7話 会議の終わり。全ての始まり。
まさかの侍女にも裏切られ、ミゼリアお義母様は身体をわなわなと震えさせて怒っているが、ドウェイン様に再びきつくたしなめられていた。
「エレナ、詳しく話せ」
「はい。ミゼリア奥様はその……ルフェルミア様は何があってもこの家から出ることはないからと言い、ルフェルミア様を徹底的に虐め抜けと命じました。それが田舎で生温い環境の中ぬくぬくと育てられたルフェルミア様の為になるからだ、と。それは試練だから、と。私たちはその命令のまま、ルフェルミア様を虐めました」
エレナはミゼリアお義母様の方を全く見ずにそう告げている。エレナは立場上ミゼリアお義母様には逆らえなかったのだろう。
彼女はいつも申し訳なさそうに私へと接していたからね。
「何故それを私に報告しなかった?」
「旦那様はお忙しい身。ルフェルミア様に関することは全てミゼリア奥様に報告すれば良いと奥様から命じられたからです。それに旦那様は実際ほとんどお屋敷にはおられませんでしたから……」
「む、うむ……。それもそうだな。わかった」
ドウェイン様は険しい表情で頷く。
「……ミゼリア。言い訳があるなら聞く」
「わ、私はただルフェルミアさんをグレアンドル家に相応しい心の強い淑女に育て上げようとしただけよ! この上流貴族の世界、弱い女なんてすぐ舐められてしまうのよ!?」
「そうか。で、ルフェルミアは弱かったのか?」
「そ、それは……そうよ。何にもできない泣き虫で弱虫だったから……だ、だから毎日私は仕方なく心を鬼にして彼女が強くなれるよう教育しようと……」
ミゼリアお義母様がしどろもどろに言い訳していると、
「いえ、ルフェルミア様は強かったです。奥様や私たちからのどんな仕打ちも愚痴ひとつ溢さず、全てやってのけました。とても芯のお強いお方です。奥様がやっていたのはただの……ただの虐め、です」
エレナがそう代弁してくれていた。
「エレナァ?! あなた……ッ!」
「ミゼリア、エレナに当たるのは許さん。私はありのままに話せと言った。もしエレナや他の侍女たちに何かしたら私がお前を許さん」
「う……」
ミゼリアお義母様は今にも泣き出しそうな顔で、言葉を詰まらせた。
「……ミゼリア。お前は息子たちの為、そしてグレアンドル家の将来の為に尽力していたのだろう。だが、そのストレス発散にルフェルミアを使うのはおかしいのではないか?」
「……ッち、ちが!」
「もういい。お前の話はまたあとで聞く。それよりも今回の騒動についてルフェルミア、お前の方からも事情を聞きたい。言い方は悪いかもしれないが、一体どういうつもりでリアンの方に乗り換えた?」
ようやく私に話が振られたか。
「……このお屋敷でミゼリアお義母様から辛く当たられていた時、私は誰からも相手にされず、ひとり孤独で耐えていました。ヴァン様は私との時間なんて全く作ってくれず、放ったらかしにされていました。そんな時、リアン様が私にそっと声を掛けてくれたのです」
これは本当だ。
と言ってもそうなるように私が誘導したからだけれど。
「それから私がリアン様に惹かれるまで時間はいりませんでした。そうしているうちにヴァン様から突然婚約破棄を申し渡されたのです」
「なるほど……」
私の言葉を聞いてもヴァン様は眉ひとつ動かさず、寡黙を貫いている。
ヴァン様が婚約破棄を申し渡してきたタイミングはバッチリだったが、その内容が些かおかしいのは今でも引っかかる。
私は確かにヴァン様に嫌われるように行動していたけれど、彼の先ほどの発言はなんというか……何か変だ。
私は確かに嫌われるように行動してきたつもりだけど、容姿や匂いで婚約破棄されるようなことはしていないつもりだったのだけれど……。
とにかくあのヴァン・グレアンドルだけは何かこう、掴みきれないところがある不思議な男だ。
「とりあえず状況は飲み込めた。だが、ルフェルミアとリアン、お前たちの関係を容易く認めるわけにはいかない。ミゼリアの言う通り王女様の件もある。この話はまた時間を掛けて相談しよう」
リアン様は「何があっても僕はルフェルミア以外は愛さない」と仰ってくれていたが、話はまた後日に持ち越しとなった。
「ミゼリアとエレナ。お前たちにはこれから質問がある。心して答えよ」
そして彼女らはドウェインお義父様からきつくお説教をされることとなった。
そのうち外が明るくなり始め、夜明けが迫ってきたのでこの事はまた後日へと持ち越す事になり、この日はこれ以上内容が進展する事なく、話し合いは終わりを迎えた。
そしてこの終わりが全ての始まりになるだなんて、この時の私は微塵にも想像だにしなかった――。