70話 ドラグス王太子の提案
「実は、ドラグスにだけは事情を話させてもらった」
ヴァンの説明によると、あの舞踏会の日以降、ドラグス王太子殿下が関与する予知夢を異様なほど見たそうだ。
そこでケヴィンと同じくヴァンは意を決してドラグス殿下には自分の予知夢のことを話して相談したのだとか。
ただし、私が裏稼業の人間であることまでは伏せてくれているとこっそり私に耳打ちで教えてくれた。
「正直驚かされた。初めて聞いた時はヴァンが私を謀っているとすら思ったからな」
「俺もいくらドラグスとはいえ、俺のこんな特異な体質の話なんて信じてもらえるとは思っていなかった。だから今まで言わなかった」
「うむ、そうだな。私も以前までのヴァンの言葉なら到底信じなかっただろう」
二人は笑いながらそう言った。
そこで私は尋ねる。
「殿下は何故ヴァンの言葉を信じる気になったのですか?」
「それはな、キミだ。ルフェルミア」
「は、はい? 私、ですか?」
「うむ。ヴァンがキミへの気持ちをはっきりさせたからな」
「そ、それと何の関係があるんです!?」
「ヴァンがようやく私を本気で信用した証だと思ったからだ。ヴァンが本音で私に気持ちを打ち明けてくれた。そんな今のヴァンの言葉なら、例え明日世界が滅びると言っても私は信じるだろう」
ドラグス王太子殿下って本当に凄い人だわ。
もちろんヴァンのことを心から深く信頼しているからなのでしょうけれど、それでも王族の人間がここまで他人を信用するなんて、中々ないと思う。
聖人ドラグスの二つ名は伊達ではないのね。
「ところでルフェルミア。今更だが、実は私もキミのことを異性として気に入っている」
「えッ!?」
「面と向かって伝えたことはなかったが、私が先日グレアンドル邸で夕食に招かれて、初めてキミのことを見た時から私はキミに心奪われていた」
ドラグス王太子殿下が私のことを想ってくださってるというのは以前も陰に隠れて聞いてしまっているけれど、こうして面と向かって言われてしまうと……。
「キミさえよければ私はキミを伴侶として正妃に迎えてもいい。それはつまり、将来カテドラル王国の王妃になるということだ。最高の贅沢と最高の地位、そして何不自由のない暮らしをこの私なら約束してやれるぞ」
こんな提案、普通なら恐ろしいほど喜ばしいものに決まっている。
玉の輿中の玉の輿なのだ。いくら私がイルドレッド家で最強として名高かろうが、大国の主のお妃様と比べれば大したことではない。
そこにきてドラグス王太子殿下はイケメンだし、優しいし、それに私だってお金は大好きだし、何不自由のない暮らしに全くときめかないわけではない。
「どうだルフェルミア?」
真っ直ぐに私を見つめてそう口説いてくるドラグス王太子殿下を横目に、私はヴァンの方をチラリと見てみた。
ヴァンは腕を組んで黙したまま、瞳を閉じている。
「……私はリアン様の婚約者ですよ?」
「それはあくまでヴァンの予知夢に従っている行動だろう?」
「そうですけれど、リアン様と結婚しなければ私は死んでしまうらしいので、殿下のご要望には応えられないかと存じ上げますが」
「そうか、そうだな。現状ではキミはそう応えるか。では、その予知夢のことを度外視して考えてみてほしい。そうしたら私のパートナーになってくれるのか?」
「そ、そんな急に……何故私なんかを……私なんて実際はロクな女ではありませんよ」
「男が女を好きになる理由なんて、至極単純なものなのだ。私はルフェルミアのことが気に入った。キミの内面を私はまだほとんど知らないかもしれないが、そんなのはどんな男女も同じことだ。交友を深めていかなければ見えないものなどたくさんある。まずはキミと付き合ってみて、私がよほどキミに対して不満がなければ私はキミと結婚したい。それほどにキミは魅力的だ。これは本気だぞ」
ドラグス王太子殿下は凄く直接、熱く想いを伝えてくれている。
この想いに対して私は率直に嬉しいと思った。
こんな私なんかを好きだと言ってくれるのだから。
けれど、やっぱり私は。
「……ごめんなさい殿下」
「それはどう言う意味での謝罪だ?」
「私は殿下とはお付き合いできかねます、という意味です」
「ふむ。理由を聞かせてくれるか?」
「それは……」
それは、何?
私が殿下からの熱烈なプロポーズを拒否する理由。
私はそれが本当にわからないの?
ううん、違う。とっくにわかってるし気づいてる。
気づかないフリを自分自身にしてるだけ。
何故そんなことを?
私は多分、怖いのだ。
本当の自分の想いを、本当に伝えるべき相手に伝えなくてはいけないことが。
何せこの記憶は千年も前から引き継がれた想いでもあるから。
「怖いのか」
ドキリとした。
ドラグス王太子殿下に見透かされるように言われて。
「キミは一見とても強かに見える。実際キミの高い魔力はキミ自身の誇りでもあり強さでもあるのだろう。だが、その奥の奥。キミの女性としての気持ちを露わにするということに、キミは臆しているのではないか?」
何故殿下はそんなことを……。
「ルフェルミア。今一度聞く。私のパートナーとなれ。なれないのならその理由を明確に教えろ」
私は……。
自分の気持ちに正直に……。
「わた、し、は……殿下のパートナーには、なれません」
「その理由は?」
「……私には心に決めた人がいる、からです」
顔から火を吹きそうなほど恥ずかしい。
今の私にはこれが限界。
「それは誰だ?」
「そ、それは……」
そんなの決まってる。
けれど、とてもじゃないけどこの場で言うなんてできない。
それができていたら魔女王ルミアのちっぽけなプライドはここまで引きずることはなかったのだから。
「……ふ。わかった。もうやめよう」
「殿下……?」
「すまなかったルフェルミア。キミを試すような真似をした。だが、本音でもあった。私はキミのことが気に入っているし、好きだ。だがキミにはとっくに想い人がいることもわかっていた。なあ、ヴァン?」
不意にヴァンへと話を放り投げかけられ、彼は一瞬ビクン、と身体を反応させた。
「……し、知らん」
「まあ、いい。とにかくわかった。ルフェルミア、私はキミの想いを尊重しよう。だがこれは友としてキミに忠告しておく。キミのその想い、志し半ばで伝えきれないなんてことが決してないように、必ずその相手に伝えるんだ」
「志し……半ば……」
「ああ。それがキミの……いや、キミたちの友としての助言だ」
「ありがとうございます、殿下……。その、なんだかすみません……」
「なに、謝ることはない。中々面白いものが見れた」
ははは、とドラグス王太子殿下は屈託のない笑顔を見せた。
本当に不思議な方だ。
まるで全てを見透かしているかのよう。
でも、おかげで私の中であやふやだったものが、より鮮明にはっきりと自分の中で理解できてきたような気がする。
それをいつか、言葉に出せる日がくればいいのだけれど。




