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<第二章 始まり>

 今日は誕生日でユンボを動かしながら朝からちょっと浮かれてた。

 自分へのご褒美に外国製のユンボのおもちゃを注文してあって、それが今日届くのだ。

 パッケージの写真からは結構完成度が高そうだった。日本製のユンボのプラモやおもちゃは集め尽くしたので、外国製に手を出してしまった。

 今日の仕事は穴を掘ってダンプに積む仕事で特に難しい物ではない。

 別に油断してたんじゃないけど、バケットを差し込んだ瞬間、嫌な感触がした。


「ヤバっ!」


 やっちゃったか。水道管か。

 最近は水道管の埋設情報はコンピュータに登録されているので、間違って掘ることはほとんどない。古い人の話だと、昔はたまに水道管、ガス管、電話線などに穴をあけることがあったそうだ。


 慌ててバケットを上げると、


 シュゥーーーーーーーーー。


 ヤバそうな音がしてる。何か吹き出てる。

 ガスかっ!


 ファッファーーン。


 俺はとっさにクラクションを鳴らしてダンプを発進させる。クラクションを二回鳴らすのは積み終わったので出発してくれという合図だ。

 周りに他の人は居ないか。

 ちょっと離れた所に警備員さんが居る。だが、この事態に気付いてない。

 あの人を避難させて、それから、どうすりゃいいんだ。警察か。いや、現場監督が先か。

 俺が席を離れようとした瞬間。

 何かが光った。

 そして俺は意識を失った。



「んんっ……」


 ハッと気が付くと俺は運転席で突っ伏してた。

 なんだ。寝てた? 昼休みが終わった?

 昼休みはメシを食い終わったら運転席で昼寝をすることがある。

 だが、すぐに思い出した。

 爆発だ。ガスが爆発したのか。ダンプは? 警備員は?

 俺が慌てて周りを見渡すと、とんでもないことになっていた。


「ココどこ?」


 街中の現場で普通に作業してたはずなのに、俺はユンボに乗ったまま運動場みたいな所に居た。

 しかも周りに見慣れない格好をして手に長い物を持った人達が取り囲んでいる。まさか、銃? 銃を持ってる?

 何がどうなってんの。理解できない。

 俺が混乱していると、二十代の男の人が走り寄ってきた。


「何者だっ!」


 メチャクチャ怖い声で怒鳴る。何か信じられないくらいに怒ってる。

 土建の仕事をやってると怒鳴り声を聞くのに慣れてるけど、それとは違う殺気のこもった声だ。


「何者だと聞いているぅっ!!」


 もう一回怒鳴られた。


「ハイっ、榊原仁志です。ユンボのオペレータです」


 これが俺と中尉の出会いであり、長い物語の始まりだった。



「どこの所属だ」

「武蔵建設工業です」


 俺はユンボに乗ったまま答える。

 社名は埼玉で一番の会社にしたいとの夢で会長が付けたそうだ。宮本武蔵が好きだというのもあるらしい。


「どこから来た」

熊谷(くまがや)です」


 うちの会社の本社は熊谷にある。というか本社しかない。そういえば、倉庫兼、車両置き場兼、資材置き場の通称"空き地"もある。社内だと空き地で通じる。


「なぜ、ここに居る」

「それが、俺にも分からないんです。いつも通りに工事をしてたら、急に何か音がして爆発――」


 そうか、爆発。ひょっとしたら、あれは不発弾だったのかも。六十過ぎのオペさんが自慢げに言ってた、昔不発弾を掘り出したって。工事が止まっちゃって大変だったって。

 そういえば、俺は何でケガしてないの? 爆発なら俺はケガして、ユンボは壊れてそうだけど、俺もユンボも何ともなさそうだ。

 そこで、男の人の刺すような視線に気が付いた。

 俺が急に黙り込んだので、最初以上に怒りレベルが上がってるみたいだ。


「軍曹、この者を身体検査後、連行しろ。他の者はこの機械を外から見えないように隠せ」


 男の人が大声で命令した。

 そして俺は田舎の倉庫みたいな建物に連れていかれた。木造で古くて安っぽい感じだ。

 入れられたとこは四畳半くらいの部屋で中には木の机と椅子がある。それとなぜか(多分)ランプがあった。ランプの実物なんか見たことないけど、いかにもランプという形をしてるからランプなんだろう。天井を見ても蛍光灯は無い。それと窓もアルミサッシじゃなくて木の枠だ。この建物はいつの時代のだ。ちなみに床も木だ。

 そして三十分くらいたってから、さっきの怒鳴ってた人が入ってきて、俺への尋問が始まった。


 男の人は紙と鉛筆でメモを取りながら俺へ質問してきた。


「もう一度最初から聞く。貴様の名前は」

「榊原仁志です」

「漢字は」

「木の榊に原っぱの原、仁義の仁に志です」


 書いてるのを見ると、縦書きでメモを取ってる。珍しい。それに、榊の漢字を知ってる。書けない人も多いのに。頭が良いんだろう。


「住所、本籍」

「住所は熊谷市×××-××-××です。本籍は確か同じです」


 本籍なんか免許更新の時にしか使わないから覚えてない。たしか住所と同じだったはず。


「待て、熊谷は市だったか」


 男が不思議そうな顔で聞いた。


「えっ、俺が子供の頃から市ですけど」

「そうだったか」


 納得いかないみたいだ。

 何言ってんだ。この人は。地元の人じゃないのか。そもそも日本で熊谷市のことを知らない人が居るとは思ってなかった。びっくりだ。前は気温の高さ日本一で有名だったのに、四国に抜かれて市民が悔しい思いをしたのだ。


「次。戸主は」

「コシュ?」


 んっ? コシュって何?


