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<第十七章 反乱>

 昭和七(1932)年。


 景気対策が効いてるのか不景気は底を打っているが、相変わらず国民は貧乏のままだ。

 物価が上がった分しか収入が増えないから仕方がない。さらにその少ない給料から半強制で貯金させられる。国が貯金推奨運動を行っているのだ。


 新聞は、


『財閥だけが儲けている。財閥は国民から搾り取った金を外国へ投資している』


 と財閥批判を繰り返す。

 これは半分当たっている。財閥はかなりの金額を米国へ投資している。だが財閥側としても政府に従っているだけだ。

 政府から、間違いなく儲かるから米国へ投資しろと言われたら誰でも従う。

 その財閥は大恐慌でかなり儲けたが、そろそろ米国の株価も底を打ったとみて、国内投資へ回し始めている。


 それと、新聞が半分外れているのは財閥が金を溜めこんでないことだ。

 確かに政策上財閥が優遇されているが、代わりに財閥はかなりの額を政府指定分野へ投資させられている。

 税制上、内部留保は全額課税対象とされ、固定資産の償却期間短縮他の飴とムチの処置が行われているのも投資が増える理由だそうだ。俺には難しくてよく分からない。


 その政府指定分野というのは、どうやら中堅官僚による私的勉強会らしきものが開かれていて、そこで検討しているらしい。

 しかも、中尉がそこへ玉串情報の一部を漏らしているのに黙認されているというのだ。

 首脳陣はその勉強会の結果を政策に取り入れ、便利に使っているので中尉の行動を暗黙に了解しているという。


 なぜ知っているかというと本人に聞いたからだ。

 あれは正月のあいさつに中尉の家へ行った時だった。

 明けましておめでとうから始まって会話をするうちに自然と景気の話になった。

 今は人が二人集まると不景気と政府の悪口になるのが当たり前だ。


「で、ドックを造るって決まったら、すぐに船の増産が決まるし、軍でトラックの大量購入が決まったら、○菱はすでに新しいトラック工場を作り始めてるし、なんか、こう、ピッタリはまりすぎてる気がするんだが」


 と、俺が聞くと。


「おい、何を言ってるんだ。お前は。会議をちゃんと聞いているのか」

「えっ、何のことだ」

「例の会議で情報を財閥へ流すと決まっただろう」

「あぁ、はいはい」

「だから、何年に何が必要というのを考えて、そこから逆算して工場を建てているんだ。上手く行って当たり前だ」

「それは、バレるんじゃないのか。バレたらまずいんじゃないか」

「あぁ、漏れればな。で、誰が漏らすんだ」

「んっ」


 そう言われると、言葉に詰まってしまう。


「財閥の者も馬鹿でなければ、誰にも話さないし、うまく辻褄を合わすだろう。それに、何度も何度もこんなことが起きるわけではないからな。大恐慌の後の今回だけだ」

「そうか。それで、誰が考えてるんだ、トラック増やそうとか。中尉が考えてるのか?」

「それは、だな……」


 中尉にしては言葉に詰まっている。


「実を言うと、私ではない。各省庁から実務者が集まって我が国の将来について議論する集まりがあるのだが、そこで考えている。一種の根回しみたいなものだ」

「でも、それじゃあ、大恐慌とか知らないのに、どうしてるんだ」

「それは、色々な場合分けを作れば良いだけだ、景気が大幅に上昇する場合から大幅に下降する場合まで何通りかの案を作る。

 それぞれについて、政府や軍の方針を加味して景気対策案を考えるわけだ。

 今回はその中の『米国で供給過多から大規模な生産調整が発生し経済が一気に収縮する』という筋書きを使った」

「なんか腑に落ちないなぁ。それにしては、知り過ぎてるというか。当たり過ぎてるというか」


 うまく考えがまとまらないが、スッキリしない。まだ、何かあるんじゃないのかという気がする。


「それに、少しだけ例の情報を流しているというのもある」

「えっ、俺の情報?」

「まあ、差しさわりの無い範囲でな」

「それは、まずいだろ。それこそ上にバレたら大変だぞ」

「上の方は何となく分かっているはずだ。気付かない筈がない。だが、今まで黙認されてきた。一度だけ、やり過ぎるなという感じの釘を刺されたことはあるが、そのくらいだ」

「じゃあ、偉い人も知っているってことか?」

「ああ、知った上で利用している。上の人間は自分達で実際の案を作ることはできない。誰かにやらせないといかんが、自主的にやってくれる人間が居るんだ。利用しない手は無い」


