発表会の前に
夏休みになり、数日が過ぎていった。
「恭一、私も演奏会に行っていい?」
「別に構わないけど」
大学が休みに入り、姉の彩音が下宿先から家に戻ってきている。今日は、景山の音楽発表会の日だ。麻人達とは、駅で待ち合わせをし一緒に行く約束をしている。
「悠ちゃんを誘った男の子、どんな子なのかな?」
「そうだなぁ、おとなしそうな子だったけど」
「そうなの? 頑張ったんだ」
彩音は、うきうきしているように見えた。恭一は、音楽に興味がさほどないので、内心は少し面倒だと思っていた。彩音が縁側の窓を開けると、ビハクが外から戻ってきた。
「ビハク、おはよう」
彩音はビハクの頭を撫でながら鼻歌を歌っている。
恭一と彩音は、朝食用に昨日買ったサンドウィッチを食べ終わると、出掛ける用意をした。
彩音が靴を履いていると、玄関でビハクが座って彩音を見上げている。
「ビハクも行きたいのかな? お留守番していてね」
彩音の言葉を聞き、ビハクは部屋に戻っていってしまった。
「さっき、ビハクが残念そうに私を見るのよ」
「へぇ。そうなんだ」
「恭一は、何だか面倒そうな顔をしているわね。気が乗らないの?」
「いや、そんなことないよ」
恭一は、今の気分がばれてしまい、まずいと思ったが誤魔化してしまった。これから、麻人や悠、それに奈穂とも会うのに、煩わしそうにしてはいけないと思ったのだ。
駅に近付くと、麻人と悠がすでに駅前で待っていた。
「麻人君、悠ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
彩音の明るい挨拶に、悠は元気に笑顔で答えた。麻人も挨拶していたが、いつもと少し違う気がした。
「麻人、どうかしたのか?」
気になった恭一は、麻人に尋ねてみた。
「あんなストーカーみたいに付きまとってた子だよ。ちょっとさ」
「まぁ、それはそうだけど」
「恭一君は、平気なの?」
「気にかかるけど」
麻人が珍しく怒っているので、恭一は意外に思い言葉に詰まっていた。
「何か言いたい事がありそうだね」
「ううん。お前も怒ったりするんだなと思って」
「当たり前だよ。僕は、悠を守ると決めているからね」
「そうか。悠は大丈夫だと思うけどな」
「何だよ。また、そうやって。僕に期待していないんだね」
「いや、そういう意味では……ゴメン」
恭一は、麻人が『また、そうやって』と言った事が、心に引っかかった。麻人が、前世から感じていたことを言ったような気がしたからだ。
以前、俺たちが生きた時代は、思ったことを何でも口にするようなことが無かった。ましてや、女性はより耐えていた時代だったかもしれない。
「恭一も麻人君も、どうしたの? 電車が来るわよ」
改札を先に入った彩音が、普段と変わらない様子で二人に呼びかけた。そんな中、彩音の隣にいる悠が、首をかしげながら恭一と麻人を見ていた。




