63話 休戦協定
私は宣言通り、適当な部屋にあった羊皮紙を一枚持ってきてすぐに魔導式契約書を作製し、その後メリアの麻痺を緩和してあげた。
そして問答をする前にしっかりと彼女と契約を結んだ。これで互いの秘密も他言することは不可能となった。
メリアはしばらく目をぱちくりさせて私の魔力についてぶつぶつと独り言を繰り返していたが、目の前の事実は揺らぎようがないことも彼女はまた理解していた。
「……ルフェルミア。契約を結んだのだから教えていただけますかしら? あなたは一体どの属性の魔法が扱えますの? 現段階でも、闇魔法、光魔法、土魔法、風魔法が扱えますわよね」
「そうね。全てよ」
「……は?」
「私はこの世にあまねく存在する属性、そして現在存在している全魔法を扱えるわ」
「……は、はは。全属性って……。それはさすがに嘘ですわ。魔法の属性は細分化すれば十二属性もあるんですのよ? 魔法となるとそこから更に細分化されて何百という数や種類があるんですのよ?」
「ええ、そうね」
「そ、それを知識として覚えるだけでも何年……いいえ、何十年という月日が必要なはずですわ! いくらなんでも私と同じ18歳でそんな理不尽なレベルの知識量を覚えられるはずが……ッ」
「ごめんなさいメリア。何故それができるか、は私にもわからないわ。ただもう幼い頃から当たり前のようにできたの。それだけが事実よ」
「う、嘘……嘘……」
とはいえ理由は魔女王ルミアの生まれ変わりだからだろうけど、そこまでは言う必要もないだろう。
「メリア、もう私のことはいいわ。それより詳しい話を聞きたい。いいかしら?」
「……え、ええ、そう、ですわね。では最初の約束通り、まずは私にドラグス王太子殿下のことについて教えてもらいますかしら?」
「いいわよ。ドラグス王太子殿下は今、好きな女性がいて、それはどうやら私のことらしいわ」
「は?」
「だから、ドラグス王太子殿下は私に一目惚れしてるらしいの」
「……ルフェルミア、やっぱりあなたは殺しますわ!」
「落ち着いてよ。自分で言うのもちょっと恥ずかしいけれど、彼本人がそう言っていたのを陰で聞いてしまったのよ」
「うぐぐ……どうしてあなたはそうやっていつもいつも私の邪魔ばかりを……ッ」
「でも安心して。私はドラグス王太子殿下のことはなんとも思っていないし、万が一迫られたとしてもきっぱり断るわ。むしろメリア、あなたとの間を取り持ってあげてもいいわよ」
「またそうやって私を利用して……!」
「そ、それに私は他に気になる人、いるし……」
と、言っておけばメリアもすぐに話を聞いてくれるだろうと思った。
別にヴァンのことを言いたかったわけではないのだけれど。
「そんなの聞かなくてもわかりますわよ。ヴァン様でしょう?」
「な、なんでそう思うのよ? 今日はたまたま一緒に舞踏会に出ただけで、ヴァンとは婚約破棄されてるんだからそんなわけが……」
「あなた、そういう嘘は下手くそですわね。この前のあなたの視線や態度を見ればあなたがヴァン様のことを他の男たちとは違う目で見ていることくらい、すぐお見通しですわよ」
くそ、やられたわ。
まさかメリアなんかに見透かされているなんて。
「逆に安心したでしょう? 私の狙いがヴァン様じゃなくて」
「……く。メ、メリア、あなた、そもそもヴァンが好きだのなんだのってこの前グレアンドルの屋敷に来た時、言ってなかった!?」
「アレは勝手に勘違いしたドラグス王太子殿下がそう吹聴してるだけですわ。まあ、そういう風に思わせておいてヴァン様に近づいてから、ドラグス王太子殿下の情報を色々聞いたりとかしてましたけれど」
「まさかその為だけにわざわざヴァンに好きだって嘘の告白をしたわけ? ドラグス王太子殿下に近づく為に?」
「そ、そうですわよ! 私、別に本気でもなんでもない相手を誑かすのはなんとも思いませんもの! 悪い!?」
いや、まあ確かに私もリアン様相手だと嘘でも「好き」って言えちゃうからメリアの気持ちもわからなくはないけれど……。
