バーラン王国の使者
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ヘイゼルはプリシラの後ろ姿を見送ると、不意に応接室の方へ目を向けた。
先程、そこでバーラン王国の使者と対面したことを思い返しながら。
────遡ること、二時間前。
「バーラン王国の使者として参りました、子爵家当主アネーロ・フィシィ・グナーデです。本日はプリシラ・ニーナ・レーヴェン公爵令嬢の婚姻について、お話したく」
応接室のソファに座るなり、アネーロは矢継ぎ早に捲し立てた。
(早速、本題?無礼ね。別にグナーデ子爵と長話したい訳じゃないけど、普通は軽い挨拶や世間話を挟んでから本題に入るわ。それに、今回は自己紹介より何より先に謝罪をするべきだった。先触れも出さず、急遽来訪したのだから)
マナーがなっていないとか、他国だから文化が違うとかでは片付けられない舐めた態度に、ヘイゼルは不快感を覚える。
が、相手は一応他国の代表として来た人間なのでグッと我慢した。
「婚姻、ですか。あいにく、プリシラを嫁に出す予定はないのですが(縁談の申し込みだけなら、いざ知らず……)」
『まるで、結婚するのが決まっているような物言いですね』と遠回しに言い、ヘイゼルは自身の頬に片手を添えた。
意味が分からなくて困惑している、という体を装って。
「きっと、こちらの話を聞けばその予定も変わりますよ」
アネーロは自信ありげな表情を浮かべ、僅かに身を乗り出す。
「実は我が王ヒュドール・ブラオ・バーラン陛下がプリシラ嬢を第三側妃に、と考えていましてね」
「はあ(確かに国王との結婚はこれ以上ないほど名誉なことだけど、全く惹かれない。相手は親子以上に年齢の離れた人だし、宛てがわれたポストは第三側妃。お飾り同然の地位ね。あまり権力は持たせずに錬金術師としての技術力を搾取したい、という本音が透けて見えるわ)」
権力者同士の結婚には政略的な意味合いが含まれる場合もあるため、利益を求めるのは悪いことじゃないが、それにしたって酷い。酷すぎる。
「お断りします」
貴族としても母親としても絶対に認められないため、ヘイゼルはハッキリと拒絶した。
その瞬間、アネーロはこれでもかというほど目を剥く。
「な、なんですと!?」
一切の躊躇なく却下されるとは思ってなかったようで、アネーロは激しく動揺した。
「これはまたとないチャンスなんですよ!?プリシラ嬢との婚姻を認めていただければ、今後五十年は関税を下げますし、我が国の特産物を出来るだけ融通します!そちらが望むなら、平和条約を結んだっていい!」
ここぞとばかりに結婚のメリットを語り、アネーロは考え直すよう必死に訴える。
が、ヘイゼルは白けるだけだった。
(はぁ……そういうことは、最初に言うべきことでしょう。あわよくば、『第三側妃』という肩書きだけで結婚の対価を済ませたかったのが見え見え。全く……プリシラのことを安く見すぎよ。まあ、あの子が精霊の愛し子であることを知らないからある程度は仕方ないのかもしれないけど)
精霊関係のことは重要機密扱いなので、レーヴェン公爵家とグレイテール皇室くらいしか把握していない。
(いや、だとしてもこれは酷いわよね。親としての感情抜きで、あの子の価値は国以上なんだから。最低でも、国王の座を差し出してもらわなければ釣り合わない。とはいえ、プリシラはそんなの望まないでしょうけど)
権力を振るうことより研究に没頭することの方が好きそうなプリシラを思い浮かべ、ヘイゼルは内心苦笑する。
「有り難いお話ではありますが、やっぱりお断りします」
「何故ですか……!?条件に不服でも!?」
「いえ、条件云々ではなくプリシラがあまり結婚に乗り気ではないからです」
これは嘘でも冗談でもなく、事実だ。
プリシラが自分の伴侶の座を狙って争っている者達を見て辟易し、独身宣言をしたので。
「私達としては、プリシラの意思を尊重したく」
「それはどうかと思います!貴族なら、国や家のために婚姻を結ぶのが普通でしょう!甘やかしては、いけません!」
「お言葉ですが、プリシラは錬金術師として国や家に最大限貢献しております。普通の結婚で得られる利益以上に。なので、我が家もグレイテール皇室も貴族の義務は充分果たしていると判断しています」
「っ……!では、プリシラ嬢に会わせていただけませんか!?彼女が納得すれば、結婚を認めてもらえるのでしょう!?(子供なら、適当に耳障りのいい言葉を言っておけば簡単に丸め込める……!)」
アプローチの仕方を変えるアネーロ。




