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75話 謎の声

「やあ、おはようルフェ!」


「今日もキミは可愛いね!」


「ありがとう、それじゃあ僕はまた出掛けてくるよ!」


 ――メリアからの情報を聞いたその翌日以降。


 それでもリアン様はこうやって、以前と何一つ変わらずに私と接してくれている。

 私は稼業柄と自分の強さを自負しているだけあって、他者に対して恐怖を覚えることは少ないが、それでも最近はハッキリとリアン・グレアンドルという存在の不気味さを痛感し始めている。


 リアン様からしたら、私とメリアが協力関係にあることは知らない。だからこその演技なのだろうが、それにしても微塵にもボロを出さないのは本当に凄い。


「お嬢様」


「ケヴィン、そんなところにいないで降りてきてちょうだい」


「ぬう!? お嬢様、今日は驚きませんでしたな。せっかく天井に貼り付いていたというのに」


 今朝。

 リアン様がお出かけになられたタイミングでケヴィンを私の部屋に来るように呼び出しておいた。

 最近ケヴィンはわざと私を驚かせようとしてくる傾向があったので、今日は本気で気配察知をしていたのだ。

 全く、ケヴィンはいつからこんなお茶目なおじさんになってしまったのだろうか。


「馬鹿なことしてないでよ。それより少し相談があるわ」


「なんでございましょう?」


「あのね――」


 私はケヴィンに近々行われる卒業パーティーに、隠れて参加してもらうことをお願いした。

 ヴァンの予知夢の展開についても話し、その日を特に警戒する為だ。


「かしこまりました」


 さて、これで一応念の為の保険はいいわね。


 あとは私がどう動くか。

 ヴァンの予知夢に大きな変化の兆しが現れたと教えてくれたのは、彼とオペラを観に行きメリアが私にリアン様が私たちの動向に気づいていると連絡をくれた、その翌日のことだ。

 

『ルフェルミアの死を見なくなった』


 ヴァンは困惑した表情で私にそう告げた。


 まだたったの一晩しか予知夢を見ていないが、私の死を見なくなったとヴァンは言った。

 ただ、こうも続けた。


『正確には……夢を見なくなってしまった』


 ヴァンが夢を見なくなったのは長年の間でも初めてのことらしく、不気味だったという。

 その代わり、驚くほど熟睡できたとも言っていた。


 ヴァンがよく眠れたのは良かったけれど、どうしてここにきて彼の予知夢は無くなってしまったのか。それはわからない。

 どちらにしても私たちは可能な限り卒業パーティーで起こりうる問題に対して対策を講じておくしかない。


 それにしてもリアン様から今度は婚約破棄されると考えると不思議な感じね。  


【もう少しだけれど、まだ足りないわ】


 ――え?


 不意の声に私は周囲への警戒を高めた。

 ケヴィンはもうとっくに部屋にはいない。辺りからは人の気配はまったくない。


【もういらないと思ったから夢は奪ったけれど、まだ足りないわ】


 ――また聞こえたッ!


 確実に私の耳に届いているこの声。

 ついこの前から聞こえている不思議な声。

 これは一体……。


【私の望みを叶えるにはあなたの勇気が必要よ。声が届いているなら、わかるでしょう?】


 かなりハッキリと聞こえている。

 これは私だけに聞こえている声だ。

 私の内側から響いてくるような、そんな声。


【私が彼にできなかったことをあなたに叶えてほしい。それだけが望み。それ以外何もいらない。その為に預けた力も、何もかも】


「ッうぶ!?」


 声のトーンがじわりじわりと低くなってきたと思うと同時に、強烈な吐き気を覚えて思わず口元を抑えた。


 ――駄目だわ、吐きそう。


 私は慌てて窓をあけて顔を外に出した。

 直後、吐き気はおさまり、同時に私の中で響いていた声も消え去っていた。


「はあッ……はあッ……」


 今のはなんだったんだろう。

 凄く感情が揺さぶられた。

 切なさと悔しさと深い愛情、それに加えて強烈なまでの憎悪。

 あまりの感情の強さに胃がひっくり返りそうになった。


「……まさかとは思うけれど」


 今のは私の前世、魔女王ルミアの声?

 考えられるのはそれしかない。


 そうだとしたなら、彼女は一体私に何を伝えようとしたんだろうか。 

 と、その時ふと身体に違和感を覚える。


 ……何か、足りないような感覚。

 もしかしてと思い、私は右手に魔力を込めてみた。


「……おかしいわ」


 魔力はある。

 が、明らかに弱まっている。


「さっきの声の意味。まさかルミアが私の魔力を奪おうとしているの……?」




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