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クラリスの献身 ~私に死ねと言ったのは、あなたでしょう?~  作者: 紺青


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8. 死霊使いと1つ目の願い事

 結局、徹夜で資料を読み込み、内容を頭に叩き込んだ。寝不足だけど、頭は驚くほど冴えている。翌日に、ローレンスが公務で抜けた隙に赤の宮へ向かった。


 もうお化け屋敷のような風景も怖くない。本当に怖いのは人間だ。


 ドアを開けるとそこは猫にまみれた彼が立っていた。部屋にはあたたかい太陽の光が差し込み、彼の腰まである銀糸のような髪がきらめいている。


「うん。余分なアクセサリーなし。香水なし。合格」

「貴重な資料をありがとうございました」

 部屋には入らず、彼に借りた三つの資料を返す。

「もう読んだんだ? 忙しいのにすごいね」

「読み始めたら止まりませんでした。あと、内容的に誰かに見つかるといけないと思って。すぐに返した方がよいと判断しました」

 アンブロワーズの湖より深い青の目が検分するようにクラリスを貫いた。

「へー、もっと頭の中まで薔薇が咲いてるような夢見る王太子妃ちゃんかと思ったら、違うんだ。中に入りな」

 クラリスはなにかに合格したらしい。入室の許可が出たので素直に入る。背後で勝手に扉が閉じる音がした。


「ああ、そこに座って」

 部屋には多くのソファがあるが、猫専用のようだ。アンブロワーズの指差した空間に一人掛けのソファが出現する。

「で、読んでみた感想は?」

「正直、信じたくありません。でも、あまりにも辻褄が合い過ぎている……。それに瘴気が発生する兆しが王国内にもう現れている」

 地方の災害は小さなものは王太子の元へと情報が集まる。各地の収穫、税収、災害、嘆願。今でもローレンスの手伝いをして、いろいろな情報や数字を見ているクラリスには前兆がわかってしまった。


「まぁ、瘴気は発生するだろうな」

 手元に抱っこした薄灰色の猫の背をなでながら、天気の話でもするように言う。


「瘴気と聖女召喚についてのお話は信じられない部分もあります。聖女様についても。百年前のことが事実だったとして、たまたまだったのではないかと……」

 クラリスに染み付いた聖女様への崇拝にも近い憧れは消えたわけではない。あれは真実なんかじゃないと訴える幼い自分が心にいる。


「まぁ、君の立場だったら信じたくないだろうねぇ。王宮で幼い頃から囲われているから思考も誘導されているだろうしね」


「貸していただいた資料とは関係ないのですが、そもそも異世界から少女を召喚するということがおかしいと感じました。ただの誘拐でこちらの希望通り働かせるって奴隷となんら変わらない話ですよね。自分の世界の問題を異世界の少女を召喚することで解決することに、なんの違和感も抱いていなかった自分自身にも寒気がします」


「それは、本当にそう。まー、国民も王侯貴族も洗脳に近い教育受けちゃってるから仕方ないけどね。王族なんて小さな頃からどっぷりだからな。瘴気が発生して、聖女様が召喚される。そこに疑問を抱く奴なんていないだろう」


 五人は座れそうな布張りのソファでぐだっともたれかかりながら、彼にちょっかいをかける猫の相手をしている。


「で、今日は資料を返しにきただけ? 約束したから、質問を含めた要望を三つまで聞こう。それ以上は君に関わらない。たぶん魔法の腕は王宮一だ。それに狂った死霊使い(ネクロマンサー)でもある。愛する王太子を救うためにせいぜい僕を上手い事使うんだな。帰ってじっくり考える?」


「なぜ……」

 資料を読み込んで出てきた疑問は小さなものから大きなものまでたくさんある。一番の疑問はなぜ、クラリスを助けてくれるかというものだが、重要事項ではない。彼の言う通りローレンスとの未来を救うような質問もしくはお願いをすべきだ。

 

「なぜ、ここまで調べあげられたのですか? 調べたのはあなた。この資料は手書きですよね。王弟殿下」

 数少ないアンブロワーズの手書きの署名を掲げる。角ばっていて几帳面な字。借りた資料に書かれた文字と寸分の狂いもない。王やローレンスによく似た湖のように深い青色の瞳を見つめる。


