62話 メリアの本音
まさかとは思うけれど。
「メリア、あなたまさかドラグス王太子殿下が好きだったりするの?」
なーんて、まさかそんなくだらない理由が知られたくないくらいで死を選ぶなんて馬鹿な真似するはずが。
「……ふぐぅ」
え、なに、その反応。
見たことないくらい頰を膨らませて変な顔しているけど、それなんなの?
まさか本当にこの子……。
「も、もし万が一そうなら私がさっき聞いた秘密は知るべきだと思うなあー……なんて」
「う、ぅぅ、ぅ、ぅ……」
変な顔をしながら本気で悩んでいるわ。
図星だったの、ね。
「メリア。あなたが本気でドラグス王太子殿下を好きなだけなら私はあなたと契約を結ぶわ。それなら私にとって危険性はなさそうだし」
「う、ぅ、ち、違いますわ。わ、私が好きなのはヴァン様の方ですわ……」
「……んー? あなたって昔にもなんか同じようなことがなかったかしら?」
なんだかこの光景がデジャブな気がするのよね。
「ルフェルミア、あなた忘れて……っく。だ、だからあなたのことなんか大っ嫌いなんですわッ!」
「あ、思い出したわ。イルドレッド領にいたアリューゼっていう騎士様の件だわ」
「殺せ! 私を殺しなさい! もうこれ以上恥の上塗りはできませんわ!」
「あなたは確か、まだ8歳の子供だった癖に、そのアリューゼっていう青年騎士様が好きだったのよね。でもあなたはどうしてもその騎士様に告白できなくていつも周りくどく彼のことを調べていたわね」
「やめて! それ以上喋らないでくださる?! 耳が腐りますわ!」
「でもなんかアリューゼは私の方をよく可愛がってくれたのよね。まあ今思い返すと私はガゼリアの娘だから激しく気を使っていたんでしょうけれど」
「あああーッ! もういい、もういいですわ!」
「それであなたは私に嫉妬して、私に嫌がらせをしてきてたわね。その都度私はそれを回避して、それであなたに問い詰めたんだったわ。なんでこんなことするのって」
「あーッ! あーッ! あーッ! 聞こえないーーッ!」
「私がなんの気もなく、もしかしてアリューゼに構って欲しいの? ってあなたに聞いた時と今のあなたが重なるんだわ。あー、納得」
「死ね! 死ね! ブス! 馬鹿! くそったれ!」
「ちょっと、聖女様。その言葉遣いはまずいわよ」
「うるさいですわ! 腐れ外道! ばか! ばか! ばか! ばーか! ばぁーっか!」
涙目で顔を真っ赤にしてどんどん語彙力が低下している。
これは完全に図星のようね。
「……まあ、でも、そういうことならいいわ。契約、結んであげるわよメリア。ドラグス王太子殿下の好きな女性のことやその手の情報、全て教えてあげるし。どうする?」
「もういいですわ! 私はもう死にたい!」
「まあまあそう言わないで。ドラグス王太子殿下ならメリア、あなたにもワンチャンあるわよ?」
「そんなこと言って私をまた馬鹿にして! もうあなたの口車になんて乗りませんわ! 早く殺しなさいよ!」
「メリア、そんなこと言わないで。私はむしろメリアとドラグス王太子殿下のこと、応援したいと思っているのよ」
「な、なんでですのよ……?」
「だってあなたがドラグス王太子殿下とくっつけば、周りの情報を私も知れるでしょ? 契約に基づいて、ね」
「ルフェルミア……あなたはやっぱり卑怯な女ですわ。そうやって私の長年の慕情を利用して……」
「あ、やっぱりドラグス殿下が好きなんだー。あはは」
「きぃー! 殺す! 殺しますわ!」
「いやいや、立場今完全に私の方が上だから」
「じゃあ殺して!」
「それはもうわかったから。メリア、協力しましょう? 私はあなたと休戦して協定を結びたいわ。あなたが味方なら心強いもの」
「ふ、ふん! なによ今更煽てて……。私のこと、ずっと見下していた癖して!」
