78話 念願の。
「エルフィーナ王女殿下! よく来てくれました!」
リアン様が王女殿下のもとへと駆け寄る。
「リアン様、あとは私にお任せくださいませ」
「はい、お願いします」
リアン様がほくそ笑んでいる。
「聖女メリア様。あなたの言葉、よくわかりましたわ」
「エルフィーナ王女殿下、ありがとうございます。それで殿下は何を仰るつもりなのですか?」
「そんなの決まっていますわ。そこの堅き魔女について言いたいことを言わせてもらいますわよ!」
エルフィーナ王女殿下は相変わらずのハイトーンで私を指差して言い放った。
っていうか、私はやっぱり堅き魔女のままなのね。
「そこの女は魔性の女ですわ!」
ざわざわと再び会場がざわつく。
「様々な殿方を誑かして、騙して……そうでしょう!?」
「お待ちください王女殿下。このルフェルミアはですね……」
「聖女様は少しお黙りになって! 私は今、この魔女とお話しをしておりますの!」
メリアが私を庇ってくれたが、私はメリアに「大丈夫よ」という意味を込めてこくんと頷いて合図を送る。
「さあ、魔女! お答えなさい! リアン様を何故誑かしたのか、あなたは一体どういうつもりだったのか、ここで全てを洗いざらい話すのですわッ!」
エルフィーナ王女殿下は真剣な面持ちで私を指差してそう命じた。
さあ、ここが私の正念場だ。
「お久しぶりですエルフィーナ王女殿下」
「堅苦しい挨拶はいいから、堅き魔女、あなたの本音をさっさと言いなさい!」
「わかりました。私は……」
さあ、決めよう。
きっと、おそらく、私はこれが言えなくて失敗していたんだと思う。
ヴァンの予知夢もきっと、私がこれを言えなかったせいで何をやっても上手くいかなかったんだ。
ひとつだけ、ここで大きく深呼吸して――。
――さあ、言うぞ!
「……私は、このルフェルミア・イルドレッドが愛している男性はこの世でたったひとり、ヴァン・グレアンドルしかおりません。だからリアン様のことはもう好きではありません」
言えた!
「ヴァン? それはリアン様のお兄様のことですの?」
「ええ、そうです王女殿下」
「冗談で仰ってるのよね? 堅き魔女、あなたはリアン様が好きなんですのよね?」
「いいえ、王女殿下。私が好きなのは……今、あそこにいる彼、ヴァンだけです!」
私が指差したその先に、こっそりと会場に姿を現していたヴァンがいた。
「ルフェルミア……ッ!」
ヴァンが驚いた顔をしている。
それもそのはず。この言葉をヴァンには計画外の出来事なのだから。
「私はヴァンが一番、好き……」
呟きながら涙が溢れて止まらない。
ようやく言葉に出せたと同時に、心の中からたくさんの感情がまるで源泉の湯水のように湧き出てくるよう。
ヴァンが人々を掻き分けて、私のもとへ駆け寄ってくる。
私は彼が好きだ。
この想いはルミアの想いと入り混じっているのかもしれないけれど。
「ルフェルミア、一体お前は何を言って……いや、それよりもお前が俺のことを……!?」
ヴァンが私の眼前にまできて、驚いた顔をしている。
「ええ。私はあなたが好きなの。ヴァン、あなたのことだけが好きよ」
「ル、ルフェルミア……ッ!」
ああ、やっと言えた。
この感情はきっと、私のものよりもルミアの方が強い。
【ありがとう、ルフェルミア】
同時に私の中で消え去りそうなあの声が響く。
これで満足でしょう、ルミア。
「――だからエルフィーナ王女殿下。私はもうリアン様のことはなんとも思っておりません」
「堅き魔女……ルフェルミアと言いましたわね。それではあなたはリアン様の仰る通り、彼という婚約者がいながら浮気をしていたということですのね?」
「正確には少し違います。私はリアン様が最初からエルフィーナ王女殿下との関係性が断たれていないと聞いた時から、リアン様のことを見限りました。加えて言えば、王女殿下の方もリアン様と浮気していたことになりますよね?」
本当は予知夢に従ったからなのだが、ここは嘘を混ぜて答える。
「ええ、そうなりますわね」
そんな私の言葉をエルフィーナ王女殿下はあっさりと認めたことで、会場内は多いにどよめいた。
「エ、エルフィーナ王女殿下!? 何を仰って……!?」
同時にリアン様も驚いた顔をしている。
この王女殿下の反応は彼にとって非常に予想外だったのである。
「それじゃあこうしましょう。此度互いの失態は、なかったことにする、と」
「あら、エルフィーナ王女殿下がそう仰ってくださるのなら、私はそれを受け入れますわ」
「お互いの為、それが一番ですわね」
エルフィーナ王女殿下は少しだけ笑って、頷いた。
「エ、エルフィーナ王女殿下! さっきから一体何を仰っているのです!? 何故、ルフェルミアを庇うような真似を……ッ!」
「リアン様。もうやめましょう。あなた様は色々裏工作をしてこの魔女を……ルフェルミアを陥れようと考えたのでしょうけれど、これ以上はあなた様の方が色々と不利を被りますわ」
「な、何故そんなことに……ッ! どうして僕の言う通りに従ってくださらなかったのですか!?」
「それはですわね……」
エルフィーナ王女殿下がそこまで言うと、彼女の肩をポンっと叩いてその背後に現れたのは。
「それはなリアン。この私、ドラグス・カテドラルがお前の行動、考えの全てを知っているからだ」




