00-04 黒鳶は星と共に
ヴァルチャー2のコールサインを与えられた日の晩、俺はどうにも寝付けず、格納庫へと足を運んでいた。
フォーラから『明日の作戦に支障をきたします』と散々警告されたので、インカムは自室に置いてきた。
明かりの灯るハンガーの入り口。その奥に、直角三角形型で黒鳶色の主翼が目に入った。整然と並ぶ四つの流線形。空力的機能美を追求したフォルム。開閉・駆動するために節のある接合部。そして双発エンジンの前方に開く空気取入口。
その内のひとつ、コクピット横に『03』の刻印がされた機体の垂直尾翼の脇で、梯子に登って何やら作業している白シャツのヒヨコ頭。
「リック、こんな遅くに何やってんだよ」
俺の声に飛び上がり、慌てた様子で鉄バケツを胸に抱え込んだ。
「なんだミナトかよ。脅かしやがって」
「質問の答えになってないぞ、ヴァルチャー3」
その呼び掛けを受け、渋顔をコチラに向けつつも誇らしげに話し始める。
「見ろ、初出撃で戦果を挙げる願掛けだ!」
バケツの中身を溢さぬよう上体を逸らした。彼の身体の後ろから現れたのは、黒い羽根に描かれた、大きな白い五芒星——
「星のエンブレムって、またベタな……」
「逆に新しいだろ! これを見た戦地の友軍が言うんだ、『見ろ、白星が来てくれたぞ!』『アイツが居りゃ安心だ!』ってな!」
リックは右手のハケを高々と掲げ、熱の篭った声で語る。
「そんな事で夜更かしして、初陣が黒星にならなきゃ良いけどな」
「なんだとォ! 夜更かしはお互い様だろッ!」
視線が合い、睨み合い、どちらからでもなく、笑い合っていた。
明日の初任務、初めての実戦、最初の戦場。頭の中を渦巻いていた不安やら恐怖やらは、いつの間にやら掻き消えていた。
——明日の今頃も、きっと変わらない。編隊長に説教を聞かされ、グレアが理不尽にキレて、リックとこうして馬鹿みたいに笑ってるんだ。
軍人として生きる以上、いつ死んでも不思議じゃねぇ——いつも愚痴のように零すクランプ隊長の言葉がよぎったけれど、それが明日とは限らない。
少なくとも俺は、絶対に終戦まで生き残る。何があっても、生に執着する。変わらない明日を過ごすために——
——それはそれとして。
「ところでリック」
「なんだ?ミナト」
「ペイントって普通、描かない所をテープで覆ってするもんだぞ。ほら、インク垂れてる」
「え、嘘!? うわっ、ヤベェ!!」
梯子の上でドタバタと暴れる彼を見て、俺はまた笑い声を上げた。
星の足から滴る白い二本線が、飛行機雲のように長く伸びていた。
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【用語解説コーナー】
格納庫
:航空機の整備や補給、出撃待機を行う施設。
言うなれば、飛行機用の車庫のようなもの。
強固に設計して、敵の攻撃から
出撃前の機体を守る役目もある。
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