72話 デートの約束
「ひとまず状況をルフェルミアとドラグス、お前たちには話しておきたいと思って今日ここに呼んだんだ」
ヴァンが予知夢の状況をあらかた説明し終えて、そう言った。
「それにしてもわざわざこんな廃墟で深夜だなんて、いくらなんでも慎重すぎないかしら?」
「こんな深夜になったのは私のせいだルフェルミア。私がどうしても公務の都合上時間があけられなくてな。すまない」
「そうでしたか。でも殿下はお忙しいですものね。仕方がないです」
「それと今後についてなんだが……」
それから私とヴァンとドラグス王太子殿下の三人で、しばらく私たちの行動指針について話し合いをした。
けれど、結局何をどうすれば良いのかという解決への糸口は掴めずに終わった。
なんにせよ、ドラグス王太子殿下はこれからも全力で私たちをサポートしてくれると言ってくださったのはとても心強い。
……私の裏の顔だけは知られないようにしないとだけれどね。
「さて、すまないが、私はそろそろ帰らせてもらう。あまり王宮を空けすぎて誰かに私がいないことがバレると騒ぎになるからな」
「ああ。すまなかったなドラグス」
「他ならぬ友の頼みだ。何をおいても協力は惜しまん。……とはいえ私は今日何もできなかったがな」
「いえ、そんなことはないです。殿下の私へのそのお気持ち、私は嬉しくちょうだい致しましたよ。お応えだけはできませんでしたが」
「そう言ってもらえて何よりだ。まあ、あれだ。ヴァンに愛想を尽かしたら、いつでも私が貰ってやるから安心しろルフェルミア」
「は、はい」
私が少し困ったように返事をすると。
「……ドラグス。それは余計だ」
ちょっとムっとした表情でヴァンが呟いていた。
「ははは。ではな二人とも。ヴァン、いくら予知夢で今夜が安全だとはいえ、ルフェルミアをひとりで帰らせるなよ? しっかり屋敷までエスコートしてやれ」
そう言い残してドラグス王太子殿下は闇夜の中、消えて行った。
「ルフェルミア、俺たちも帰ろう」
「ええ、そうね」
ヴァンはドラグス王太子殿下に言われた通り、私をエスコートしてくれた。
もちろん手なんか繋いだりなんてしていないけれど、しっかり隣を歩いてくれている。
しかし隣を歩くヴァンの表情はかなり重い。
相当に参っているのが感じ取れる。
「ねえ、ヴァン。あなた満足に寝れていないんじゃないの?」
「あ、ああ。予知夢ばかり見るから、な」
「やっぱり。目の下のクマが以前より強くなってるもの」
「そうか……。だが、仕方がない。俺の悪夢は……俺の意思など関係なく見せてくるからな」
「ヴァンの夢の中って、自分が今予知夢を見ているんだってわかってるの?」
「ん? どういう意味だ?」
「現実と夢の区別が付かなくなったりしないのかしら、って思ったのよ」
「ああ、なるほど。それなら問題ない。俺は目覚めた時、夢の世界でも現実の世界でも必ず試すことがあるからな」
「それは何?」
「簡単なことだ。周りにある建物を少し破壊する」
「へ?」
「部屋の中だったら壁に穴を開けてみたり、外なら外壁や木などをへし折ってみたりする。そして一瞬目を離してすぐに元に戻っていればこれは夢なんだと判断するんだ」
「へえー、なるほどね。それで夢だとわかったら行動パターンを変えてみるわけね」
「そういうことだ」
「それにしてもどうして私の死期は早まったのかしら。やっぱり原因はこの前の舞踏会?」
「そうだろうな。あそこでの俺の行動結果が失敗だったんだろう……すまない、ルフェルミア……」
「そんな風に謝らないでよ。まだ私は死んでないわ」
「だが、俺の予知夢は……」
「ねえ、ヴァン。あなた、少し予知夢に囚われすぎていない? 先日の舞踏会だって、もう予知夢からは掛け離れた結果だったんでしょう?」
「そうだ。だからこんな最悪な結末になってしまった……」
「だーかーらー! どうして最悪って決めつけるの? まだ私は元気だし、何も起きていないわ」
「そうだが俺の予知夢が……」
「ヴァン。予知夢のことは少し忘れない?」
「わ、忘れる、だと?」
「そう。そんなことを忘れて、ちょっと楽しく過ごしてみない?」
「楽しく……?」
「ええ。この前約束してたオペラ。アレを明日一緒に観に行きましょ?」
「オペラ……そういえばチケットを買ったんだったな……。だが今はとてもそんな気分には……」
「馬鹿ヴァン。あなたね、そんな夢にばかり囚われてウジウジしてたって良い考えも対策も浮かぶわけないじゃない!」
「そ、それはそうかもしれないが……」
「だから明日は私とデートよ。オペラだけじゃなく、美味しいところにも連れて行きなさいよ。明日もどうせ昼前からリアン様はどこか出掛けちゃうだろうし」
「デート……俺とルフェルミアが、か?」
「そうよ。嫌なの?」
「嫌なわけあるか。俺はお前が世界で一番好きなんだぞ。仕事はあるが、余裕で休む」
「うっ……ちょ、ちょっと面と向かってそれ言うのはやめて。まだ耐性が低いんだから」
「……はは。ルフェルミアのそういうところも可愛くて好きなんだ」
「は、恥ずかしいからやめてよ。……でも、ようやく笑ったわね」
「ルフェルミア、お前、俺に気を使って……」
そんな会話をしていると、やがてグレアンドルの屋敷が見えてきた。
さすがに深夜なだけあって、誰とも会わずに無事辿り着けたようだ。
「もう着いちゃったわね。裏の勝手口の方から、そっと私が先に入るわ。それじゃ、ヴァン。明日のお昼過ぎね! 劇場の近くで現地集合よ!」
「あ、おい。ルフェルミア」
「なに?」
「その……ありがとう、な」
「……元気出しなさいよ、ね!」
私はそれだけを言い残して彼と別れたのだった。




