かった。いつ生まれるんだ」
「来年七月の予定です」
「体に気を付けるんだぞ。それと、栄養だ。栄養。栄養になる物を食べないとな。何が良い? キャラメルか? チョコレイトか? いや、それより骨だ、骨。小魚を食べないと、骨の弱い子が生まれてくる。そうだ、中尉に言って黒糖とかパイン缶、牛缶を持ってきてもらおう。たまには、中尉にもうちの為に働いてもらわないと」
「三人目ですから、今まで通りで大丈夫です」
カミサンが笑っている。
「中尉に連絡しておくよ。それと、万が一の時に大きな病院に入れるようにしとかないと」
「そんな大げさにしないでも大丈夫です。いつもの産婆さんにお願いしますから」
「いやいや、念には念を入れないと。お前も体に気を付けて、無理をするなよ」
「はい。今度こそは男の子を産みますので――」
「いや、どっちでも良いんだよ。元気な赤ん坊を産んでくれたらそれで良いんだ」
本当に男でも女でもどっちでも良いんだが、また女の子だったら家の中が女だらけになって俺の肩身が狭くなってしまう。
だからできれば男の子が良いなと思ってしまう。
男の子が生まれたら親子でテレビゲーム――は出来ないので、キャッチボールくらいはしたい。
ちなみにサッカーは全然流行ってないので、こっちの世界ではほとんど見たことがない。
俺もいい加減年だし、子供はこれで最後にしようと思う。だから本音では男の子が欲しいです。神様お願いします。
次章は6/11(水)19時に予約投稿しています。