<第十章 開発>
大正九(1920)年になりました。
世の中は戦後不況に突入してます。日本は終戦前後から引き締めに入っていたし、シベリアからはもう引き上げたし、ドイツからの賠償、山東利権の譲渡益はあるしで影響は小さい。
それに、満州朝鮮投資の抑制による国内投資の増加も効いてるのかもしれない。
でも、一部の成金で過剰投資していた人のダメージはデカいみたいだ。
俺はますます忙しくなって動き回っている。
まずドイツから賠償で手に入れたエンジンなどが届いた。
ここで問題なのが、それを誰に渡すかだ。
銃器、航空機関係は陸軍の新兵器担当の部署へ渡される。
無線機、潜水艦は海軍へ。
そしてガソリンエンジン(航空機、自動車)、ディーゼルエンジン(船舶用)をどうするか。
エンジンが重要だろうというのは分かるけど、誰に開発させたら良いかは分からない。
小型ディーゼルで有名なのは○ンマーなんだけど、会社がまだ無かった。
俺としては面倒だから全部○菱で良いんじゃないかと思う。
どうせ、○菱は将来飛行機も自動車も船も作るんだから。すると、中尉が色々動いて受け入れ先を決めてきてくれた。
ガソリンエンジン(航空機)とディーゼルエンジン(船舶用)は○菱が買取。
ガソリンエンジン(自動車)は快進社という国産自動車一号車を作った会社へ有償貸与。これは快進社の資金不足の為。
○菱は自動車にあまり乗り気じゃないらしい。
でもこれで、また一歩国産ユンボ完成に近づいた。ディーゼルエンジンは○菱の中でも重機部門とは違う部署へ渡されたので、俺が関わることはできない。はやく重機用ディーゼルを完成させてほしいもんだ。
エンジン以外では、○菱の人と建設機械の話をして、大学で溶接の先生と話をして、もちろん中尉とも話をするし、視察にも出かける。
視察は工場、工事現場、港、田んぼの稲刈り……等々。それぞれ驚かされる。
工場って言うとベルトコンベアーを思い浮かべるけど、そんなものありませんでした。思いっきり手作業で作ってます。職人の世界です。こんなんで、戦争できるのと聞きたくなる。
しかも、やすりで何か削ってる。何してるの?
信じられないことに大きさが合わない部品を削ってハメるそうだ。
そんなことしてたら戦争終わっちゃうよ。
港はもっとびっくりした。コンテナが無いのは当然として、なんと船に荷物を積んだり降ろしたりするのに、"はしけ"とかいう物を使ってました。見た目はほとんどイカダです。
まず船が岸壁に着いてない。海に浮かんだまま船からはしけに荷物を降ろす。はしけを岸壁まで動かす。はしけから岸壁へ荷物を運び出す。船に積むときはその逆。
なんで船を岸壁に着けないのか、さっぱり分からん。どう考えても岸壁で積み降ろししたほうが早いはずなのに。
一応中尉にはコンテナの話をしておいた。
工事現場は相変わらずの"もっこ"全盛だし、稲刈りは想像通り人が鎌持って刈ってます。
でも、脱穀・精米なら機械化できるかもしれないと思った。
視察は楽しい。昔の日本を色々見られるから。遠くへ出かけて地元グルメを食べるのも嬉しい。
でも帰ったら地獄が待ってる。
中尉に報告書を書かされるのだ。
「ダメだ。お前の感想を知りたいわけじゃない。お前の居た世界と何がどう違うかを詳しく書け。その理由もできるだけ詳しく書くんだ」
とダメ出しされて書き直しをやらされる。しかも何度も。
そして、報告書を基に中尉から質問責めにされるのだ。
これが無かったらほんとにイイんだけど。ユンボの為と我慢してる。
俺の今の問題はユンボ作成が難航していることだ。
まず、許可をもらって○菱の人にユンボを見せた。極秘裏に入手した外国製最新建設機械の試作品ということにしてある。会社名、メーカー名とかは塗りつぶして隠した。
見せたのは外見と動きだ。操縦席は見せられない。液晶パネルとかの説明ができないから。
○菱の人は性能に驚き、オオオォーとかムムムとか言ってた。そして何枚も写真を撮って、サイズを測ってた。
それから、さっそく試作機の検討に入ったんだけど……。
現物はあるし、作るのが難しそうなキャタピラはあるしで、何とかなるかと思ってたけど甘かった。
油圧ポンプがうまくいかない。油が漏れてしまう。
アームやバケットを動かすにはそれなりの高圧が必要で、それをユンボで使えるサイズで作れないのだ。
普段使ってた時は気にならなかったけど、アームやバケットは鉄の塊でかなり重い。確かに昔の技術で動かすのは大変そうだ。
一番の問題点はシーリングの材料。
ゴムでしょと思ったら、ゴムは油で変質するそうだ。ということは俺が乗ってたのは何を使ってるんだろう?
