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完璧な嘘と、三つの夢

作者: Tom Eny

完璧な嘘と、三つの夢


プロローグ:最後の賭け


大手芸能事務所の経営は悪化の一途をたどっていた。もはや打つ手はなかった。彼らには、もう失敗は許されなかった。そんな中、社長は片隅の事務部署に集めた、夢を諦めた三人の事務員に最後の賭けを任せた。


元ミュージシャンの小野寺、小説家志望の佐藤、デザイナーの田中。彼らは、この無謀な指令に、自分たちの挫折した夢の残骸を重ねた。それは、手の届かなくなった、遠い日の残像だった。彼らは、実在しない完璧な**「虚像」、ユリカを作り出すことを決意した。それは、彼らの才能を結集させた、壮大な「嘘」**だった。


誕生:才能の集合体


小野寺は、才能ある無数の歌声データを編集し、完璧な「ユリカの歌声」を創り上げた。ヘッドホンから流れるその声は、鳥肌が立つほど透明で、深い海の底から響くような音だった。それは、かつて自分の歌では誰の心も震わせられなかった彼が、ユリカに注ぎ込んだ、最後の情熱だった。


佐藤は、ファンの心に深く響く言葉を選び、ユリカの「人格」を創り出した。彼はユリカの言葉を紡ぐことで、「誰かを救う物語」を現実世界で書いているような充足感を覚えていた。「ユリカさんの言葉に救われた」というメッセージは、彼にとって、何物にも代えがたい喜びだった。


田中は、無名の役者を雇い、完璧な「ユリカのシルエット」を舞台に立たせた。暗闇の中、一筋のスポットライトが彼女の姿だけを浮かび上がらせる。衣装のビーズが、光を反射して星のように煌めいた。舞台袖から、田中は演者の無表情な横顔を眺めた。彼の緻密な計算によって作られたユリカのステージングは、一瞬たりとも完璧を崩さなかった。


ユリカは瞬く間に国民的な人気を獲得した。彼女の歌はミリオンヒットを記録し、SNSには連日「ユリカちゃんに救われた」というメッセージが溢れた。その夜、彼らは事務室の片隅で、静かに缶ビールを開けた。画面いっぱいに広がるファンの熱狂を眺めながら、彼らの胸に、確かな安堵感が広がっていく。


葛藤:真実と嘘の間で


ユリカの人気が急上昇する中、ファンの中からユリカの正体を疑う者たちが現れ始めた。ネットのざわめきは、彼らの心を蝕んでいく。


小野寺は、ユリカの歌声に時折混じる予期せぬ揺らぎに怯えた。それは彼が注ぎ込んだ感情の残り香か、それともただのデータノイズか。佐藤は、ユリカの言葉に無意識に紛れ込ませた、自分自身の物語の痕跡に心臓を鷲掴みにされた。田中は、完璧な芸術作品についた「傷」に戦慄した。


そんな中、ユリカに『紅白歌合戦』への出演オファーが舞い込む。彼らは歓喜し、そして同時に絶望した。それは、彼らが作り上げた虚構の、最大の試練だった。彼らはユリカを守るため、そして自分たちの夢を守るため、ある決断を下す。


結末:静かなる伝説


彼らは紅白への出演を断念した。事務所は世間を騒がせることなく、「年末は創作活動に専念したい」というユリカのコメントを発表した。ファンはユリカのミステリアスな姿勢を称賛し、伝説はさらに深まった。


年が明け、彼らはいつもの事務室にいた。しかし、彼らの表情は以前とは違っていた。テレビで紅白の特別企画が放送され、ユリカのライブ映像が流れる。映像の終盤、BGMが静かにフェードアウトしていく中、一瞬だけ、完璧な歌声とは程遠い、ぼんやりとした輪郭の彼らの平凡な顔が映し出された。


画面の中の彼らは、静かに微笑んでいた。


その微笑みは、彼らが作り上げた**「嘘」が、多くの人々の心の中で「真実」**となったことを知る、静かなる確信の証だった。そして、それはかつて追い求めた夢とは違う、新しい夢の始まりだった。


ユリカはどこにもいない。だが、彼女は永遠に人々の心の中で生きている。


完璧な嘘が、人々に救いをもたらした。


それは、嘘なのか。それとも、もう一つの真実なのか。

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