いい武器というのは
「(い、息が……!)」
蹴りの衝撃か呼吸が苦しくなる中、リアは地面に背中を打ち付けた。
辛うじて頭は守っていたようだが、痛みで痺れてまともに動けない。
とりあえず息は普通に出来るようになった彼の前で、レクスはゆっくり歩を進める。
「まだ続けるか?」
「ぃ……いいえ」
実際に手合わせすれば嫌でもレクスの実力が分かったようで、リアは素直に白旗を振った。
気まずそうに俯く彼を前に、レクスは剣を鞘に戻す。
「そうか────繰り返しになるが、どんなにいい武器を持っていても使用者のお前自身が強くなければ無意味だ。もちろん、武器の性能によって力が底上げされる部分はある。だが、それを適切に扱い、守れる者でなくてはならない」
支給品の剣と私物の剣を交換し、レクスは真剣な面持ちとなる。
「いい武器というのは、独占することに意味があるからな。下手に量産してばら撒き、他国や敵対勢力にでも渡ればことだ。なので、皇室も無闇に武器の制作は依頼してこない」
結構デリケートな問題であることを語り、レクスは腕を組んだ。
「まあ、どれほど立派な大義名分や権力者からの依頼であってもプリシラが嫌ならそこまでの話だけどな。強制はしないし、させない。天才はその他大勢の消耗品でも、便利な道具でもないから」
「!」
プリシラは僅かに目を見開き、レクスのことを凝視した。
(この言葉────昔も言ってくれたやつだ。それも、当時の皇帝陛下や大貴族の当主に向かって)
────今から、七・八年ほど前。
プリシラが、錬金術師の地位を賜ったばかりの頃の話だ。
グレイテール帝国の上層部は彼女の腕前と作品の出来栄えに目が眩み、かなりの圧力を掛けていた。
『魔剣や大規模攻撃の魔道具を作れ!これは皇帝としての命令だ!』
『これほどの才能を遊ばせておくのは、勿体ないわ!今すぐ、皇城仕えとなるべきよ!』
『年齢?そんなものは、関係ない!国への貢献は、貴族の義務だからな!』
『むしろ天才だからこそ幼いうちから教育を施し、手綱を握れるようにすべきだ!』
愛国心ゆえと言えば聞こえはいいが、プリシラを利用する気満々の彼ら。
当然レーヴェン公爵家は反発したものの、相手は全く耳を貸そうとしない。
そんなときだ、レクスが啖呵を切ったのは。
『天才はその他大勢の消耗品でも、便利な道具でもない』
ゾッとするほど冷たい表情で、レクスは冷ややかにグレイテール帝国の上層部を見つめる。
『確かにプリシラが馬車馬の如く働けば、グレイテール帝国は大きく発展するだろうが、心と体に大きな負担を強いる。確実に消耗していく。それは兄として絶対に見過ごせないし、許せない』
平坦な声で、淡々と語るレクス。
すかさずグレイテール帝国の上層部が反論するものの、彼は全く意に介さない。
『プリシラという犠牲を払わなければ発展しない国など、滅んでしまえ。いや、俺が今ここで滅ぼすか』
おもむろに剣の柄へ手を置き、レクスはソファから立ち上がった。
完全に目が据わっている彼を前に、グレイテール帝国の上層部は真っ青になって逃げ帰る。
その後、プリシラが精霊の愛し子であることも判明し、報復を恐れた彼ら(というか、当時の皇帝)は手を引いた────というのが、事の顛末だ。
ちなみに当時の皇帝や大貴族の当主達は、責任を取って生前退位・隠居している。
目に見える形で罰を受けなければ、精霊やレクスの怒りか収まらなかったから。
(お兄様はいつも……いつだって、私のことを第一に考えてくれる一番の味方ね)
スッと目を細め、プリシラは僅かに頬を緩める。
────と、ここでレクスが踵を返した。
「リアを帝都まで連れて行き、カルム皇帝陛下にことの次第を伝えるように」
「「「はっ」」」
他の騎士達は即座に応じ、地面に転がったままのリアを拘束し直した。
かと思えば、彼らの一人が小脇に担ぐような状態でリアを連行していく。
「プリシラ、ウチの団員が迷惑を掛けたな」
レクスは申し訳なさそうに眉尻を下げ、プリシラの頭を撫でた。
その優しい手つきや雰囲気を前に、プリシラは穏やかに微笑む。
「ううん、大丈夫。お兄様達が助けてくれたから」
『これからは、こういうことがないようにしてほしいけどねー』
『そーそー。問題を起こさせないのが、じゅーよー』
『まあ、今回はしっかり成敗してくれたから大目に見てあげるよー』
リアとの戦いに興奮していた精霊達は、比較的機嫌が良さそうだ。
そんな彼らを他所に、レクスはそっとプリシラの両肩に手を置く。
「それでも、悪かった(バーラン王国から逃げるため、やってきた場所で……それも俺の管理下で、トラブルに遭うなど一生の不覚)今後はより一層、厳しく団員を管理する」
「うん、分かった」
「(えっ?今以上に厳しくなるのか?いや、規則を増やすのは別に構わないんだが、団長の場合『体に叩き込んでやる!』って更にとんでもない訓練メニューを組みそうなんだよな……クソッ!リアのやつ、一生恨むからな!)」
素直に頷くプリシラと、青くなったり赤くなったり忙しいセドリック。
明らかに温度差のある二人を前に、レクスは両肩から手を離す。
その代わりにと言ってはなんだが、プリシラの手を取った。
「良ければ、家まで送っていこう(もうないとは思うが、またトラブルでも起きたら困るからな)」
「ありがとう、お兄様」
素直にレクスの厚意に甘え、プリシラは警備のセドリックも連れて今度こそ家に戻った。
送ってくれたことに礼を言い、彼女はさっさと中に入る。
(さてと、ちょっと予想外のこともあったけど、予定通り一眠りしてブドウ味のポーション作りに専念しよう)
軽く伸びをしながら寝室に向かい、プリシラはベッドへ寝転んだ。