現物は一台しかないので怖くて分解して調査できない。おそらく合成ゴムとかプラスチックとかの石油製品だろうと当たりを付けて中尉に調査を依頼した。
その結果、合成ゴムは外国では特許が取られ生産されているが日本ではまだということが分かった。
特許使用交渉、特注を含めて検討することになった。
それで、泣く泣く、ダンプ、ユニック、ブルドーザー、ロードローラーを先に作り始めた。
こっちは構造が簡単なのでユンボよりは早く作れそうだ。
この四つの中ではダンプが一番簡単だ。トラックの荷台を持ち上げれば良いだけ。試作一号車はトラックを改造して、円弧状のラックピニオンの歯車を付けただけだ。歯車は手動で回す。これで動きだけは俺の知ってるダンプと同じ物ができた。
後は、動力に電動モーターかエンジン回転を使うよう変えれば、実用化できる。最終目標は油圧ポンプでの動作だ。
ユニックも簡単にできた。トラックにクレーンを付けるだけだ。クレーンはこの時代でも普通に使われている。本当はアウトリガーを付けて車体を安定させた方が良いけど、取りあえず省略。だって、エンジンが非力で重たい物を運べないからだ。これから積載量が増えたら考えないといけない。
ブルドーザーは米国からキャタピラ式牽引車を輸入して、ドーザーブレードを付ければ完成。国産キャタピラが完成するまでこの方法で行く。ブレードの上げ下げは何とかなるだろう。良いエンジンが手に入ったら載せ変えるのも良いかもしれない。
ロードローラーは、構造は簡単なんだけど重量が問題になった。エンジンが非力すぎてローラー部分を大きくできない。それにこの時代、鉄が高いのでローラーを全部鉄で作ると値段が高くなる。それでエンジン出力に合わせた小さい物になった。だけど、これは売れなさそうな気がする。値段の割に性能がショボ過ぎる。
重さが重要なのに重くないという、半分欠陥商品だ。
もっとエンジンが強くなって、飛行場や大規模道路がバンバン作られるようにならないとダメだろう。
問題は重機の運搬方法だ。
重すぎて運べるトラックが無いし、自走では時間がかかりすぎる。それに自走だと道路を傷めてしまう。
今の日本の道路はほとんど舗装されていない。都市の中心部だけかろうじて整備されてるけど、あとは単なる土です。キャタピラで通ったら一発で轍ができる。
それで専用台車を製作した。多数の車輪を付けただけの単なる台車だ。これを専用牽引車で引っ張り移動する。少しでも重量を減らすためにドーザーブレードとか取り外せるものは取り外し可能にすることにした。
建設機械は完成しても金額的に最初は大規模工事しか使えないと思われるので、てっとり早く使えるネコ車を並行して作成する。これなら中小企業でも買える。
まずは木製で試作品を作った。
角度が結構重要なので俺が実際に砂・土・セメントを運んで最適の角度を見つける。
それを元に金属製を作成。一月もかからずに試作品ができた。
全体的に重くて、タイヤの抵抗が大きいけど許容範囲だろう。この時代の作業員は力が強そうなので、なんとかなる。
持ち手の所の太さを変えて、滑り止めに布を巻いてOKを出した。
ちなみに木製ネコ車も作ってある。金属製とは重量バランスが違うので、微妙に形を変えてある。木製だと○菱みたいな大企業では儲からないのでライセンス生産で中小企業に製造販売させるそうだ。
それからリヤカーも作った。
街中では大八車という時代劇で見たことあるような物が使われていたので、中尉にリヤカーを調べてもらったら無かった。
こっちも構造が簡単なので試作品はすぐにできた。だけど、最初の試作品は失敗だった。
カーブで曲がらないのだ。
原因はすぐ分かった。左右の車輪を軸で繋いでいるからだった。カーブでは内側と外側の車輪では回転数が違うので車軸で直結していると曲がらない。
それで車輪を分けた。要は自転車の車輪を左右に付けた構造だ。これなら自転車部品も利用できるので一石二鳥。修正も二日で出来た。そうしたらカーブも楽々曲がるようになった。これでOKだ。
追加で、バイク・自転車との接続金具をオプションで用意してもらう。
価格次第だけどネコ車と一緒に日本中で爆売れするだろう。
今から、ニヤニヤしてしまう。これで俺もガッポガッポ…………。
あれっ? これって俺にアイデア料とか入るんだよね。一台当たりいくらとか。でも、一度もそんな話してない……。
中尉に確認してみると、
「玉串情報で個人的な金儲けをしないと決まっただろう。もちろん、お前にも適用される」
「じゃあ、儲けはどうなるの」
「国庫に入るに決まっておるだろう。その分、陸軍予算が増える」
騙されたぁー。やっぱり、中尉は見た目と違って腹黒だった。
