<第十八章 改善>
昭和八(1933)年。
俺はユンボ第三世代の試作機が完成したのでテストを繰り返してる。
数年の内に完成させれば次の大戦までにかなり普及させることができる。
ということで毎日張り切ってユンボを動かしてる。
国産化に必要だったキャタピラは、軍用キャタピラ生産が○菱の別の子会社へ生産委託された。
当面はそこでキャタピラのライセンス生産を行うと同時に将来の国産化に向けた研究を行う。
それで、ユンボ用のキャタピラもそこで作ってもらうことになった。
俺が担当するのは本体より上の部分だけになる。別会社で作ったユンボ用の本体下部を汽車で送ってもらって、ここで上側を載せると出来上がり。
全部を作れないのは残念な気もするが仕方ない。
ちなみにエンジンはまだ○ンマーから買ってるが、○菱のこれまた別の子会社でバス・トラック・重機用のディーゼルを開発している。近いうちにこちらへ載せ替えることになりそうだ。
それと合成ゴムはまだ国内でどこも生産していないので、油圧ポンプのパッキンだけはまだ輸入品を使っている。
そのため国産化率は99%にとどまっている。
俺はこの合成ゴムも○菱は国内生産を狙ってるんじゃないかと思う。
試作機テストの合間には他の仕事もやっている。
俺はもう単なる重機オペレータじゃなくなっていて、オペ兼、技術者兼、工場顧問みたいな何でも屋になってる。
民間では建設機械の第一人者、工場運営の専門家、溶接の大家という扱いだ。
さらに、ユンボ開発の合間を縫って、中尉の命令で日本中の軍関係の工場を回るようになった。
というのも俺が実際にユンボを作る訳じゃないから、テストが一段落すると手が空くのだ。
でも、旋盤で金属を削ったりはちょっとカッコイイなと思ってる。
本当は覚えて自分の手でユンボを作りたい。だが、俺が今から覚えるよりプロに任せた方が何倍も良い物ができるだろう。と我慢して工場視察を続けている。
なんで俺がと思ったが、中尉によると重機工場の生産性が伸びているので、その知恵を軍関係の工場にも回せということらしい。
日本全国ではなくて軍関係だけというのがイヤラシイが、回る工場は民間が多い。
そのうち民間にもノウハウが広がって日本全国の工場の生産性が上がると嬉しい。
工業大国ニッポンへの第一歩だ。
それで、俺は『謎の軍属』と陰で言われている。
というのも、俺に関する噂が広まっているからだ。
『あの男が指摘することは予算が降りやすい』
自分で言うのもなんだが、初心者の意見でもプライドさえ捨てて聞けば合理的な内容だと思う。
というか素人が見ても分かるくらいに日本の工場は古いしおかしい。
大量生産のイメージが無いのか、職人風の生産を大人数の職人でやってる感じだ。
俺は少佐待遇なので、工場の現場に居る軍人(そもそも民間工場の現場に軍人が居るのが不思議)は大抵俺より階級が下。俺の言うことを無視しにくい。
しかも、中尉が気を利かせて、工場へ行く時は兵部省の人を俺に付けてくれてるからなおさらだ。
俺には一人で知らない工場へ出張するほど度胸は無い。
それで俺は素人考えでもおかしいことをどんどん指摘する。
そして工場や軍が言われたことをやるために予算申請をすると大抵通るらしい。
俺の上司は中尉という形になっているので、俺は中尉に報告書を出している。
その関係かもしれない。
民間工場でも軍の仕事をしている場合、軍人が居る。
中には(というかほとんど)頭の固すぎる軍人が居る。
民間側の責任者は軍から仕事を貰っている関係上、軍人に逆らえない場合が多い。
時には軍人とケンカというか刃傷事件になりかけることもある。
頭の固い(俺に言わせたら頭がおかしい)軍人をわざと挑発して俺を殴らせたこともある。
そして、そのことを中尉に報告して軍人を左遷させてやったのだ。俺も中尉ほどではないが汚れてしまった。
だって、毎回だから。
毎回、毎回、工場に視察へ行くたびに訳の分からないことを言われたら、いい加減頭にくる。
ちなみに、相手が軍刀に手を掛けたらすぐに引き下がる。だって、まだ死にたくない。俺には家族がある。まだ小さい子供を残して死ねない。
二回目に殴られた時、報告した中尉から注意された。
「あんまり、現場の者をいじめるな。主流から外れた可哀想な奴らだ。お前もいい大人なんだから、言葉を選べ」
で、俺もちょっとだけ反省した。
仕方が無いので、理論武装してやり込めるように変えた。
例えばある工場を視察したときの話だ。
俺が見るとどうも作業に無駄がある。
一人の人間が色々な作業をやろうとしているために、道具を何度も持ち替えていて効率が悪そうだ。
作業机の周りには道具やら材料やらがいっぱいある。
工員が一人しか居ないなら仕方が無いが工員は何十人も居る。何人もが同じように一人で何種類もの作業をしている。
意味が分からない。
工事現場で言うと、何でもかんでもユンボでやろうとするのと同じだ。
ユンボ、クレーン車、ブルドーザー、それぞれ得意なことは違ってるので分担してやった方が早い。
俺の大量生産のイメージだと、各人が単純作業を機械みたいに繰り返す。
作業ごとに人を分けたほうが、単純作業で仕事が早くなり、工具の数が少なくて済んで、仕事に慣れるのも早いと思う。
実際、○菱の重機工場では、その様にして生産性が上がっている。
それが、楽しいかとかやりがいがあるかは別問題だ。
そのことを工場責任者と軍から派遣されている士官に話すと、
「一人一人が一発一発、魂を込めて作るからこそ価値がある」と士官が言う。