 王宮の魔法師団の事務所に行って、朝一番で書類を漁って、拝借してきたものだ。十二歳の頃から出入りしていて、色々と融通も利かせているクラリスは王宮で自由が利く。

 

「ははっ。簡単すぎたかな?」

「偽名すら使っていないですから。隠すつもりもなかったんでしょう?」

 先代の王が異国の踊り子に生ませたと言われる庶子。一応、王族の家系図にも記されているが、王位継承権は持っていないはず。

 滑らかで透明感のある白い肌に、クラリスとは違って輝きを放つプラチナブロンド。王族特有の澄んだ青い瞳。顔立ちは野性味のある王とは違いどちらかというと中性的で、ローレンスに似た静謐で繊細な美しさがある。


「で、王宮に資料が残っていない瘴気と聖女召喚についてなぜ、僕が調べ上げられたのかについてだっけ?」


「はい」

 クラリスが貸してもらった資料を彼が一人で書き上げたなら、まずはその論拠となるものがなにか知りたかった。信憑性がどのくらいあるのか? 信じてそれに懸ける価値はあるのか? 対策に動き出すのはそれからだ。


「姉がいたんだ。先代の王妃との結婚前に産まれたから、王族の籍には入っていない。王家の家系図にも載っていないはずだ」


「結婚前に、先代の王のお子様が?」

 確か先代の王は王妃一人を愛していたという話だが。異国の踊り子に戯れで手をつけて庶子がいるという話は有名だが、王位継承権も与えられていない男子で所在不明となっているはずだ。その辺りは文献にも載っていないし、ローレンスも言葉を濁すのでクラリスも詳しくは知らない。


「今代の王は真実の愛に生きてるけど、先代は違うよ。自分の愛する者を囲いながらも、義務的に王妃を娶り一人だけ子を成した。王は表向き王族の義務を果たしているように見せかけて、ひっそりと母をこの赤の宮に囲っていたけど、待遇はひどいもんだった。先代の王妃は気の強い人で嫉妬深くて、王が異国の踊り子なんかを寵愛しているなんてプライドが許さなかったから、その事実はなかったことになってるんだろう」


「……」


「赤の宮で母と姉はひっそり暮らしていた。先代王の母への寵愛は深く、姉のことも可愛がっていたみたいだ。そうこうしているうちに僕が生まれた。父は王妃を恐れて、僕に王位継承権は与えなかったけど、王族の籍に入れた。先代譲りの膨大な魔力量だったから、魔力供給に生涯利用しようとしたんじゃないかな?」


 話が横道に逸れて、王弟(アンブロワーズ)の壮大な生い立ちの話になり、ただ無言で聞くことしかできない。


「僕が生まれるのと引き換えに母が亡くなったから、僕のことを父が愛することはなかった。でも、母に似ていた姉のことは変わらず可愛がっていた。母と同郷だったマリーが姉と僕をなにくれとなく世話してくれていたお陰で、ひっそりと王宮の片隅で生き延びることができたのかもしれない」


「……」


「姉は美しくて正義感が強くて優しくてね。あー、君の愛しの王太子と似てるかな? 父に愛されていたからか、母に愛されている記憶があるからか、酷い境遇に置かれてもまっすぐな人だった。なにか人の役に立てないかって常に考えていた気がする」


「素敵な方だったんですね……」

 やっと出てきたのはありきたりな言葉だった。


「確かに王宮に置いてもらってただ飯食らわしてもらってたけどさ、父のせいで微妙な立場に置かれてるんだから、そんなこと考えずにのんびり暮らしたらよかったのに……」

 この話の先が気になるけど、アンブロワーズの言葉に不穏なものを感じて黙って続きを待つ。


「姉は人の役に立とうって必死だった。勉強ができたから、色々なことを調べてまとめあげて、父に提出していた。実際に色々と役に立ったみたいだよ。農地改革だとか、疫病対策だとか。父は姉には甘いし、マリーが僕たちの世話をしてくれていたから、王宮のどんな資料でも見られたし、外国の書籍なんかも取り寄せてもらえた」