そして、ある日、中尉がいつもの聞き取り(最近は抽出というか、絞り出しという感じになってる)の後、海軍の計画を教えてくれた。
海軍の八八艦隊計画という大拡張計画が政府、陸海軍三長官の反対にもかかわらず続行しているそうだ。
過去に帝国国防方針で決まっていた物を理由もなく急には変えられないことと、米英の動向もあるからだ。
ただし、戦艦二隻については国際情勢を見て途中で空母への改装はありうるとされた。少しでも航空化に向かおうとする努力の成果だ。
この計画だと戦艦が八足す八の十六隻で俺の情報と会わない。
開戦時の日本の戦艦が十二隻というのは知ってる。だから途中で変更になるはずだけど、理由や状況は分からない。
俺が知ってる戦艦は大和、武蔵、長門、陸奥、金剛、比叡。大和武蔵以外は見ても区別がつかない。
空母は赤城、加賀、飛龍、ソウ龍、ショウ鶴、ズイ鶴、信濃。空母の名前は知ってるけど、全然見分けがつかない。
これでも一般人に比べたら知ってる方だと思う。
現在金剛以降の戦艦で考えると八隻あって、プラスして長門、陸奥が作成中。これに大和と武蔵を足すと十二隻になる。多分これが正解だろう。
今は長門陸奥以外に加賀型二隻が建造中(神戸、長崎)で、さらに天城型二隻がもうすぐ建造開始(呉、横須賀)。おそらくこの内の二隻が赤城と加賀になると予想している。
ただ、横須賀分は中止が玉串会で決定しているので、神戸長崎分が空母に改装されるという中尉の予想だ。
それと海軍として燃料の重油化促進を検討することが決まったそうだ。
まずは研究からで、重油専燃新型ボイラーの開発、搭載、試験、評価を行う。
方針が決まっても、すぐに実行されない。現在が石炭メインで動いてるわけだから、そう簡単に変更できないのだ。
それから資源探査のことも教えてくれた。
「クウェートは何とかなりそうだ。イギリスと共同出資の合弁会社を作ることになる。主にイギリスが技術を提供して、日本が労働者を出す」
「それで日本はどの位石油を輸入できるの」
「石油の取り分は出資比率に応じてとなるが、おそらくイギリスは必要としないので値段はともかく全量日本が輸入できるだろう」
「ふーん。それで満州は?」
「あっちはもうすぐ探査が始まる。張作霖は金で黙らせた。日本は孫文には貸しがあるからな、色々条件は付いたが国民党は満鉄の附属地として了承させた」
「そっか、出ればイイね」
「何をのんきなことを言ってるんだ。もし出なかったら、お前の首が危ないんだぞ。幾らかかると思ってるんだ」
「ええええーー、それはひどい。そんなの俺の言うこと勝手に信じたのそっちじゃん。そんなの責任持てないよ」
「結果が大事なのだ。出ればお前の株はもう少し上がるだろう」
ひどすぎる。もし出なかったら、俺どうなるの。逮捕されるの? 死刑ってことは無いよね。
ほんとにムチャクチャだ。
「安心しろ、多少は弁護してやる」
「多少じゃダメだよ。多少じゃ。全力で頼むよ。全力で」
「分かった、分かった。出るよう神にでも祈るんだな。伍長に言ったら良い神社に連れてってくれるぞ」
どこまで冗談か分からないけど、出なかったら相当まずそうだ。
でも、上手く行けば日本の石油化が一気に進む。
他にも陸軍では電撃戦の研究、海軍では対潜の研究が始まっているそうだし、日本は少しずつ変わってきている。
十二月。
俺に断りも無く中尉が陸軍大学校に入ってしまった。
年齢制限が三十歳未満なので年齢的に余裕が無く、同期の入学時期から考えて、もう待てないみたいだ。今年を逃すと関東大震災と時期が重なり動きづらいというのもある。
(今年入学でも最終学年の三か月が重なってしまう)
本当はもう一年早く入りたかったが講和条約が結ばれるまで待ったそうだ。
「出来るだけ顔を出す。心配するな」と中尉は言うけど、やっぱり不安。
腹黒さがチラホラするけど、俺にとって中尉以外に頼れる人はいない。
学校がここから歩いていける距離にあるのが不幸中の幸いだ。
いざとなったらこっちから押しかけてやる。
代わりに俺の担当になったのはメシ係の人。
というか、この人は最初からずっと中尉と一緒に居て、俺ともツーカーなので代わりに来たというより昇格みたいな感じ。できるだけ秘密を知る人を増やしたくないということかな。
名前を斉藤さんという。伍長さんだ。
最初に会った時は上等兵だったそうだ。年は教えてくれないけど俺より二つか三つ下だと思う。
そして、中尉抜きの日常が始まった。
俺のスケジュールはどこかで誰かが勝手に決めていて、この伍長さん経由で知らされる。
たいていのことは伍長さんに伝えると話が通るけど、それでもダメな時は時々やって来る中尉に話すか、伍長さん経由で陸軍大臣に連絡を取ることになっている。
次章は5/19(月)19時に予約投稿しています。