麻人の妹
麻人の妹が、恭一に向かって『京之助殿』と言った。恭一は言葉に詰まったが、
「どうして、その名前を?」
恐る恐る聞いてみた。
「雄吉です。お会いできるなんて。嬉しいです」
「雄吉だと……」
麻人の妹は涙を浮かべている。雄吉とは、前世の恭一の側近だった者である。
「本当に雄吉なのか?」
「はい。間違いありません」
恭一は、麻人の妹の肩に手を乗せまじまじと少女を見た。
「恭一君。ありがとう。悠は時代劇が好きでさ。良かったね、悠」
麻人の嬉しそうな顔を見て、恭一は我に返り少女の肩から手を離した。
「キョウノスケとユウキチか。そういう設定なんだ。恭一君って優しいね」
麻人が、にっこり微笑んでいる。
恭一は気を取り直し、ビハクのいる茶の間に麻人と悠を案内した。日本家屋の広い畳の部屋に、大きめの掘りごたつテーブルが置かれてある。そして、掛け軸と花が飾られた床の間にビハクが鎮座していた。
「縁起の良い置物のようだな」
恭一の言葉に、麻人は笑っている。
麻人は、早速ビハクにおやつをあげたり、猫用オモチャで遊んでいる。
麻人がビハクと戯れている姿を横目に、小さな声で恭一は悠に話しかけた。
「そなたも前世の記憶があるのか?」
「はい。1年前、うっかり階段で滑ってしまい頭を打ったのです。それからです」
「なぜ、俺を京之助だと?」
「それは……」
麻人の妹の説明によると、数日前から夢に白い猫が出てくるようになったそうだ。そして、恭一がこの神社にいることを伝えてきたという。雄吉は、前世の記憶があることを誰にも言えずにいたそうだ。1人で思い悩み辛かっただろうと恭一は不憫に思った。
「それにしても、京之助殿は相変わらず精悍なお姿」
「お主は、えらく可愛らしくなったな」
「面目ない」
2人でコソコソと話していると、
「いつまで時代劇ごっこしてるの?」
と麻人が呆れたような表情で聞いてきた。
「時代劇ごっこ? 何を」
「やめろ、雄吉」
恭一は悠をたしなめ、今後は現在の名前で呼び合おうと決めた。
「麻人君、こんにちは? この子は?」
茶の間に入ってきた彩音に、麻人は妹を紹介している。
「赤だわ。赤色の周りに、ゆらゆらと紫も見える。恭一と同じね」
悠が、きょとんとした顔をしている。
「恭一様。赤に紫。何でしょうか?」
「気にするな。イメージカラーみたいなものだ」
「恭一様か。家臣みたいね」
と彩音が笑っている。恭一は、あながち間違っていないなと心の中で思った。
彩音は、大学近くで一人暮らしをしている。明日、そちらへ戻るようだ。今晩は彩音の為にご馳走が用意されるはずだ。麻人と悠も一緒に夕飯を食べていかないかと彩音が誘っている。麻人の母親は看護師をしていて今日は帰りが遅いらしい。
ということで、今夜はささやかな宴会が始まることになった。