「メリア、私は本気なの。あなたがドラグス王太子殿下への想いが本気なのがわかるくらい、私も今の自分の見えない状況に抗うのに必死なのよ。この言葉、これから契約するにおいて嘘偽りのない言葉よ。太陽神に誓ってもいいわ」
「……暴虐女が容易く我が主、太陽神カテドラ様を崇めないでくださるかしら」
「さすがは一応聖女様ね」
「一応は余計ですわよ」
「そういえば何故あなた、聖女になんかなったのよ?」
「……言いたくないですわ」
「駄目よ。言いなさい」
「……っく。わ、私の魔力なら聖女になれると思っていたら、本当に運良く抜擢されただけですわ!」
「そうだとしても普通引き受けないでしょ? 聖女なんて面倒なこと」
「うるさいですわ、うるさいですわ! どうでもいいでしょう!?」
「あ、わかった。もしかして聖女になればドラグス殿下とお近づきになれると思ったからー、とか?」
「……ふぐぅッ」
なるほど、この子は肯定の時はこの顔をするのね。
それにしても驚かされた。メリア、本気でドラグス王太子殿下を好きなのね。
「わかったわ、これ以上詮索しない。ちゃんと今後も殿下の情報はあなたにも届けてあげるから安心してよ」
「……はあ、わかりましたわルフェルミア。あなたと契約、結んであげますわよ」
「ありがとうメリア。それじゃあもうこのナイフはしまうわね」
私は彼女の首から腕を離し、ナイフも片づけた。
彼女はぺたん、と床に尻餅をついた。全身が麻痺しているからだ。
「……ルフェルミア、ひとつ教えなさい」
「なによ?」
「あなた、イルドレッド領にいた頃から魔力球遊びで本気を見せたことがありませんでしたわよね。実際、本気でやったら何秒いけますの?」
今日初めてメリアと少し本気でやりあった。
彼女も馬鹿じゃない。私との実力差を理解しただろう。少しくらい本音で答えてあげるか。
「最大値よ」
「さ、最大って……ろ、60秒ってことですの!? そ、そんなの大陸最強の大魔導師様や大聖堂の大神官様でも不可能な数値よ? さ、さすがに嘘ですわよね?」
「メリア。それを本気か嘘かと思うのはあなたの自由よ。でも、もう今のあなたならわかるでしょう?」
「……う、嘘。ルフェルミア、あなたは本当にそんな化け物じみた魔力を……。で、でも、それくらいじゃなきゃこの桁外れの強さ、納得できませんわ……でも、でも……」
「それよりメリア、あなたの身体の麻痺、今から少し和らげてあげるから契約を結びましょう。魔導式契約書は適当にその辺から羊皮紙を一枚持ってくればすぐ作れるから」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい。いくつか疑問がありますわよ。まずは麻痺の緩和。これは癒し系統の魔法、つまり光魔法に分類されますわ。だから反属性の闇魔法を最も得意とするあなたには扱えるはずがないですわよね? それと魔導式契約書の作成には魔道具に関する知識と物質に魔力を付与する土属性と風属性の魔法を扱えないと無理ですわ」
「ええ、そうね」
「ま、まさか、とは思いますけれどあなたは……その全てができる、と?」
「そういうことになるわね」
「う、嘘。嘘ですわ。いくらなんでもそんな……」
「メリア。今まで隠していたことは謝るわ。でも私のこの異常な魔力、安易に知られると色々面倒なのよ。だから誰にも話していないの。当然これからあなたと結ぶ契約にこの事の他言厳禁も記すわ」
「そんな、そんな人がいる、だなんて……あ、ありえませんわ……。信じられない……嘘ですわ……」
メリアはそれからしばらく「嘘、嘘」と繰り返していたが、逆にそれは彼女が本気で私の言葉を信じた何よりもの証だと思った。