 俺は今まで全ての案は中尉と偉い人が話し合って決めているのだと思ってた。

 今になって考えると、経済的な内容もあったし、さすがに中尉一人では無理だったのか。

 それにしても、俺の知らないところで色々あるんだなとあらためて思う。怖い世界だ。

 一部の人が秘密に話し合って政策を決めているなんて、日本は本当に資本主義なのかという気がしてくる。ソ連の計画経済みたいだ。



 ということで財閥も儲けている訳ではなく、七千万人総貧乏なのだ。


 そんなことで国民の不満がかなり溜まってる。

 勤務先でも出張先でも、みんな、政府の悪口を言ってる。


 国民の不満が溜まるのと同じように、軍部でも不満が溜まってる。

 陸軍、海軍ともにポスト不足がますます深刻になっている。

 震災後の軍縮で士官を減らしていないのに、ポストの数はほとんど増えない。

 士官学校の定数は抑えていないので、少尉から少佐当たりの士官が溜まっている。


 戦争が始まると士官が足らなくなるので士官学校の卒業生を減らすわけにはいかないのだ。

 佐官クラスは育てるのに十年以上かかるから事前に増やすしかなくて仕方が無いらしい。それでポスト不足に拍車がかかる。

 陸軍は師団をあまり増やさないで火力やトラックばかり増やしているし、海軍は大艦巨砲からどんどん外れて潜水艦、駆逐艦、護衛艦ばかり増える。巡洋艦以上の艦長は大佐で駆逐艦以下は中佐・少佐なので万年中佐みたいな人が増えている。