「別に悪くないけれど……。それじゃあ今日は何故リアン様と一緒に舞踏会に来たの? リアン様とはどういう関係なの?」
「彼とは利害関係の一致ですわ。私の別のシノギに関することですわね。私のシノギ場で偶然、彼と少し話す機会がありましたの。リアン様には少し特殊な才能がありましたのよ。だから彼を利用して一儲けしようと考えてつるんでるだけですわね」
「シノギ、ねえ。賭け事好きなあなたのことだからどうせ闇カジノとかでしょう?」
「……そうですわよ。これについては文句を言われる筋合いはありませんわよ? 私個人のシノギなんですからね」
「別にそこはなんにも言わないわよ。ただそうなると、あなたとリアン様の関係から鑑みるに、今日リアン様に余計なことを言ってるわね?」
「ええ、そうですわ。ルフェルミア、あなたがヴァン様とここに来ているって言ってますわ」
やっぱり。
これはまずいわ。先に舞踏会会場に戻っているヴァンに伝えないと。
「余計なことを言ってくれたわね。面倒なことになりそうだわ」
「そうですわねえ。リアン様はおそらくあなたたちに慰謝料でも請求するのではなくて? 彼は金銭にはすこぶるシビアな考えを持っているようですし」
金で済むなら別に良い。
ヴァンの予知夢ではリアン様に私たちがここにいることがバレると私はリアン様との挙式後に死ぬことになっている。
その理由も原因もわからない。だからこそ今日の原因を作らないようにしたかったというのに。
「お金じゃないわ。リアン様に私たちがいることがバレると私は……死ぬわ」
「へえ。まさかそれがさっきあなたが言ってた占い師のお話なのかしら?」
「ええ、そんなところよ」
「でもあなたが死ぬって、一体誰があなたを殺せるんですのよ。私は悔しいけれど、もうあなたとは戦う気も失せましたわ。まさかこんな化け物だと思いませんでしたもの」
それが私にもわからない。
殺意を持って近づいてくれば今回のメリアのように、撃退は容易だ。
ヴァンが言うには殺意もなく近づかれたらいくら私でも殺される、というが……。
殺意のない人間に殺される、とは一体どんな状況なのか。
「で、他に何か聞きたいことがありますの?」
「そうね。最後に一番気になることを教えて」
「なんですの?」
「私の実力がおちぶれたって言うのは、どこから聞いた話なの?」
メリアのこの言葉がずっと引っかかっていた。
確かに私はヴァンと知り合ってから感覚がかなり鈍ってきている。裏の仕事から一ヶ月以上離れているせいもあるのだろうけど。
「それは言えませんわね」
「メリア、あなたそれは契約違反よ」
「何を言っているんですのルフェルミア。今しがた、契約をしたばかりなのだからおわかりにならないんですの? 私は言わないんじゃないんですの。言えないんですのよ」
なるほど、そういうことか。
この件に関してはすでに別の魔導式契約において束縛されているのね。
となると私の感覚が鈍っていることを知っている人物に限られてくるわけだけれど。
そいつが私を死においやる黒幕なのかしら。
「あまり長くリアン様から離れていると私も怪しまれますわ。あなたもそうでなくて?」
「そうね。そろそろ戻りましょうか」
「……ええ。それにしてもまさか暴虐女とこんな契約結ぶ羽目になるなんて、私もヤキが回りましたわね」
「それはこっちのセリフだわ。ま、せいぜい仲良くしましょ」
「私は聖女ですもの。言われなくても上っ面だけはいくらでも合わせてあげますわ」
「ふふ、ありがと。それじゃあ私は先に戻るわ。メリア、また何かあったら情報交換しましょ。あ、それとリアン様にはこれ以上余計なことは言わないでよ。この会場で鉢合わせしたくはないから」
「仕方ありませんわね。適当に話を誤魔化しておきますわよ」
「お願いね。私もヴァンにドラグス王太子殿下へあなたの良いところ、たくさん伝えておいてあげるよう頼んでおくから」
「よ、余計なお世話はしなくてよろしいですわ! ふん!」




