姉のこと
恭一が生まれた神社は、父親が宮司をしている。いずれは恭一が継ぐのが筋ではあるが、今のところ恭一はあまり興味がなく深く考えていない。
恭一には4つ上の姉がいて、大学の神道学科に通っている。
「ただいま」
春休みで帰省中の姉が、出先から帰ってきたようだ。
「おかえり。姉さん」
「どうしたの? この猫ちゃん」
姉が白い猫をジッと見ている。
彼女の名前は長月彩音。彩音は霊感があり、たまに恐ろしい事を言う。
「あそこに幽霊がいる」「あの人の後ろに女の霊がいる」「あの人のオーラの色がどうのこうの」など……
恭一には、さっぱり理解できない事である。
姉なら、恭一に前世の記憶があることを信じてもらえそうだが、恭一は誰にも話していない。
「この猫ちゃん、真っ白で幽霊みたい」
彩音は笑いながら猫の背中を撫でている。
恭一は、いきさつを彩音に説明し、少しの間は預かってあげようという事になった。
恭一は家にあった空箱に座布団を敷き、猫を入れて自分の部屋に連れていった。
猫は丸くなって眠っている。
その日の晩、恭一は不思議な夢を見た。前世の姿の自分が、預かった白い猫に何やら話しかけている。話し終えた恭一に猫が首を縦に振り、一声「ニャー」と鳴いた。
恭一はハッと目覚め、空箱を見ると猫がいない。『どこに行ったんだ』
慌てて1階へ降りて行くと、縁側に昨日の少年がいて猫を撫でていた。
「おはよう! ながつき君」
「おはよう。早いな……えっと」
「小野田麻人。麻人でいいよ」
「アサトか。じゃあ、俺は恭一で」
麻人はあどけない笑顔で、ゼリー状の猫用おやつを与えていた。自分で持ってきたのだろう。
「可愛いよね。この猫ちゃんの名前を決めようよ。何がいいかな?」
「名前か。シロとか」
「キョウイチ君。シロって犬っぽい」
麻人は手を口に当てクスクスと笑っている。
「真っ白で綺麗だから、美白。ビハクは?」
「なんだ、それ。でも響きは悪くないな」
「ビハク」と呼びながら、麻人は猫の顎を撫で、猫は喉を鳴らしている。
そうこうしていると彩音が近づいてきた。
「あら、恭一のお友達? 緑、澄んだ緑ね」
「緑?」麻人が、ぽかんとした顔をしている。
恭一は『またか』と思い、素知らぬ顔をしていた。
姉の彩音は、麻人のオーラの色を言っているのだ。オーラとは、その人の体から発している色らしく、その人の性質を表しているそうだ。恭一には分からないし関心もない。
恭一が顔を洗ったり身支度をして戻ってくると、彩音と麻人が猫を囲み、楽しそうに会話している。
「ビハクちゃん」
彩音が名前を呼びながら猫の頭を撫で、麻人と一緒に笑っている。その光景が微笑ましく、恭一の顔に自然と笑みがこぼれた。