「戸主だ、戸主。家長は誰なんだ」

「カチョウ?」


 課長のこと? うちの会社に課長は三人居る。営業課長に経理課長に総務課長。いや、総務は部長だったかな。

 うちの会社は会長、社長以外はみんな名字にさん付けで呼び合うので、役職ははっきり覚えてない。

 まあ、いいや。どの課長のことだ。社長の聞き間違い? いや、でも、カチョウって言った。でも発音が変だった。

 また、俺が黙っていると男の人の怒りがグングンあがっていく。

 その辺のヤンキーとは比べ物にならないレベルの殺気だ。


「すいません、分かりません。俺にも何が何だか分からないんです。課長は三人居ます。どの課長のことですか」


 なんか、泣きたくなってきた。


「きーさーまーー、ふざけているのかぁーーーーーっ」


 今日一番の怒鳴り声だ。


「ふざけてません。本当に分からないんです。ごめんなさい。会社に連絡させてください。お願いします」


 もう、俺は必死に何度も頭を下げる。何度も、何度も。

 それで、男は少し落ち着いたみたいだ。


「では、会社はどこにある」

「武蔵建設工業株式会社です」

「会社の所在地と代表者は」

「熊谷市×××-××-××、電話は048-XXX-XXXX、社長は園谷健一です」

「なんだ、その番号は」

「えっ、普通の番号ですけど」


 なんか、いちいち話が進まない。何かがおかしいけど、何がおかしいか分からない。それより、ここはどこなんだ。この人は誰だ。なんか警察官でもないし自衛隊の人でもないし、どこの人なんだろう。


「では、なぜあそこに居た」


「怒らないで聞いてくださいね」


 俺は正直に全て話した。いつも通りに埼玉県内で工事をしていたこと。そこで何かを掘り当ててしまったこと。そこで何かが光ったと思ったら、あそこに居たこと。あれはガス管か不発弾だと思うこと。

 今度は怒らず聞いてくれた。


「では、あれは穴を掘る機械なのか」

「あれっ、ユンボ知りません? パワーショベルとか油圧ショベルとも言いますけど」

「知らん。初めて見た」

「またまたぁー、嘘でしょ。ユンボ見たことない人なんていませんよ」

「いや、本当に知らん。あんな機械は見たこともないし、聞いたこともない」

「それは無いですよ。日本中に何万台もありますよ」


 今までとは違う不安になってきた。最初は大変なことをしてしまったという不安だったけど、今は、考えられないような事態になってるんじゃないかという不安だ。


「ところでお前の年は? いつの生まれだ」


 男の口調が変わった。


「実は今日が誕生日で二十五になりました。平成元年生まれです」

「ヘイセイ? なんだ、それは。西暦とは違うのか。明治で言うと何年だ」


 えっ、明治。明治って、明治、大正、昭和の明治のこと? 明治で何年て聞かれたことも考えたこともない。ちょっとすぐには計算できない。


「西暦だと1989年ですけど、明治だと何年になるんでしょうか」


 男は黙り込んでしまった。

 俺は体が冷える気がした。心臓がドキドキしてきた。

 俺は沈黙が怖くて気になっていたことを聞いてみた。


「あのぉ、一つ聞いて良いですか。ここはどこなんですか、埼玉ではないんですか」


 男は俺をじろりとにらんで答えた。


「ここは宮城(きゅうじょう)のすぐ横。近衛歩兵第一連隊の兵舎だ。そして今は――、大正七年だ」



 俺はすぐには理解できなかった。

 キュウジョウって西武ドームじゃないよね。県営球場でも熊谷市民球場でもなさそうだし。

 それから大正七年ってどういうこと。


「今年は西暦2014年ですよね。平成だと二十六年」

「今年は大正七年。西暦だと――1918年だ」


 何を言ってるの、この人は。頭がおかしいの? それとも俺がおかしくなった?

 男はしばらく考えてから言った。


「はっきりした。貴様が気狂いか、それとも神隠しのような人智を超えた不思議なことが起きているかのどちらかだろう。貴様はここで待っていろ。食事は後で運ばせる。用を足したいときは外に立っている兵に声を掛けろ」


 そう言い残すと男は立ち上がり部屋を出て行こうとする。

 行っちゃう。

 俺と話したたった一人の人が。

 心細くなってしまう。誰でも良いから隣に居て欲しい。話がしたい。それに、俺はこの人のことを何も知らない。


「ちょっと待って。あの……、名前を聞いても良いですか」


 恐る恐る聞くと、男が振り返り答えた。


「近衛歩兵第一連隊、歩兵中尉神崎だ」


 そう言うと、もう振り返らずに部屋を出て行ってしまった。

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