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第4話 鴨川等間隔破壊活動

舞子は欄干に身を乗り出し、目を輝かせた。


「うわ……ほんとに等間隔だ! 何これ、気持ちいいぐらい揃ってる!」


橋の上でしばらく観察していた舞子は、ふいに顎に手を当てて黙り込んだ。

何か思いついたときの子どもみたいな顔で、僕の方を向く。


「ねえ、あれ、乱したらどうなると思う?」


「……は?」


「私たちがど真ん中に座るの。どっちかのカップルに寄って。そしたら、どう動くのか見たくない?」


「観察……?」


舞子は素早く頷いた。


「片側がズレたら、次は反対がズレて、そのまた反対が……ってなるでしょ? それがどこまで伝播するのか見てみたいの。自然に整列し直すのか、ぐちゃぐちゃになるのか。」


僕は口を開けたまま固まった。


“私たち”って言ったよな、今。


「行こ!」


返事を待つ気なんてさらさらない舞子は、自転車を降り、三条大橋のたもとから河原へ下りていった。慌てて後を追うと、石段を降りる途中で彼女が僕の手をひょいとつかんだ。


その一瞬、心臓が跳ねた。

──もちろん、気付いていないふりをしたけれど。


僕たちは、1組のカップルのあいだに腰を下ろした。

それも、わざと片側に寄るように。


石の冷たさがゆっくりと腰に伝わる。隣のカップルの女子が露骨にこちらを見て、眉をひそめた。


数秒後、彼氏が「しゃあないな」という顔で数10センチ動いた。


「……成功?」


「うん」


舞子は満足げに頷いた。


そこから僕たちは、まるで小型のブルドーザーのように、無言で場所をずらしながら、いくつもの等間隔に割り込んでいった。


嫌な顔をするカップルもいれば、逆に笑いながら見てくる人たちもいる。

僕たちは何も言わず、ただ淡々と“実験”を続けた。


妙にシュールで、妙に楽しかった。


そんな時間が、1時間近く続いた。


新しい場所に座ったときだった。

舞子の鼻がぴくりと動いた。


「……ソース?」


見ると、近くのカップルが舟形の容器の熱々のたこ焼きを、ふうふうと冷ましながら食べていた。ソースの甘じょっぱい匂いが、冬の川風に乗って漂ってくる。


「ねえ、たこ焼き食べたい」


「いや、今、実験……」


僕が言い切る前に、舞子はもう完全に“食べるモード”に入っていた。


「たこ焼きだよね? あれ。ずるい。私、長野行ってから1回も食べてないんだよ。食べたい!」


カップルの爪楊枝がたこ焼きに刺さるたび、舞子の口も連動するみたいに少し開いていた。

食い入るような、いや、もはや“獲物を見つけた小動物”の目だった。


「最終的な間隔の変化を……」


「いいから! ちゃんと美味しい店じゃないと嫌だからね!」


僕は諦めて言った。


「……自転車で30分こいだら、百万遍の北の方にあるけど?」


「行こう! 風になろう、ハルくん!」


風になる必要はないと思うが、勢いだけはすごかった。


僕たちは橋の近くまで戻り、自転車を起こして夜道へ漕ぎ出した。


三条から東へ抜け、東大路を北へ。

冬の京都の夜気が頬に刺さって、街灯の光がゆっくりと流れていく。


平安神宮を横目に通り過ぎ、京大のキャンパスが見える頃には、百万遍がすぐそこだった。


そこから住宅街へ入ると、一気に静けさが深まる。

冷たい空気がハンドル越しに手にまとわりつく感じが好きだった。


「ここ」


オレンジ色の小さな灯りの下、ひっそりとたこ焼き屋が佇んでいた。


「8個で1舟やけど、1舟でええ?」


そう訊くと、舞子は即答した。


「まず1舟。美味しかったらもう1舟。私はそういう主義なの」


いつの間にそんな主義を確立したんだ。


注文すると、店主がゆっくり鉄板にタネを流し始めた。ここのたこ焼きは注文してから焼くので、少し待つ。

その時間すら、舞子は楽しそうだった。


「たこ焼きに使う時間は無駄じゃないから」


思想家みたいな顔で言ってのける。


10分後、持ち帰りの舟を受け取り、自転車をスタンドで支えながら食べ始めた。


カリッ、と香ばしい音が夜気に溶ける。

中は信じられないくらい柔らかく、とろりと舌の上でほどけて、濃いソースが一気に広がる。


舞子は猫舌らしく、爪楊枝でさらに細かく切ってから、必要以上にふうふうして食べている。


「どう?」


と訊くと、舞子は目を見開いたまま、息も絶え絶えに言った。


「なにこれ……めちゃくちゃ美味しい……!」


ソースの照りよりも、目の輝きの方がずっと強かった。


たこ焼きの蛸を単独で味わい、噛み締めるみたいに目を細める。


「もう1舟お願いします。焼いてもらってる間に半分以上食べるから。あ、あとオレンジジュース買ってきて。たこ焼きは絶対オレンジジュース」


完全に“儀式”だった。


自販機で買って渡すと、舞子はすぐ飲まずに胸元に抱えた。


「キンキンに冷えてるの飲むと歯に沁みるの」


なるほど、と思いつつ2舟目を食べ終えた舞子は、深いため息をつき、空を仰いだ。


「……あー幸せ。じゃあ帰ろ!」


その顔は、たこ焼きによって完全に満たされていた。

等間隔の実験より、よほど本気だったに違いない。


◇  ◇  ◇


翌週の土曜。

舞子はまた言った。


「今日もあのラーメン食べたい!」


僕たちは前と同じように木屋町へ向かった。


ラーメンはやっぱり美味しかった。


橋の欄干にもたれて、舞子はふと河原を覗き込み、ぽつりと言った。


「……なんだ。やっぱり乱しても戻るんだね、等間隔」


河原には、以前と同じように整然と並ぶカップルたち。


そりゃそうだ。

1週間も経てば、世界は元通りになる。


僕は舞子の横顔を見ながら、なんとなく胸の奥が温かくなった。

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