18. 死霊使いと白猫(終)
今日も入れ代わり立ち代わり人が訪れて、美しくて透明な結晶に閉じ込められて祈りを捧げる聖女様にみなが懺悔し懇願し、後悔の言葉を漏らす。
。
奥神殿に足を踏み入れた男は今日も傍らに白い猫を抱いている。死霊使いと呼ばれた男は勝手に聖女に祭り上げられた少女を閉じ込める円柱の前で足を止めた。
魔水晶の中に浮かぶ少女は、とても穏やかな表情をしている。
腰まであるストレートの白髪に清楚な白いドレス。瞳を閉じているので、優しい色をたたえた琥珀色は見えない。十七で時を止めた彼女は華奢な体つきなのも相まって、まるで無垢で幼い少女のようにも見える。胸の前で祈るように手を組む姿は本物の聖女のようだ。
円柱の周りには彼女と同じように、手を組み頭を垂れる人々がいる。
当たり前にある日常や平穏な日々。
猫たちがくつろげるような日だまりのように温かい毎日。
それを静かに人知れず作っている人は誰なのか?
彼らは考えたことはあるのだろうか。
彼女の献身や愛情に皆が気づかなかったが、それは尊いものだ。
この国では真面目さやまっすぐな気持ちは踏みにじられ、利用されるばかりだった。
願わくば、この先の人生は正当に評価され、心穏やかに暮らせますように。
男もここに来るとなぜか、祈りを捧げたくなる。
彼女が眠る円柱の下の白い床に描かれている魔法陣。
確かに百年、結界が保たれると言った。
だが、百年このままだなんて誰も言っていない。
彼女が望めばいつでも、結界から解放できる。
表向きは聖女様の魔力と生命力が尽きそうだという話にして。
その時に人々はどんな選択をするのだろう?
彼らは何を犠牲にするのだろう?
また誰かを人柱にして結界を維持するのか?
新たな聖女を召喚するのか?
結界を張って瘴気をはじいているだけで、いまも異世界の瘴気が結界の上に振り積もっているだろう。
それに匹敵するほど醜悪な異世界の人間を再び召喚したとして、果たしてこの国の人間に制御できるだろうか?
王侯貴族や神殿との間で血肉の争いが起こるだろう。
もしくは結界の外に鬱積していた瘴気で、一気に死の土地になるかもしれない。
「その日が楽しみだな」と男はつぶやいた。
腕の中の子猫は猫らしくない鋭い目で、魔水晶に向かい泣いてなにかを語り掛ける人々を眺めている。
「人は愚かだね。今更、自分たちが間違っていたと言ったところでなんになるっていうんだろうな?」
人々の懺悔、後悔、懇願の声を聞きながら、死霊使いの男は白い子猫を抱いて、ゆっくりと歩く。
――私に死ねと言ったのはあなたたちでしょう?
その喧噪に答える彼女の声が聞こえる気がする。
直接的に間接的に彼女が命を捧げることを彼らは望んだ。
「そうだねぇ。死ねって言ったのはあっちなのにね。まぁ、その姿で余生をすごすのもよし。十分、満足して、また人として生きたいならそれもよし。だって、僕の本分は動物より人間だから、ね」
彼の膨大な魔力量をもってしても、魂を別の器に移すのは二回が限界だ。彼女の魂を猫の人形に移すことに成功したが、魔力を半分失った。彼女を再び元の体に移すとほとんど魔力はなくなるだろう。そうなったときは、王宮から姿を晦まして、市井にまぎれて暮らすしかない。
「いいよ。ゆっくり猫の姿で心を癒すがいい」
今はしばし仮の姿で癒されるといい。彼らの後悔と懺悔を聞きながら。
「君がのんびりしている間、これまでさぼってた分、働くとするか」
彼女が猫でいることに飽きた時のために。彼らの混乱と後悔を見届け、満足した時のために。移住先の候補を挙げて、下見もして生活基盤を整えておこう。やることは山ほどある。
もう一人の協力者だった魔法師の老婆は男が自殺しないか心配で王宮に残っていただけなので、新たに生きがいを得た彼を見て、職を辞して母国に帰った。まずはここにいる猫たちを安全に彼女の移住先に移動させよう。
男は自覚はなかったが、訪れるかわからない未来のために奔走することも厭うていないほど、彼女に心酔していた。
「なーん」
すっかり猫の姿が板についた少女は、首元をなでるとゴロゴロと喉をならす。
「さぁ、行こうか」
猫になった少女は「にゃあ」と返事を返すのだった。
クラリスは献身によって与えた。
彼らには束の間の平和を。
そして、その後に待つ地獄を。
ぷすーと小さな寝息が聞こえる。
死霊使いの男はその背ををひとなですると、大事そうに白猫を抱えて歩き出した。
(終)
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