<第十六章 ロンドン海軍軍縮会議>
昭和五(1930)年。
第二子が生まれました。また、女の子だ。
俺的には男でも女でも元気だったらそれでいい。
だが、カミサンは跡継ぎを産めなかったととても恐縮している。
「また、男の子を産めませんでした。私が女腹なんです。私の母も女の私しか生んでいません。きっと家系なんです……」
「元気なら、それでいいから。男でも女でもどっちでもいいんだ。女の子なら婿を取れば良いだけだ。今時、次男坊、三男坊なんてそこいらにゴロゴロ居るんだから」
本当の本当に俺は全く気にしてないのに。
先祖の墓とか遺産とか無いんだから、家を継ぐとかそんなの全然興味無い。俺とカミサンの墓さえどこかに建ててくれれば、それでいい。
おかしなことに中尉は女の子でホッとしているようだ。言葉には出さないが長い付き合いの俺には分かる。なぜだ?
名前は美代子にした。世の中では三文字名前が流行ってきてるので乗ってみた。
姉が典子でノリちゃん、妹がミヨちゃん。呼びやすくて良い。
俺の個人的祝賀ムードの中、久しぶりの玉串会議に呼ばれた。一年ぶりだ。
ここ数年は一年に一回呼ばれている。
おととしは喪が明けた天皇陛下ご臨席で今後の方針確認。
去年は大恐慌前に景気対策について。
今回はロンドン海軍軍縮会議の交渉案についてが議案だ。
基本方針として、次の六点があげられた。
・大規模景気対策の効果が出て景気が安定するまで軍の拡張は最低限にする
・世界的軍縮の維持
・日英同盟の堅持
・戦艦、空母比は現行のままで良いが、巡洋艦、駆逐艦は最低六割で七割を目標とする
・潜水艦は各国の絶対量の削減を目指す
・条約の締結結果を踏まえて、陸海軍の軍備計画を見直す
特に反対も無く交渉案はサクッと決まった。
そして後日、政府、軍首脳の公式な会議で多少の混乱はあったが交渉案は無事決定され、代表団はロンドンへ向かって行った。
前回の軍縮会議の時と同様、反対派に文句を言わせないため、その公式会議にも天皇陛下にご臨席いただいている。
そういえばワシントン会議の時は暗号が問題になった。それで、今回は大丈夫なのかと中尉に聞いてみたら、
「もう、すでに新型暗号が使われている。お前の話を参考にした乱数併用型換字式だ」ということなので多分大丈夫なのだろう。
「十年後に向けて、さらに新しい暗号も開発している」とは心強い。
条約会議では、米国が国力に応じた比率を主張した。米英日で十対七対五の比率だ。
対して英国は植民地や海外領土の警備など補助艦艇の必要性を訴えワシントン条約と同じ比率を主張。
日本は戦艦で譲歩した分、巡洋艦、駆逐艦の割合増を要求した。
その結果、重巡は対米六割、軽巡と駆逐艦は対米七割を確保し、まずまずの内容となった。
日本は重巡六割を受け入れる条件として、米のモスボール駆逐艦の解体処分を求めた。
モスボール駆逐艦とは余って使わなくなった駆逐艦を密閉して保存している物だ。五大湖やフィラデルフィアで保存されていて、前大戦末期頃に作られたものが多い。簡単な整備でまた使えるので常備兵力に近いという主張だ。
結果、前大戦終結(1918/11/11)以降に作られ現時点でモスボール状態で保管されている駆逐艦はトン数の半分を制限対象に加えるとなった。
また、米英の戦艦削減と比叡が練習艦になることも決まった。
重巡が対米六割に抑えられたことに海軍の一部が反発。国民からも不満の声が上がる。
さらに、一部の人間が政府は天皇陛下の統帥大権を犯していると問題にした。
政府は、
「天皇陛下ご臨席の会議で交渉条件は事前に決められており、何ら問題無い」と突っぱねた。
実際、その通りだから、これ以上の正論は無い。
これでは強硬派の人達は納得できない。これまで艦隊増強を訴えていた人間が、海軍首脳、政府首脳になった途端、急に消極的になるのだ。変節したとしか思えないだろう。
だが、いくら反発しても状況は変わらない。政府と軍部の首脳が結託しているのだ。
条約の結果に従い海軍艦艇が変わっていく。ますます日本は大艦巨砲から離れていく。
まず比叡を練習艦に改装する。将来の司令部設置艦候補として、講義室の名目の司令部室設置。無線練習の為にと無線室の拡大。緊急予備タンカーとして油槽の拡大も行う。
次に、空母の枠を少しでも空けるために、鳳翔を練習空母兼航空機運搬船へ改装。武装は練習用を除いて撤去された。
そして公称一万二千トンの空母二隻の建造計画を開始。
これが蒼龍と飛龍になるのだろう。
また条約上無制限の補助艦艇の建造が多数計画された。
今から作り始めないと開戦時に間に合わないからだ。
・一万トンの給油艦、給糧艦、補給艦、病院船、工作船、浮きドック
・二千トンの護衛艦
・六百トンの機雷敷設艦、掃海艇、水雷艇
