ダンジョン
「まあ、こんなのまだ序の口だけどな」
苦笑にも似た表情を浮かべ、小さく肩を竦めるのはまた別の男性。
それに、同意するように他の者達も何とも言えない表情を浮かべる。
ただ、何人かはよく分からないようで首を傾げていた。
そんなとき────真っ赤な毛を持つ羊の魔物が、プリシラ目掛けて突進する。
「「「おじょ……えっ!?」」」
プリシラのことをよく知らない一部の者達が、咄嗟に『お嬢さん、危ないよ!』と声を上げようとしたものの、途中で固まった。
何故なら、羊の魔物が何の前触れもなく吹き飛ばされたから。
ガンッと鈍い音を立てて地面に転がる羊の魔物は、一瞬にして光の粒子となり消滅。
その代わりと言ってはなんだが、赤いフェルトがドロップした。
精霊の一人がすかさず、そのフェルトを回収。プリシラの鞄に放り込んだ。
「はっ……?今、何が起きたんだ……?」
「あの子、魔導師だったの……?」
「でも、詠唱とか魔法陣とかの予備動作一切なしだったぜ……?」
「なんなら、魔物に一瞥すらくれなかったし……」
文字通り魔物なんて眼中になかったプリシラのことを思い返し、彼らは頬を引き攣らせた。
────と、ここで別の魔物がプリシラに襲い掛かる。
しかも、今回は複数。
『さすがにちょっと厳しいのでは?』と心配する彼らを他所に、魔物達はまたもや吹き飛ばされた。
プリシラに触れることも出来ずに。
『ばっかじゃないのー』
『プリシラの自動迎撃魔道具に敵う訳ないじゃーん』
『ほーんと、魔物って学習しないよねー』
『『『ねー』』』
魔物からドロップしたアイテムをプリシラの元に運びつつ、精霊達はフー!ヤレヤレ!みたいな反応を見せる。
それも、その筈。
プリシラが装着している銀の髪飾り────改め、自動迎撃魔道具は全ての敵・攻撃を跳ね返すというものだから。
ちなみに今のところ、この自動迎撃魔道具を打ち破れた者は居ない。
仮に居たとしても、今度は精霊達にコテンパンに叩きのめされるだけだろうが。
「う〜ん……そろそろ、次の階層に行こうかな?」
ダンジョンは基本、何階層もあって進めば進むほど難易度が上がり、ドロップするアイテムの質も高くなる。
なので、比較的安全かつ特段珍しいものもない第1階層に居座る理由はなかった。
『行こー、行こー!』
『ここ、飽きたー!』
『どうせなら、第10階層まで行こうよー!』
『あそこなら、色々手に入るしー!』
第10階層は本来、冒険者────国を跨いだ組織であるギルドに所属している者達────が中規模パーティーを組んで挑むところ。
それも、一週間ほど時間を掛けてだ。
「うん、いいね。そうしよう」
常識というものを知らないプリシラは、精霊達の提案に軽く応じた。
そして、第5階層まで順調に進む。
もちろん、薬草採取やドロップ回収をしながら。
『ん?なーんか、あっち騒がしいねー』
『ねー。血の匂いがするから、誰か怪我しているのかもー』
『なんだよ、たかが第5階層でダウンかー。弱っちいなー』
右斜め前方を見て、精霊達は肩を竦めた。
そんな彼らを前に、プリシラは人差し指を自身の顎に当てる。
「怪我人?なら、治験がてら新しいポーションで治しに行きましょ」
そう言うが早いか、プリシラは精霊達の視線の先────右斜め前方へ歩き出した。
『待ってー』と追い掛けてくる精霊達を引き連れ、彼女は少し開けた場所に出る。
「あっ、見つけた」
膝から下が無くなっている女性とその周りを取り囲む男女を見据え、プリシラはテクテクと近づいた。
と同時に、相手側はハッとしたような表情を浮かべる。
「「「ぷ、プリシラ様……!」」」
「こんにちは。治験がてら新しいポーションをその人で試したいんだけど、いい?」
のんびりした口調で問い掛けるプリシラに対し、相手側は大きく目を見開いた。
かと思えば、勢いよく首を縦に振る。
「はい!もちろんです!(良かった、これで助かる!)」
「是非お願いします!(治験ではあるけど、プリシラ様のお作りになったものなら大丈夫な筈!)」
「どうか、ロザリーヌをお救いください!(このタイミングで、プリシラ様とお会い出来るなんて!まさに天の采配!)」
プリシラの腕前をよく理解しているらしい相手側は、『さあ、どうぞどうぞ!』と道を開けた。
先程より随分と表情が柔らかい彼らを前に、プリシラは鞄から例の試験管────ポーションと呼ばれる魔法薬を取り出す。
ポンッと音を立ててコルク栓を抜き、怪我人の女性の傍まで行った。
そこでおもむろに腰を下ろすと、怪我人の女性にオレンジ色の液体を飲ませる。
「「「おお……!!!」」」
不意に感嘆の声を上げたのは、相手側だ。
全員、怪我人の女性……もっと正確に言うと、彼女の膝下に釘付けとなっている。
何故なら、白い煙を上げて徐々に再生しているから。
欠損部分の復活など、普通のポーションや治癒魔法では絶対不可能なので。
「嗚呼、嗚呼……ありがとうございます!」
「一命を取り留めるどころか、足まで治していただいて……!」
「これで、また四人で活動出来ます……!そうだ、ポーション代の支払いを!」
感極まって泣き出す相手側に、プリシラは首を横に振る。
「これはあくまで治験だから、気にしないで。それより────」
空になった試験管を鞄に仕舞い、プリシラは怪我人の女性の肩を揺さぶる。
「ん……」
怪我人の女性はゆっくりと目を覚まし、小さく瞬きした。
「ここは……(確か、第5階層で魔物を狩っていて……油断して取り囲まれて……それで私……あっ、怪我は!?)」
慌てて身を起こし、怪我人の女性は膝から下を確認。
すっかり完治した足を眺め、彼女は呆然とした。
「な、治っている……?何で……?それに、なんか口の中が甘いんだけど……?」




