麻人の言葉
恭一は、冷蔵庫からお茶やジュースのペットボトルを取り出した。悠は、食器棚からコップを出し、お盆に並べている。
「悠、大丈夫か?」
「はい。私、力持ちですから」
思っていた答えと違っていたので、恭一は話を続けた。
「いや、さっき、琴って名前に反応しただろ。気になったんだ」
「あ……」
悠は、ためらったような表情で少し黙ってしまった。
「何か、嫌な気分にさせてしまったのだろうか」
「いえ、そんな事はありません。でも、前世の琴ちゃんを思い出しました」
「お前は、本当の兄妹のように可愛がってくれたよな。琴も幸せだったはずだ」
「私の方こそ幸せでした」
「悠がいてくれたから、琴も救われたと思う」
「私を最初に見付けて、救って下さったのは恭一様です」
恭一と悠は、お互い目を合わせ微笑んだ。そんな時だった。
「ねぇ、何話してるの? コソコソして」
ドア越しから、麻人が2人を覗いている。
「あ、お兄ちゃん」
「もぅ、恭一君も悠も……今も昔も、2人でコソコソしてズルいよ」
「え?」
恭一は、麻人の言葉が心に引っかかった。
『今も昔も……』前世の妻、アサはズルいという感情を持っていたのだろうか。恭一が困惑していると、ビハクがやってきて麻人に体をすり寄せてきた。
「ビハクも何か食べたいんだね。恭一君、ビハクのおやつある?」
麻人が、普段通りの優しい声で聞いてきた。恭一は、食器棚からビハクのゼリー状おやつを取り、麻人に渡した。
「猫ちゃん、逃げないでー」
土屋琴子がスマホを構え、台所にやってきた。必死でビハクの写真を撮ろうとしている。その光景が面白く、恭一と麻人と悠は、一斉に笑い出した。
「何よ、みんな」
「あ、ゴメン。土屋さんが必死すぎて。可愛いと思って。ね、恭一君」
「うん。可愛い」
麻人と恭一の言葉に、土屋琴子は少し照れながらも、ぷいっと怒ってしまった。
恭一達が飲み物を持って居間に戻ってみると、奈穂と高井鈴華がお菓子を食べながら話していた。
「長月君。奈穂ちゃんって巫女舞を踊るんだってね」
「あぁ、そうなんだ。とても綺麗に舞うんだ」
「すごい! 見てみたい」
「今度、披露する時は呼ぶよ」
恭一が、奈穂の巫女舞を高井鈴華に話していると、
「本当に綺麗なんです。私、感動しました」
「そうだよね。神秘的だったな。悠は泣いてたよね」
「もぅ、やめてよ。悠ちゃんも麻人さんも」
悠と麻人が褒め過ぎるので、奈穂は真っ赤になってしまった。そんな奈穂の姿を、恭一は微笑ましく眺めていた。
こういう何気ない日常が、恭一の心を和ませ穏やかな気分になった。ふと、床に目をやると、座っているビハクが恭一を見つめていた。恭一は、しゃがんでビハクの頭を撫でてやった。その時、
『カシャッ』とシャッター音が鳴った。
「長月君、とってもイイ顔してた。こんな顔するんだ」
高井鈴華が、スマホで撮った写真をみんなに見せている。ニッコリと笑い、ビハクを撫でている姿である。
「本当だ。恭一君は、今も昔も変わらない」
麻人が、ぼそりと呟いた。恭一は、その言葉にモヤモヤしたが、誰も気にしている様子はなかった。




