エンドレの苦労
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────バーラン王国の王城にて。
宰相のエンドレ・セーリオ・ヒューズ侯爵は、頭を抱えていた。
(近頃、民の流出が激しい……!なんなら、貴族も他国に亡命している……!まあ、大抵は末端だから情報漏洩なんかの心配はないが、それでも看過することは出来ない……!)
一人一人の影響力はほんの僅かでも、これほどの数となると国力低下を余儀なくされる。
現にあちこちで人員不足による問題が、発生していた。
「このままだと、バーラン王国は間違いなく内部から瓦解する……!早めに原因を取り除かなくては……!」
グレイテール帝国……もとい、プリシラとの関係悪化を思い浮かべ、エンドレは『どうにかして、和解したい』と考える。
だが、そのためにはある人物を説得せねばならず……彼は額に手を当てた。
「今日こそ、賛同してくれるといいんだが」
憂鬱な気分になりながら席を立ち、エンドレは執務室から出る。
浮かない足取りで別室に向かい、中に入ると────ほぼ全ての貴族と王城仕えの役職持ちが、顔を突き合わせていた。
「(国の今後を決める会議だからか、地方の貴族まで勢揃いしているな……)お待たせしました」
軽く挨拶してから奥側の席につき、エンドレは掛け時計と部屋の扉を何度も確認する。
────と、ここでヒュドール・ブラオ・バーラン国王陛下が姿を現した。
ちなみに三十分の遅刻である。
「(国の一大事だというのに、呑気なものだ……)陛下、こちらへどうぞ」
注意する時間も惜しいのか特に言及せず、エンドレは一番奥の席に促した。
他の貴族達も同じ考えのようで、静かにヒュドールの動向を見守る。
「では、早速ですが、本日の議題を────」
ヒュドールの着席を見届けるなり、エンドレは口火を切った。
手短にバーラン王国の内情を説明し、グレイテール帝国との和解を訴える。
だが、ヒュドールは決して首を縦に振らない。
「何度も言っておるだろう。あちらが要求を呑まぬ限り、貿易再開はしない。ましてや、謝罪など……国の矜恃に関わる」
「(『国の』ではなく、『自分の』でしょう、貴方の場合……)ですが、このままでは人材流出が……」
「そんなの国境を封鎖すれば、済む話であろう」
「(国境を封鎖しても、見張り役の衛兵まで他国に渡ったりしたら詰むんだが……)多分、一時凌ぎにしかならないかと」
今回は恐らく、長期戦……というか、ヒュドールが白旗を上げなければずっと続くため、国境封鎖はあまり効果的じゃなかった。
それどころか、民の危機感を煽る形となり、王室への不満が高まりそうである。
「ああ、一時凌ぎで構わん」
「「「えっ?」」」
エンドレのみならず、他の貴族達まで思わず目を見開いた。
「あの、何か策でもおありなんですか?」
この場を代表して質問するエンドレに、ヒュドールはゆるりと口角を上げる。
「実はな、先日グレイテール帝国の元貴族を捕まえて尋問したのだ。少しでもあちらの情報が手に入れば御の字くらいに考えておったが、そこで────プリシラ・ニーナ・レーヴェンは青騎士団の遠征に合流し、魔の森に居ることが分かった」
「「「!」」」
まさかの新事実に驚き、エンドレや他の貴族達は小さく息を呑んだ。
(なるほど……道理で公爵家をいくら探っても、彼女の様子が分からなかった訳だ)
ヒュドールの命令で仕方なく行っていた調査を思い返し、エンドレは一人納得する。
その傍で、ヒュドールはスッと目を細めた。
「魔の森は辺境にほど近く、人目も少ない。攫うには、絶好の機会だと思わんか?」
「なっ!?攫う!?正気ですか!?」
「魔の森まで赴いて面会するならまだしも、それは……!」
「バレれば、戦争……いや、バーラン王国の人間を皆殺しにするでしょう!」
堪らず、声を荒らげるエンドレと他の貴族達。
『これはさすがに止めなくては!』と焦る彼らを前に、ヒュドールはヒラヒラと手を振る。
「バレなければ、問題あるまい。仮に勘づかれたとしても、プリシラ・ニーナ・レーヴェンがこちらの手にあればそうそう下手な真似は出来ぬ」
人質でもあると主張し、ヒュドールは椅子の肘掛けに寄り掛かった。
「とにかく、あの娘さえ捕えられればあとはどうにでもなるのだ」
「「「……」」」
国王相手に『そんな訳あるか!』とは言えず、エンドレと他の貴族達は微妙な表情を浮かべる。
ただ、一部の貴族は少しだけヒュドールの言葉に惹かれているようだった。
とはいえ、直ぐに寝返るほど馬鹿じゃないらひく、二の足を踏んでいる。
「やれやれ……意気地のない奴らだ。上手く行けば国同士の面倒な柵も不利益もなく、錬金術師の技術を独占出来るのだぞ?このチャンス、惜しくないのか?」
焚きつけるような言い方をするヒュドールに、一部の貴族はピクッと反応を見せた。
かと思えば、おずおずと口を開く。
「へ、陛下の仰ることも一理あると思います」
「リスクは大きいですが……それを鑑みても、十分なリターンがあります」
「裏の人間を使うなどして、我々に辿り着かないよう対策を取った上で実行する分には構わないかと……」
「何を言っているんですか!冷静に考えてください!」
エンドレは欲に目が眩んだ一部の貴族を叱りつけ、内心歯軋りする。
(こんな杜撰な計画、上手くいく筈がない……!裏の人間を使って攫えるほど、甘い警備体制だと思っているのか!それに、プリシラ嬢自身の力も未知数だ!)
武器や魔道具などで自衛している可能性を思い浮かべ、エンドレは表情を硬くする。
『やはり、攫うなんて無理だ』と再認識する彼を前に、他の貴族達も猛反対した。
────それから、しばらくヒュドール派とエンドレ派が議論を繰り広げたものの、結局この場で結論は出ず……お開きとなった。