 軍としても定年延長などの手を打っているが焼け石に水というか、火に油の状態になっている。


 元の世界ではこの頃満州事変が起きた。

 それでこの世では、司令官から参謀、連隊長クラスまで危ない人間は全て満州から排除している。

 危ない奴は九州四国北海道など問題を起こせない所へ配置されている。

 それに、元の世界で関東軍がどのくらい居たか知らないが、今は一万人強しかいない。これだと事件は起こせても満州事変みたいな大きなことはできない。

 すでに米軍は一個旅団相当の海兵隊を営口に派遣し現地をアメリカに改造しようとしている。

 営口と満鉄の連絡線も運行されている。

 米軍の相手をしながら満州を占領など到底できる話じゃない。



 中尉によると、公表されないだけで不穏な動きは結構あるそうだ。

 たいていは計画時点で発覚。未遂に終わって、左遷されて何もなかったことになる。


「ここ数年が我慢のしどころだ。数年経てば、きっと世界情勢が変わる。そうすれば必然と軍拡が必要になるし、景気も上向く」


 と中尉は言うが、その数年が我慢できない人はきっと居ると思う。

 俺が知ってる軍人さんの中にも沸点が低い人が何人も居る。中尉だって最初の頃はいきなり怒り出すことが何度もあった。



 そして、ついに海軍が爆発した。


 俺は新聞で読むまで全く知らなかったが、海軍で大規模な反乱計画が発覚し何十人も摘発された。

 いつかは起こるだろうと思っていた。

 海軍は陸軍よりも軍事費抑制の締め付けが厳しい。

 ワシントン軍縮条約以来大型艦を一隻も作ってなかった。作りかけの戦艦を空母に改装しただけだ。

 今回ようやく準大型空母二隻を作るが、完成は二、三年先になる。それまでポスト不足が続く。

 そこに去年の海軍の整備計画だ。大艦巨砲の否定で、いつ反乱が起きてもおかしくなかった。


 俺は話を聞きたくて、あまり顔を見せない中尉の家へ夜中に押しかけた。新聞には詳しいことが書いてないのだ。


「新聞で読んだが、海軍の反乱ってどうだったんだ」

「あの件か――」


 中尉は全く興味が無いような口ぶりだ。


「新聞記事の通りだ。横須賀の民家の一室で海軍の士官、下士官が反乱の計画を相談している所へ警官が踏み込んで逮捕した。それだけだ」

「えっ、だが、何十人も逮捕されるなんて初めてじゃないか」

「これまでは、まだ芽のうちに摘んでたから騒ぎにならなかっただけだ」

「じゃあ、なんで今度はこんな新聞沙汰になったんだ」

「今回は計画が大きすぎて発覚した時には首謀者を飛ばしただけでは済まなくなっていた。

 それで見せしめを兼ねて逮捕することになった。

 事前に逮捕するのは難しいから、計画が煮詰まって最終的な打ち合わせをする時を狙って現場を抑えた。

 それで計画書などを押収出来て証拠を押さえられた。

 普通なら証拠が無いと黙秘されたらどうしようもない。

 奴らも馬鹿じゃないから、なかなか尻尾を掴ません。

 反乱を未然に防ぐのも簡単じゃないんだ」


 言われてみればそうだ。海軍士官はみんな頭は良いから、悪いことをするときも綿密な計画を立てそうだ。


「今回は少し危なかった。

 潜り込ませてたやつが逆に取り込まれるところだった。

 嫡男とか子持ちとかの勝手に死ねない奴を選んでいるが、家族を捨てる覚悟をされたらどうにもならん。

 怪しい動きを見せた士官は早めに動かして事前に芽を摘んでいたが、今回は異動直後だった士官が転んだ。

 しかも転ばせた奴が下士官だった。

 士官なら日本全国どこへでも飛ばせるが下士官は基本的に転勤が無いからな。

 個人的に仲の悪い別の下士官からの密告で判明したが、かなり際どかった。

 密告が遅ければ反乱が起きていた。

 これからは下士官にも監視の目を光らせんといかんな」


 怖いよ。この人。そんなの他の人の仕事じゃないのか。

 中尉はそんなことまでやってるのか。

 付き合いを考えたくなってくる。



 この年の年末近くに大きなニュースが飛び込んできた。

 東清鉄道の売却だ。

 これは日露戦争以前からロシアが満州に利権を持っていた鉄道で、ロシア崩壊後もソ連が継承していた。要は日露戦争で日本へ渡した残りだ。

 そのソ連が第一次五ヵ年計画で資金が不足していたことから国民党への売却を図った。

 そこへ待ったをかけたのがアメリカと日本だ。


 アメリカとしては利権拡大のチャンス。国民党への売却は満州進出にとってまずい。

 最低でも張学良への売却。一番良いのは全てをアメリカが購入すること。

 対して日本としては、満州内の鉄道の大半を抑えられることになるので国民党はまずい。満鉄の返還要求が強くなる。

 それに満鉄と平行線(並行して走る別の路線)を作られたら満鉄は壊滅的な打撃を受けてしまう。

 こうしてアメリカと日本の利害が一致して、共闘して国民党への売却阻止に動いた。


 国民党としては東清鉄道は是が非でも手に入れたい。

 将来満州から米日を駆逐するための布石として。また、張学良の力を削ぐためだ。

 しかし、現実問題資金が無い。

 張学良は自派の勢力拡大につなげたい。ソ連は少しでも高く売りたいし、満州が混乱するのが望ましい。


 こうして米国、日本、国民党、張学良、ソ連の思惑がぶつかり合い、一年以上の長い交渉の末最終的にまとまった。


・南満州鉄道(日本)と営口線(米国)を除く満州内の鉄道を運営する組織として満州鉄道委員会を設立する

・ソ連は満州国内の鉄道および関連する一切の権利を上記委員会へ一億五千万円で売却

・上記資金を委員会は米国と日本より借款する(六対四)

・委員会は収入より借款を返済する

・長春-ハルビン間は日本へ運営委託する

・瀋陽市内の一部について南満州鉄道は施政権をシナ側へ返還する

・その他の路線については委員会が直接運営し、日本はその支援を行う


 この玉虫色の結末で日本は管理路線が増え、長春の安全を確保できた。

 米国は借款の形でより深く満州に食い込むことができた。

 国民党はソ連より利権を取り返したと国民にアピールすることができた。

 張一派は一銭も出さずに支配地域からソ連を駆逐すると同時に国民党の介入を最低限に抑えることができた。

 ソ連はやや高めに売却することができた上に、満州内に不安の種を撒くことができた。


 ちなみに満州鉄道委員会は十人の理事からなり、国民党四人、張派四人、米国一人、日本一人が割り当てられた。


 中尉に解説してもらうと


「中でも我が国が他より少しだけ得したが、米国も国民党も張学良もソ連も損をした訳ではない。

 まあ、五方一両得みたいな結果だ。

 今回は政府が上手く動いた。時には米国と手を結ぶ必要がある。

 いつもこのようにうまく解決できれば良いのだがな」


 ということだ。


 これで南満州鉄道は旅順-大連-瀋陽-長春の本線と、瀋陽-朝鮮の安奉線、長春-扶余の扶余線となる。

 これに、長春-ハルビンの春浜線の運営が加わる。

 今後は満州鉄道委員会が満州中に鉄道を張り巡らせていくことになるだろう。

 きっと、それは借款の返済に使われるとともに張一派と国民党の資金源となるのだ。


 それにしても米国支援の国民党とソ連支援の共産党はいまだに争っているのに、利権の有償返還が成立するとは。

 本当に政治の世界はよく分からない。

次章は5/28(水)19時に予約投稿しています。


予告通り毎日更新は終わりにして、週二回の更新にします。

今の所毎週水土曜日の19時を考えています。


書き溜めが増えたら更新頻度を上げようと思ってます。


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