俺はカッチーンときたが、冷静に言い返した。
「魂を込めた弾と込めてない弾で命中率が違うのを実験しましたか」
「いや、それは……」
士官が口ごもる。
「じゃあ、なぜ、価値があると言い切れるのですか」
「決まっているだろう。銃後の我々が思いを込めてこそ、それが前線の兵士へ届き、彼らは力を発揮できるのだ。魂を込めていない弾に天佑神助は無い」
と、士官が胸を張って言う。
弾に魂を込めることが、さも素晴らしい、誇らしいという表情だ。
「確かに一番良いのは、品質が高く、気持ちの込められた弾が必要なだけあることだと思います。
では、聞きますが、気持ちは込められているが品質が悪く数が少ない弾と、気持ちは入ってないが高品質で数が多い弾。
戦場で必要なのはどちらだと思いますか」
「戦地の者も魂がこもった弾を欲しがるに決まっておる」
士官が意固地になって言い返してくる。
「それは、誰に聞きましたか。あなたの考えですよね。それとも、上官の考えですか。前線の兵士は弾が切れたらどうすれば良いんですか。彼らは魂はどうでもいいから弾が欲しいんじゃないですか」
「弾が無くなれば、銃剣がある。我が軍の勇敢なる兵士が突撃すれば敵は恐れをなして逃げ出すであろう」
「ではなぜ、弾が必要なんですか。最初から突撃すればイイじゃないですか。突撃すれば敵が逃げるなら弾は要りませんよね」
「ぐっ……」
士官がまたまた口ごもる。
「突撃も必要でしょうが、射撃も必要だから弾が要るんですよね。
だから重要なのは、まず高品質の弾を作ること。撃ってもどこへ行くか分からないようじゃ意味が無いですから。
次に、必要なだけを作ること。弾が足りなければ、前線の兵士がそれだけ苦労し、死ぬことになります。
そして、最後に魂を込めること。日本の勝利を信じ、兵士の無事、武運長久を願って魂を込める。
だから、順番なんですよ。まずは高品質な弾を作りましょう。全てはそこからです」
士官はぐちぐち何か言っていたが、最後には作業の変更を納得してくれた。
毎回、こんな感じで軍人とのやり取りがあって本当に疲れる。
中尉に愚痴をこぼすと
「それを何とかするのがお前の仕事だろう。何のために高い俸給を払っていると思うのだ。少佐待遇だぞ。少佐待遇。
日本に少佐待遇の軍属が何人居ると思う。医者を除けば数えるほどだぞ。
分かったら、何とかしろ。日本が負けても良いのか。お前の家族が空襲で死んでも良いのか」
「いや、それは困る……」
「じゃあ、なんとかするしかないな。俺ができることなら協力してやる。だから、頑張れ」
「だが、工場の改善は俺の仕事じゃない。俺の仕事はユンボの開発だ」
「何を言ってるんだ。軍から俸給を貰っている以上、軍に命令されたら何でもやるのが当たり前だ」
ということで無理やり納得させられて、工場改善の仕事もしている。
まあ、どの工場でも軍人が言うことは似たり寄ったりの精神論なので、やりこめるのはそんなに難しくない。精神的にはかなりくるが。
そして、ひどいのは生産現場だけではない。製品検査もかなり杜撰だ。
素人の俺がそう思うんだから、多分かなりひどいのだろう。元の世界のメーカーの人が見たら呆れて口がふさがらないと思う。
検査と言っても数の確認が主で、品質の検査をほとんどしていない。
作った人を信じてるというか、どのようにしたら良いか分かってない。
このままじゃダメなのは分かるが、俺の頭じゃ解決できない。
偉い人の頭を借りるしかない。
中尉に偉い人を紹介してくれと頼んだら、大学の数学の先生と工学の先生を紹介してくれた。
それで、その先生達と三人で検査方法を考えた。というより俺が実情を説明して先生達が考えた。
そして、新しい検査方法が考えだされた。
・一箱の中からランダムに規定個数を抜き出して品質検査する。全部が良品ならば合格。一個でも不良品が有れば一箱丸ごと不合格
・検査は項目を一覧にし、項目ごとに確認し、終わった項目に印を付ける
・製品の箱には製造責任者と検査係がどこの誰かが分かる印を付ける
・現場で不良が発覚した場合は、その印を兵站担当者に報告する
・兵站担当者は定期的に集計し上司に報告する
・製造責任者と検査係はその不良率でも勤務評価される
数学上はこのやり方で95%の確率でチェックできるらしい。信頼率とか先生は言うが、難しすぎて俺には理解できない。
ここまで決まってから俺は思い出した。
○ニクロで服を買ったら、人名のハンコが押してある紙が入ってる。あの紙と一緒だ。
多分、お客さんが不良品だぞって○ニクロへ持っていったら、ハンコから誰が作ったか調べて、そいつに注意するのだ。
ここまでやったら俺の仕事としては十分だろう。
実際にどうやってやらせるかは中尉に丸投げだ。新しいやり方を中尉に説明して終わりにした。
俺だって、軍の工場にばかり行ってられない。
ユンボの開発もあるし、ブルドーザー他の重機もあるのだ。
俺が工場で軍人とやりあってる間にも日本や世界は変わっていってる。
一番心配なのはドイツだ。歴史通りナチスが勢力を伸ばしていて、ついにヒトラーが首相になってしまった。
このまま行くと総統になってユダヤ人が大勢殺されてしまう。
ユダヤ人に知り合いは居ないし他人事なんだが、知ってるのに何もしないのは気持ちが悪い。
一応中尉に聞いてみると、
「心配するな、大丈夫だ」
と言った。
本当に大丈夫なんだろうか。寝覚めの悪いことは嫌なんだが。
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