00-02 テメェが二番機だ
俺たちが作戦室に飛び込むと同時に、赤銅色の髪を後頭部で結わえた少女が振り向いた。
「ミナトもリックも遅い! 何やってたのよ!」
「わりぃグレア! ミナトの夫婦漫才を見てたら遅れちまってェ」
「誰が夫婦だっ!」
『アイファには擬似結婚プログラムは搭載されておりません』
「フォーラ、口を挟むな!」と俺はインカムを小突いた。それを見てリックがケラケラと笑う。フン、と鼻を鳴らしたグレアは、目鼻立ちの整った顔を、いつも通り不機嫌そうに歪ませた。
「昔っから変わらないわね、アンタらは」
「そう言うお前だって、ハルモニア園にいた頃と変わらない仏頂面だぞ」
「うっさいわよ、ミナト!」
グレアが俺に向かって拳を振り上げ——
「……傾聴」
掠れ声と同時に、俺達三人が奥へ向き直り、直立不動で胸を張った。
デスクに両肘をつき、鉛色のボサ髪、こめかみに古傷の残る厳つい顔、その前で手を組む無精髭の男——編隊長、バロニス・クランプ大尉。
「……俺ぁ長々と説教やら演説やらすんのは苦手でな。早速だが用件に入る」
——この二年間、俺らに嫌と言うほど説教してたくせに……。
内心そう思ってる間に、隊長は席から立つと、壁面に向かって歩き始めた。
「孤児院から拾われたテメェらを、俺が丁寧に育て上げ、」
——シゴいた、の間違いだろ。
「ついに俺たち第916航空遊撃隊へ初任務が回ってきた」
クランプ隊長は、作戦室に貼られた航空図の前で足を止めた。コチラを向いたリックのソバカス顔、その口元はやや弛み、淡青な瞳は潤んだように輝いて見えた。
「じゃあ、ついにコールサイン——」
「落ち着けヒヨコ頭」
遮るような隊長の言葉にリックは「ヒヨ……」と小声を漏らす。思わず噴き出しそうになったが、奥歯を噛み締めてどうにか留めた。隣のグレアは毛束を振って顔を背けたが、アレは絶対笑ってる。
「リック。テメェは三番機だ」
「えぇッ!! 二番じゃねぇのォ!?」
分かりやすくガックリとうな垂れるヒヨコ頭。
「勘違いすんな、番号は序列じゃねぇ……。テメェの機動力を活かした回避性能を評価して、一番囮に使えるポジションを与えてやってんだ」
リックの顔が「それ、褒めてんのかァ……?」と語っていた。
「グレア」
呼ばれた赤銅頭がビシッと姿勢を正す。
「テメェは四番だ。視野の広さは俺と同等。最後尾からヒヨコと海坊主を見張ってろ」
「はい!」
彼女は素早く小さく敬礼する。海坊主って、俺のことか……。確かに青系の髪色だけど……。
「んで、ミナト」
クランプ隊長の視線が俺を刺す。反射的に背中の筋肉が硬直する。
「……テメェがヴァルチャー2だ。分かったなら、復唱しろ」
「ヴァルチャー2、了解っ!」
第916航空遊撃隊——通称『ヴァルチャー隊』。その二番機に、俺は任命された。
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【用語解説コーナー】
コールサイン
:部隊名+番号で識別される呼出符号。
管制機からの作戦指示などで呼ばれる。
番号は編隊の配置によって決定される。
バロニス隊長なら『ヴァルチャー1』となる。
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