第十八話 蔵
――翌日。
今日からテスト週間に入るため、二日間は半日授業になる。
ユイは教室の自分の席で大きなあくびをしていた。
時計の秒針が刻むカチ、カチという音が、やけに大きく脳内に響き渡っていた。
教室の生徒たちが、みんな自分より何倍も賢そうに見える。
半日とは言っても、ユイにとって憂鬱なことに変わりはなかった。
黒板に大きく書かれた「私物提出」「携帯電話の電源を切ること」という文字が、逃げ場のない現実を突きつけてくる。
ユイは廊下側のサホリに目を向ける。
サホリは、なにやら熱心にノートに書き込んでいる。
サホリは相変わらず真面目だなー。
でも、なんかたまに抜けてんだよなー。
廊下からマリナが歩いてくるのが見える。
派手な青髪。手首には数珠。あれだけ目立つ格好をしていれば、遠目でもすぐ分かる。
教室の後方のドアから、マリナが入ってくる。
げっ……。そういやこいつ隣の席なんだった。
ユイは窓の外に視線を逃す。
――その時。
マリナがユイの机を強く叩く。
バンッ! ジャラッ。
「ユイ、昨日のアレ、何なのか説明しなさいよ」
「ふあぁぁ……」
ユイは大きなあくびをしながら、横目でマリナを見る。
「悪霊なのになんで一緒にいたわけ? なんでユイは祓わないの?」
「……だから、人形をボッって燃やしたら、シュッって出て来たんだって」
「……人形?」
「アイツと似たような格好してた人形」
みるみるうちに、マリナの顔から穏やかな色が失われ、薄い影が差すように眉間がわずかに寄る。
唇を固く結んだまま、動かない。
「まさかとは思ったけど……その人形どこで手に入れたの?」
「なんか、クラスの女子が隣町の神社から持ってきたとか」
マリナが身を大きく乗り出す。
バンッ! ジャラッ。
「まさか、蘆守神社じゃないわよね!?」
「名前まで覚えてねーけど、そんな名前だったような?」
てか何度も机叩くなよ。こいつ朝からうるさいな。
「……それがどうかしたん?」
ユイは頬杖をついたまま、目線だけをマリナに向けている。
「…………」
しばらくの沈黙。
マリナがようやく口を開く。
「蘆守神社は、蘆屋家が管理している神社よ」
「おまえんとこの?………なんで盗られてんの?」
「そんなの、私が知るわけないでしょ!」
……まぁそれもそうか。
「人形持ってきた女子ってどの子よ」
「あぁ……聞いても無駄だと思うけど。なんか、自分でも神社に行ったこと覚えてないとか言ってたし」
「何よそれ! 自分でやっておいて、覚えてないなんてことある?」
「それはウチも思ったけど」
「今日、半日授業よね? ユイ、ちょっと付き合いなさいよ」
「どこに?」
「決まってるでしょ! 蘆守神社に確認しに行くの!」
「……えぇ、めんどくせぇ。一人で行けばいいじゃん」
バンッ! ジャラッ。
「……わかったよ」
――放課後。
ユイとマリナは駅前のロータリーへと向かっていた。一時間に数本しか走っていない隣町行きのバスを目指す。
ロータリーに滑り込んできたエンジンの排気音と、行き先表示の電光掲示板が見えたとき、ユイの表情が一層歪む。
二人はバスに乗り込み、最後尾の座席に座る。
一段高い最後尾の座席は、昼下がりの気怠い熱気で満ちていた。
ぽかぽかと温まった座席、窓ガラスのひんやりとした冷たさ。
体が斜めに傾く緩やかなカーブの重力に身を任せるように、ユイは目を閉じる。
意識の輪郭がぼやけていく――。
「ユイ……ユイ! 起きなさいよ! 着いたわよ」
「……んぁ?」
ユイは眠そうに目を擦りながら、マリナとバスを降りる。
「あの坂の先に見えるのが蘆守神社よ」
「……えー、まだ歩くのかよ」
「文句の多い子ね、いいから行くわよ」
こいつはウチのおかんかよ。
――二人は蘆守神社に着く。
鳥居をくぐると、肌に触れる空気が、ひんやりと冷たく変わる。
奥へと続く参道の先には、重厚な茅葺き屋根の本殿が静かに佇んでいる。
風が吹き抜けるたび、さらさらと葉が擦れ合う音と、どこか懐かしい木と土の香りが鼻腔をくすぐった。
マリナはリュックサックから古びた鍵を取り出す。
鍵は錆びついており、今にも壊れそうなほど老朽化していた。
蔵の鍵穴に鍵を差し込んだマリナの手が止まる。
「……何? 中入らねぇの?」
マリナがユイの方へ振り返る。
「……鍵開いてる」
ギイィィィィ……。
錆びついた扉の開く音が、蔵の中で反響する。
中は湿気と埃臭さが漂い、閉塞感と異様な雰囲気に包まれていた。
マリナは奥の棚をゴソゴソし始める。
「……無い、やっぱり無くなってる! でもどうやって?」
蔵の中は荒らされた形跡はなく、人形が安置されていたはずの場所だけ、埃が積もっていなかった。
「やっぱ人形ねぇの?」
「人形なんて、そんな可愛らしい物じゃないわ」
「特級怨霊 夢傀 薄霧太夫よ」――
【作者からのお願い】ここまで読んでいただきありがとうございます!もし「続きが気になる」「面白い」と思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】【総合評価の☆(1〜5個)】をぽちっと押して応援していただけると、執筆の励みになります!よろしくお願いいたします!




