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66話 不気味

「それはあなたの答え次第ね」


「私めの、ですか」


 早朝からグレアンドル邸、私の部屋の中で張り詰めた空気が漂う。


 万が一、この場でケヴィンと戦うことになっても私は決して負けることはない。いくら暗殺者としての感覚が鈍ったからと言って、それでも私は自分が最強であることを自負しているし、その自信もある。

 ヴァンのように私のこと熟知していて、アンチマジックを施しているとかなら別だけれど、おそらくそれもない。アレは何年も前から準備していなければ出来ない芸当だし。

 ケヴィンでさえ、私が扱える魔法なんて一部しか知らないのだから。


「……、……はあぁぁー」


 と、ケヴィンが疲れた表情をして大きな溜め息を吐き出し、肩をがくーん、と落とした。


「お嬢様にはやはりバレてしまいましたな。そうです。私が勝手に首領(ドン)へお嬢様に関することをご報告させてもらいました」


「あっさり認めたわね。何故勝手なことをしたの? っていうか話した相手はガゼリアお父様だけ?」


「勝手なことをしたのは謝ります。無論、お嬢様に関することは首領(ドン)以外に話すわけがありません」


 そうか。そうなるとケヴィンは別にメリアと直接繋がっているわけではなさそうね。


「律儀なあなたのことだから、定期連絡をせずにいられなかったのね?」


「そうです。いくら首領(ドン)がこのミッションに半年間の猶予を与えてくださっているとはいえ、私めはあくまでルフェルミアお嬢様のサポーター。その私からの定期連絡すら無くなれば首領(ドン)がここに来てもおかしくないと判断したからでございます。だから書簡をヴェルダース地方へ飛ばしました」


「なるほど。それでお父様にはなんて送ったの?」


「以前のお嬢様の嘘を利用させてもらいました。お嬢様がリアン様に本気になり始めてしまったので、少し様子を見たい、と。それとここ一ヶ月以上普通の婚約者を演じて裏稼業を封印している為、勘が鈍ってきているようです、ともご連絡しました」


「そっか。それからお父様から連絡は?」


「来ました。わかった、お嬢様のこと、よく面倒を見てやれ、とだけ」


「そうなのね」


 となると、メリアはそれをガゼリアお父様から聞いたのかしら?

 でもメリアはイルドレッド組からすでに抜けていると言っていた。それなのにガゼリアお父様と連絡を取り合っているというのは考えにくい。

 ……わからないわね。


「申し訳ありませんお嬢様」


「いえ、いいわよ。確かにあなたからしたら報告しないわけにいかないものね」


「ご理解いただき、恐縮でございます」


 それからケヴィンは、またこれからグレアンドル家の使用人としての仕事があるからと私の部屋を出て行った。


 気になることは多い。

 メリアに私のことを話した存在の情報もそうだし、リアン様の今後の行動も気になる。

 何より今日、リアン様はどんな風に私にアプローチしてくるのか。

 昨晩の件から考えると、そっけない態度をとってくるのかしらね。


 ――と、思っていたのだが。


「やあ、おはようルフェ。相変わらず寝起き姿も可愛らしいね」


 ダイニングに着くといつも通りの態度と笑顔でリアン様だけがひとりで食後の紅茶を啜っていた。


「もう風邪は平気かい?」


「え、ええ。ありがとうございますわ、リアン様。おかげさまで一晩寝たらすっきりしました」


「そっか、それは良かった! キミが元気になってくれるのが何よりだよ」


 全く、リアン様には本当に恐れ入る。

 微塵にも昨晩の様子や嘘を態度や表情に出さない。


「リアン様こそ、昨晩はいかがでしたか?」


 こちらから少し踏み込んでみるとしよう。


「うん、さすがは王家の舞踏会だ。たくさんの高位貴族の方々が参加されてて皆さんと交流できたよ」


 笑顔は絶やさず、リアン様は続ける。

 基本あまり物怖じしないこの私でも、彼のその態度には少しだけ畏怖した。


「それは良かったですわ」


「本当はルフェと出たかったんだけどね。仕方ないから昨晩は別の人を代理としてパートナーとさせてもらったよ。さすがにひとりで舞踏会にいるのは忍びないからね」


「あら、そうなんですのね。どなたと?」


「僕が最近お世話になってる人だよ。偶然、会場に行く前に会ってね」


「へえ。どんな方なんですの?」


「黒髪がよく似合う綺麗な方だよ。ルフェ、気になるの?」


「そ、そうですわね。多少は……」


「ははは、そりゃそうか。嫉妬しちゃったかな? まぁその人とはそういう恋愛関係とかにはなったりしない、本当に仕事に関することだけの関係性だから安心して大丈夫だよ。僕はいつでもルフェだけだからね」


 特にボロは出さず、か。

 それにしても今見ると彼の笑顔の仮面はむしろ、怖さすらあるわ。


『皆様、リアン様のことを誤解されていますわねーと思って』


 昨晩のサフィーナ王女殿下の言葉を思い出す。


『彼は自分の欲望の為だけに動いていますわ。他人の気持ちなど、まるでゴミ以下のようにしか考えておりません』


 もしこの言葉が事実で彼がなんらかの目的を持って私との婚約関係を演じ続けているのだとしたら、今一番警戒しなくてはいけないのはやはりリアン様だ。

 だが情報は少しでも優位にしておきたい。


「ありがとうございますわ。リアン様。そういえばリアン様、最近就職活動に精を入れていらっしゃいますわよね。どういうお仕事になるのですか?」


「うーん、なんというか事業の立ち上げに近い感じかな。ちょっと説明が難しいんだけれどね」


 闇カジノ関連、ね。

 確かに聖女メリアと組んで違法な事業をしている、なんて私にでも話せるわけがないか。


「大変そうなんですのね。ご無理はなさらないでくださいねリアン様」


「うん、ありがとうルフェ」


 そんな会話をしていると私の食事が運ばれて用意され始めたので、私は行儀良くそれらを頂く。

 相変わらずグレアンドルのシェフの腕は素晴らしい。何を食べても美味しいものね。

 なんて内心で舌鼓を打っていると。


「美味しいかい?」


 いつも黙って私の食べる様子を見ていたリアン様が珍しく食事中に話しかけてきた。

 そういえば今日のリアン様は随分ゆっくりしているわ。いつもなら就職に関する活動で忙しくされているはずなのに。


「ええ、とても美味しいですわ」


「そっか。やっぱりうちのシェフたちは一流だよね」


「そうですわね。スープもお肉の味付けもとても素晴らしいですわ」


「うんうん。その牛肉のソテーなんて、昨晩の王宮で出されたものよりも質がいいだろう?」


「そうなのですね? 私も舞踏会で王宮のお料理を食べてみたかったですわ」


「ああー、そうだったね。キミは寝込んでいたんだ。ごめんごめん」


 もしかしてリアン様は私が会話でボロを出すか様子を見ているのかしら。

 それなら無駄ね。さすがに私もそんなに馬鹿じゃないわ。


 それからリアン様がちょくちょく昨日の舞踏会に関することをわざと言ってきたり、私に尋ねてみたりしたが私はうまく返答をした。


 しばらくして、リアン様はまた仕事に関することで出かけると言ったので私は彼をエントランスで見送った。


 それにしてもリアン様はやはり不気味なくらい優しい。私が昨晩舞踏会に参加していた確たる証拠がないからだろうか。


 一体彼は何を企んでいるのかしらね……。



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