笛の音
「綺麗な音ね」
「え……ど、どうも」
「なんて楽器なの?」
「フルート」
「フルートか。練習、頑張って」
「ありがとう……ございます」
放課後、人けのない廊下。吹奏楽部であろう少年が、個人練習をしていた。悠は、忘れ物を取りに教室へ行く途中、その少年に声をかけた。何故、声をかけてしまったのかは分からない。ただ、その楽器の音がとても懐かしく感じたのを覚えている。
声をかけたのは、一か月くらい前だっただろうか?
陸上部での練習をしていると、たまにそのフルートの音が遠くから聞こえてくる。その少年が吹いているのかは、分からなかった。けれど、その音を耳にすると、心がざわついた。
悠は、景山から渡された音楽発表会のプログラムを眺めていた。ピアノやヴァイオリンやフルートやギターなど、色々な楽器の演奏があるようだ。悠にとって、楽器といえばハーモニカやリコーダーくらいしか手にしたことがなく、演奏会を楽しめるのだろうかと思っていた。
景山に跡をつけられていたことには驚いたが、おどおどしながら一生懸命に話す景山を、決して悪くは思わなかった。
兄の麻人は、ほんわかしているので問題はないだろう。恭一に睨まれた時は威圧感があるし、本当に怖かっただろうと思い出していた。恭一の迫力ある姿は、今世でも健在だなと思い、悠は一人くすっと笑ってしまった。
悠はベッドに寝転び、目を閉じた。
◆
「兄上。僕もその笛を吹きたいです」
「これをか?」
「はい」
「一緒に習えるよう、京之助殿にお願いしよう」
雄吉は、京之助から武士のたしなみとして楽器を与えられた。龍笛といい、竹でできた横笛である。音が出せるようになるまで、かなり苦労した。雄吉にとって、武術の方がはるかに容易だった。
雄吉は、京之助の長男から『兄上』と呼ばれ慕われていた。雄吉自身も本当の弟のように可愛がっていた。けれど、後継ぎは長男の歳一であるべきと常に心していた。
雄吉と歳一は、一緒に龍笛の練習をするようになったが、あっという間に歳一が上達していった。
「歳一の笛の音は、本当に綺麗だな」
そう言うと、歳一は嬉しそうな顔で笑い、とても愛おしかった。心から幸せだと感じていた。
◆
目を覚ますと、悠の頬に一筋の涙が流れていた。
「歳一……」
悠は、前世での出来事を夢に見たのだ。
病で早くに命を落としてしまった弟、歳一。すっかり忘れていた、楽しかった日々の記憶だった。




