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73話 オペラを再び

 ――どうしましょう。


 と、悩むこと二時間。

 私は早朝に目覚めてから、ずっと悩んでいる。


 原因は服装、だ。

 昨晩、といってつい数時間前の真夜中。ヴァンに思い切ってオペラを観る約束をしてしまったけれど、どんな服装で行こうか考え始めてしまったら時間がどんどん過ぎてしまったのである。


 幸い、今朝は朝早くからリアン様は私に挨拶だけしてお出かけになられたので、朝の食事を共に取らなくても良い為、私に悩む時間はある。

 ただ、悩み過ぎだ、と自分でも思っている。


「ヴァンに貰ったドレスは……さすがに外を歩くのに派手すぎるわよね。私のお気に入りはブラックスカートのドレスだけれど、デートでそれはちょっと……かと言ってあまり派手なのも……」


 あーでもないこーでもないと呟く。


 悩み抜いた結果、結局いつも着ている無難な白を基調としたドレススタイルで出かけることにした。

 ただ、ハーフアップにした髪を少しオシャレな髪留めで結えてみたり、あまり付けたことのない装飾品なども着飾ってみたりした。

 こんな風にここまで気を使うなんて初めて、かも。


 とにかくそんな風に準備に時間をかけてから、ヴァンと約束した劇場へと向かった。

 真夜中から帰宅し、早朝にはそんなことで悩んでいたので結構寝不足だ。あくびが出ないように気をつけないと。


「ルフェルミア」


 劇場前の路地にてヴァンと落ち合う。

 彼もちょうど今ここに来たようだ。


「何よ、あなた早過ぎない?」


「お前こそ。約束は昼過ぎだったろう?」


「ちょっと早く屋敷を出ちゃったのよ」


「ふ。俺もそんな感じだ」


 小さくヴァンが笑顔を見せた。


 自分で誘っておきながら、ヴァンとオペラを観に行くことをめちゃめちゃに楽しみにしちゃっている自分が凄く照れくさい。

 私は思わず顔を伏せていた。


「今日は一段と綺麗だな、ルフェルミア」


「そ、そう? あ、あなたも、その、似合ってるわ」


 ヴァンも今日の格好は少しオシャレだとすぐに気づいた。普段見慣れない少し鮮やかなベストに、新品の白いタイトなストレートズボンだ。


 やっぱりコイツも何回見てもイケメンね……。

 などと意識すると余計に顔が熱くなってきたので、首を横に振って考えるのをやめた。


「さ、さあ、行きましょ!」


「ああ」




        ●○●○●




 ――それから。


 私たちはオペラを堪能した。

 ヴァンも初めて観たこの劇にとても感動しているようだった。


「凄かった。まさかあんな怒涛の展開を繰り広げるとは予想もしなかった。高いチケットなだけある」


「ええ。やっぱりこのオペラは素晴らしいわ。それに……」


「それに?」


「……んーん。なんでもないわ」


 ヴァンが不思議そうな顔をしていた。

 私が思ったのは、本当にプリセラの言う通りだったな、ということ。

 この作品は自分の価値観で見方が変わる。

 私はあきらかに前回より見方が変わっている。それはプリセラの助言もあったが、きっと多分、それだけじゃない。


「ルフェルミア、あっちの裏路地に行こう。少し特殊な限定豆で挽いたコーヒーが飲める隠れた名店があるんだ。そこで休憩しながらオペラの感想でも語り合おう」


 なんだかデジャヴね。ヴァンもリアン様も隠れた名店が好きなのかしら。


「あら、あなたにもそんな趣向があったのね」


「俺は大のコーヒー好きだからな。それに最近調べた」


「最近調べた? ふふ。もしかして私の為、だったりして?」


 なんて揶揄ってみたら。


「……ッ、そ、そう、だ」


 ヴァンのやつが顔を真っ赤にしてそんな風に答えるものだから、私もつい釣られて赤面してしまう。


「あ、そ、そうなの。ふーん」


「……」

「……」


 お互い黙ってしまった。

 あんなオペラを観てしまった後だから余計にこいつの言葉に敏感になってしまっている。


 しばらく歩くとヴァンが言っていたカフェに着いた。

 こじんまりとした少し渋い感じのお店で、確かに最近の流行りのお店とは雰囲気が違った。


「ここだ」


「へえ。素朴な感じのお店ね」


「す、すまない。もっとオシャレな店の方が良かった、か?」


「そんなことないわ。私はこういうお店、好きよ」


「そうか」


 パァっとヴァンがわかりやすく笑った。


 本当、最初に出逢った頃の無骨で無愛想なヴァンからは想像もできない表情の変化だわ。


 店内に入ると、お客は私たちだけのようで逆に一安心した。私は人目の多いところはそんなに好きじゃない。

 ヴァンもそんな感じだろうしね。

 そうして席に着いた私たちはこのお店のおすすめのコーヒーとデザートを頼んだ。


「それでヴァン、あなたはあのオペラどう感じた?」


「さっきも言ったが素晴らしかった。演技とは思えないほど、愛の深さが伝わってきた。心情描写もリアリティが高くて感情移入しやすかったな」


「そうよね。ところでヒロインについてどう思った?」


「あの悲劇のヒロインだな。最後に元婚約者を殺害してしまったシーンだろう? あの演技力は特に凄まじかった。背筋がゾッとするほど戦慄を覚えた」


「それもそうなんだけど、ほら序盤の方で彼女はその婚約者の浮気現場を見て愛情から殺意に変化していくじゃない? それほどまでに愛が深かったってことよね」


「そうだな。憎しみに包まれながらも、元婚約者の暴走を止めてあげたくてあの男を殺害までしたのは、まさに愛ゆえに、と言ったところだろうな」


「……ヴァンでもやっぱりそう思うのね」


「……どうした?」


「私、ちょっと前まではただ憎くて殺してしまったのだと思ってた。浮気されて憎かったけれど、それ以上にあの男のことを愛していたのね。殺さないと彼は止められないから」


「そうだと思う。何か気になるのか?」


「……自分に照らし合わせてみたんだけど、私、もし私のパートナーが同じようなことをしても殺害まではしないと思うのよね。憎いとは感じると思うけれど」


「はは、そうだな。それにルフェルミアが殺意を持ったら確実に相手は殺されるだろうし」


「もう! なに笑ってるのよ。洒落にならないわ」


「確かに。だけどなルフェルミア。お前、俺がメリアに告白されたと言った時、確実に殺気を放っていたぞ?」


「え?」


「自分でわからなかったのか。あの時だけは俺も背筋が凍りついた」


「そ、そうだったかしら……」


「だが同時に、その……嬉しくもあったが、な」


「う、嬉しいって……なんでよ?」


「そんなの決まっている。お前が嫉妬してくれているんだ。お前のことが好きな俺からしたら嬉しいに決まっているだろう」


「ば、馬鹿なこと言わないでよ!」


 ヴァンがここ最近はあまりにもストレートに私への好意を伝えてくるので、私はついつい顔を伏せがちになってしまう。


 でも……彼とこうしている今がとても楽しい。



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