肝心の主力艦艇はというと、今までの連合艦隊を破壊するような計画が進んでいる。
戦艦は副砲を外して対空対艦両用砲と対空機銃を増加。対空戦艦と言えるくらいの装備になる。
これは確率論的に副砲で航空機は撃退できないとの計算と、副砲発射による両用砲、対空機銃の発射速度の低減が問題になったためだ。
重巡洋艦も対空巡洋艦といえるような装備になり、軽巡は大量の爆雷を積んで対潜対空巡洋艦に。
駆逐艦の半数はさっぱりと魚雷を降ろして対潜対空駆逐艦になった。
新型護衛艦に至っては対空装備として連装両用砲一基二門と13ミリ機銃二門のみで対潜に特化してしまっている。
潜水艦は大型の通商破壊型と中型の近海防衛用に分けられ。大型は今までと同じような船型で、中型は俺の知ってるクジラ型だ。
そして、どの艦も将来のレーダー搭載を考え余剰浮力に余裕を持たせてある。
これまでと違う極端な変更だ。
航空機主義の人は大賛成だが、昔ながらの考えの人は大反対した。
「これでは連合艦隊ではなくてヤマアラシ艦隊だ。米海軍と戦えるか」と激怒している。
これは普通の反応だと思う。飛行機はまだ複葉だし、ようやく航空機用魚雷が完成しそうという時代だ。
航空機で戦艦を沈められるとは誰も考えていない。航空機派の人間でも将来的には可能になるかもしれないというレベルで、確信を持っている人間は居ない。
それなのに、今回の対空装備は度を越している。
未来を知らない人からすれば、気が狂ったかのように見えるだろう。
大艦巨砲命の人からすれば許されざる裏切りとしか考えられないと思う。
本当にヤバイんじゃないのと思う。
中尉に聞くと、
「かまわん、今からやらねば間に合わんのだ。それに切られるとしたら海軍の人間で、俺ではない」と、あっけらかんとしている。
もう、黒い。黒すぎる。中尉が真っ黒だ。
俺はというと条約なんて関係無しで第三世代ユンボの開発に取り組んでいる。
受注が急に増えたので次世代開発にOKが出たのだ。
目標はズバリ、大型化と完全国産化。
これが思うほど単純じゃない。
まず大型化だが、基本的に一つ一つの部品を大きくしていけば大きい物ができあがる。
だが、それだと重くなり、部品にかかる圧力が増え、耐久面で問題が出る。
それに大型化してパワーが増えれば、また、油圧ポンプの油漏れ問題が再発するかもしれない。
国産化で一番の問題はキャタピラだ。
戦車と違って長距離移動するわけじゃないが、代わりに細かい移動をしょっちゅうする。それに耐えられるものを作れるかだ。
俺はできると思ってる。
まずはアメリカのキャタピラー会社からライセンスを取って生産する。その次が自主開発だ。
この十年で千台近くのユンボを生産してきた。各種技術も蓄積できている。
それに国産キャタピラは戦車にも使える。陸軍から研究開発費が貰えるかもしれない。いや、中尉に頼んで、絶対に貰う。
何とかなるだろう。
ここでびっくりする情報が入ってきた。
なんと、○マツが重機を自主開発しているというのだ。
どうやら不況で仕事が無くて、社員を遊ばせておくわけにもいかず、何か新しく開発する物は無いかと探したところ、重機に目を付けたらしい。
たしかに、重機の売り上げは伸びている。
○マツが重機を開発しても不思議ではない。
戦争が近づいたら、○マツにも生産させようと中尉にお願いしようと思ってた。
だが、○マツは俺の考えの上を行ってた。
さすがだぜ、○マツ。
俺が直接協力する訳にはいかないので、陰ながらの応援しかできない。
あぁ、○マツに移籍したいが、ダメだろうなぁ。
ちなみに、○ンマーは農業用の小型ディーゼルの開発に成功している。
世界初ということらしい。車輌用の中型から小型にするのは大変なことだったんだと、今回初めて知った。
○ンマーは中型ディーゼルを軍と○菱に納入しているし、すごく儲かってそうだ。
工場を拡張するといううわさも聞いている。ほんとにうらやましい。
ユンボも新工場を建てるくらい早く伸びて欲しいものだ。
そして、○菱はトラック、バス生産が伸びている。
○ンマーのディーゼルエンジンのおかげか軍のトラックに指定されて大量納品が決定している。
軍の納入には国内企業を優先するという法律ができたからだ。そうじゃなかったら絶対米国製トラックに負けていたと思う。
なんたって○菱のトラックは評判悪い。俺の周りの人は○菱の社員を含めて外国製のトラックの方が良いと言ってる。
まあ、でも、これから大量生産すれば、品質も上がっていくだろう。
章立ての都合上、少し短めになっています。
次章は5/25(日)19時に予約投稿しています。
予告です。
感想が多くて返信が大変ですし、書き溜めていたものが減って来ましたので、5/25(日)19時を最後に毎日更新は終わりにして、週二回くらいの更新にしたいと思います。
ご了承願います。