 錆色の猫がクラリスの足元に寄ってきて、体を摺り寄せる。どうしていいのかわからず、とりあえずされるがままにしておく。


「瘴気と聖女召喚について調べたのは、ただの好奇心だったみだいだ。でも、調べるうちに違和感を感じ出した。王宮や大神殿の書庫を全て攫った。これまで誰も瘴気や召喚聖女について調べる酔狂な輩なんていなかったせいか、無防備な状態で残っていたらしい。瘴気と聖女召喚に関する資料を全部見つけ出して、姉はまとめあげた」

 錆色の猫は気が済んだのか、クラリスが相手をしてくれなくて機嫌を損ねたのか、しっぽをふりふり去って行った。


「それが君に貸した三つの資料だ。ああ、君に貸した資料は、姉の作成した原本ではないよ。原本はすでに燃やされた。姉のかき集めた文献や資料もね。だから、王宮内で君が探しても探しても聖女についての資料なんて見つかんないのさ。君に貸したのは、姉の書いたものを思い出して僕が書き写した最後の資料だ」


「お姉様は……」


「殺された。表向きは不幸な事故って事になってるけど、たぶん。さすがに父も止められなかったんだろう。隠すべき王家の後ろ暗い影の歴史で、きっとこれからも繰り返されることだからね。姉ごと闇に葬ったんだ」


 彼の目の奥にどろりとしたものが宿る。次の瞬間にはその不穏な色は散っていた。


「それは……安らかな眠りをお祈りします……」


「いいんだよ、気にしないで。古い話だ。僕もその時には成人していたし、マリーもいたし、別に生きていけたよ。先代の王妃はついでに僕も殺そうとしたけど、返り討ちにしてやったら諦めた。王である異母兄を凌ぐくらいの魔力量があって、マリーに魔法を習った僕に勝てる奴はこの国にいない」


「……三つ目の資料はなにを元に書き上げたんですか?」

 アンブロワーズの姉の残した三つの資料。一つ目は史実。二つ目は手記。三つ目だけ毛色が違った。まるで絵本のような物語仕立てだった。


「王族には口頭で伝わる伝承がある。それをなーんも考えずに絵本にした馬鹿な王族がいたのさ。もちろん、姉が見つけ出したせいで、その絵本も、もう灰になってるよ。あれは姉の残したものを僕が出来る限り復元したもの」


「でも、あれが真実とは……」

 

「……青の宮――聖女宮の薔薇園の裏に奥神殿があるのを知っているか?」

 クラリスの言葉に被せるように問われる。背もたれにもたれかかっていたアンブロワーズが身を乗り出してきた。


「神殿が聖女様の庭に……?」


「小さな神殿で上手く人の目につかないように隠されているから、知らないか。今でも神殿として機能しているよ。まぁ、あそこは大神官と王族しか知らないけどね。そこに初代の聖女が残したと言われる真実の鏡がある。君に渡した資料は真実かもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも僕は鏡を通して、真実を見たとだけ言っておこう」


 クラリスの頭は昨日、読み込んだ資料とアンブロワーズの話で混乱していた。


「一つの質問に対して、だいぶサービスしたな。さー、残り二つはどうする?」

「あとの二つは取っておいてもいいですか?」

 質問するにせよ、お願いするにせよ、慎重に考えないといけない。瘴気と聖女召喚に関して頼れるのは彼しかいないのだから。


「ふーん。好きにするといいよ。僕はいつだって暇してるから」

 まるで楽園のような部屋から廊下に出ると、寒気が襲ってきた。お茶の一つも出てこなかったので、喉が酷く乾いている。


 もう安穏とはしていられない。瘴気は確実に発生するし、そうなったら王は聖女召喚を決行するだろう。


 ――生贄は数人の魔法師たち。そして犠牲者はローレンス。

 そして、クラリスの末路も暗い。


 歴史が繰り返されたら、彼は……。


 今、誰かになにかを訴えても無駄だ。先代の王が寵愛していた娘すら、口封じのため殺されたのだ。きっとクラリスも同じ運命を辿る。 


 聖女召喚を阻止するために、聖女召喚に代わる瘴気の浄化方法を考えないといけない。王や国の上層部を納得させられるような。


 忙しい執務の合間を縫って、その方法を考える日々が始まった。

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