64話 ラストワルツを終えて
「だいぶ遅かったな」
舞踏会会場に戻ると、落ち合う約束を指定していた場所にヴァンは待っていてくれた。
「ええ、メリアに会ったわ」
「な、なに?」
私はメリアの件の詳細は後で話すと言い、ひとまず彼女とは協力関係になれたことだけを告げた。
メリアはリアン様を連れて私たちからは離れるように動いてくれるとも約束してもらったし、ひとまず舞踏会会場で彼らと会うことはなさそうだ。
「そうだったのか。しかしリアンに知られているのはまずいな。どんどん悪い予知夢の方向性へと現実が引き寄せられている」
「ええ。ただまだ私たちの姿が完全に目撃されたわけじゃないらしいから、このままリアン様とは接触しないように気をつけましょう」
それからしばらくの間、周囲に注意を払っていたが、もうメリアもリアン様の姿も見かけることはなくなった。
これだけ見ないとおそらくメリアはリアン様を連れて舞踏会会場から抜け出したのだろう。
「次がラストダンスの曲だ。最後にもう一度踊らないか? ルフェルミア」
戻ってきてからはまだ一度もヴァンとダンスを踊っていない。
というかメリアの件があったせいですっかり忘れかけていたが、こいつはさっき私に……!
今更思い出して彼の顔を満足に見れなくなった。
「どうした? 何かあったか?」
「べ、別になにもないわよ!」
仮面を付けてくれていて良かった。
ヴァンの顔をまともに見なくて済むし、私の今の顔を見られなくて済むからだ。
「姫、お手を拝借」
「あなたらしからぬセリフね」
「たまにはこういうのもいいだろう?」
ヴァンにもこんなお茶目な部分があるんだ。初めて知った。
私は彼の差し出した右手に右手を添えた。
そうして私たちは今夜のラストダンスを舞い踊った。
ヴァンのステップは相変わらず実に見事だ。私が多少リズムとのズレを感じてしまってもすぐに順応し、合わせてくれる。
たくさんの不安があったはずなのに、不思議とそれらを忘れさせてくれる。
ラストワルツはスローテンポの曲で、雰囲気はとても良い感じに仕上がっていく。
「ルフェルミア」
身体を少し近づけて、ヴァンが耳元で囁く。
「な、なに?」
「何度でも言う。俺はお前が好きだ」
ひゃうッ!?
耳元でそんな風に甘く囁かれると……!
思わず足元がふらついてしまう。
と、すぐにヴァンが私の腰に手を回して、抱き寄せてくれた。
「すまん、驚かせたかったわけじゃない。俺が言いたかったのは、何があっても俺がお前を一生守ると、そう言いたかった」
そのセリフも十分駄目ですけれど!?
もうやめて……私の経験乏しい恋愛耐久性はとっくにゼロよ……。
「お前を死なせない。全てを犠牲にして、この身が朽ち果てようとも俺が必ずお前を守る。だからお前は安心して過ごせ」
「……そんなの駄目。あなたが朽ち果てるのは絶対許さないわ」
「俺はもう何度も失敗している。予知夢も、もはや追いつかないかもしれないところまで来ている。魔力もロクにないこの俺が投げ出せるチップは、もうこの身体だけだ」
「なら、私の魔力をあなたのチップに変えて。あなたが私を操ってよ」
「ルフェルミア、それは……?」
「私はあなたになら使われてもいいって言ってるの。あなたになら、私は……」
「……ッ」
ヴァンが目を見開いている。
「私だってあなたの、こと……」
勢いに乗って私が自分の気持ちを打ち明けてしまいそうになったその時。
「ルフェルミア、少し今の位置で動くな」
ヴァンが緊張感を漂わせ、そう注意してきた。
「まずい、リアンだ。俺からかなり離れた前方にいる」
「こちらには気づいていないんでしょう?」
「おそらく。だが……どういうことだ。リアンのやつが今話している相手は非正規の貴族兵団だ」
「非正規の貴族兵団?」
「ああ。陛下が正式に認可は出していない、貴族間で自衛などを行っている兵団のことだ。彼らに何か伝えている。あいつ、一体何を……」
非正規の貴族兵団に何かを……。
まさかッ!
「もしメリアの言葉が本当ならリアン様は兵団を使って私を探させる気なんだわ」
「な、なんだと?」
「おそらく私が他の男に誑かされたとか、婚約者を奪われたとか適当に理由を付けて兵団に協力をあおいだんだわ。非正規の貴族兵団ならお金で動くでしょう? リアン様ならお金を使ってやりかねないわ」
「そうか。そして俺たちがここにいる現場を押さえてしまえば全てにおいてリアンが有利になる」
「ええ。それにここで見つかるとあなたの予知夢の通りなら、おそらく……」
「ああ。取り返しのつかない事態になりそうだ」
「どうする?」
「……逃げよう。もう俺たちはラストワルツを踊り終えた。俺の予知夢で俺とお前がこうしてラストワルツを踊りさえすれば、その後お前はリアンと挙式を無事に行なうはずだ」
私はこくん、と頷いた。
気づけば貴族兵団の者たちがすでに私たちの付近をうろつき始めている。
「行くぞ。さりげなく会場を抜けるんだ」
「ええ、わかったわ」
私はヴァンに手を引かれ、兵団の者たちやその他の貴族たちに怪しまれないように、それでもやや足早に会場を抜け出した。
先ほど色々あった王宮とを繋ぐ連絡通路の方がひと気が少ない。こちら側から私たちは逃げた。
「少し走るぞ。ここから王宮の裏手口へ回り込めば、人目に付かずに王宮から脱出できるはずだ」
ヴァンに手を引かれるがまま、私は彼の背を追いかけた。
なんだかまるで駆け落ちをしているカップルみたい、だなんてくだらない妄想をしてしまうのも、私の恋愛経験が乏しすぎるせいかしらね。
でも、すごく高揚している。彼の手から伝わる熱が余計に私をドキドキさせている。
今夜の舞踏会はきっと、一生忘れることができない日になりそうだわ。




