61話 メリアと取引
決着は一瞬。
私が少し本気で肉体強化魔法をかけ、俊敏に動き回るメリアよりも更に高速で動き、彼女の背後をとって彼女の首に腕をかけ、それで終わりだった。
「くっ、う、ぐ……ッ」
「遅すぎよ。ナイフの軌道も殺気も魔力の扱い方も、あなたは一流すぎて動きが読みやすすぎる。ま、昔よりはだいぶ速くなってるし、光魔法の威力もある程度あがったみたいだけれどね?」
それでも私の足元にも及ばない、というニュアンスが彼女にハッキリ伝わっただろう。
左腕で彼女の首を絞め、右手には私のナイフをメリアの首元に当てている。
無論それだけではなく、左腕から彼女の首元を伝わせて闇属性の神経麻痺毒系の魔法を流し込み身体の自由も奪っている。
「くっそ、は、離せ、離しなさいよ、この卑怯者!」
「卑怯?」
「弱くなったふりなんかして私を謀ったんでしょう!? どうせあの魔力球遊びの時から! 相変わらずルフェルミア、あなたのやり方は卑怯なんですわ、この腐れ外道!」
「よくわからないけれど、魔力球遊びは確かに手を抜いてるわ。あんなの本気になるわけないじゃない」
「それだけじゃないですわ! あなたのアサシンとしての実力が魔力と共に以前よりかなりおちぶれたって聞いていたから私は絶好のチャンスだと思ったのにッ! アレすらもあなたの作戦だったんですのね! そうやって私を弄んで、馬鹿にしたかったんでしょう!?」
メリアは一体何を言って……?
「以前においても私とあなたにそれほど実力差はなかったはず! だから聖女として日々魔力の向上をさせている今の私なら確実にあなたを殺れると思ったのにッ!」
それは……この子の勘違いね。
私は元々イルドレッド組の者たちにも実力をかなり隠しているから。
「メリア。残念だけれど以前から私とあなたには大きな力の差があったわ。私はあなたが同胞だったからあえてあなたを刺激しないように振る舞っていただけ」
「……っく。やっぱりルフェルミア、あなたは卑怯者ね! そうやって自分の実力を隠して身内も油断させる。とんだ腐れ外道ですわ!」
私の言葉を認めざるをえなかったのだろう。メリアは憎々しげにそう言い返すしかなかった。
「さて、どうしようかしら。メリア、あなたがもう同胞ではないというのなら私が今やるべき選択肢はなんだと思う?」
「いちいち聞くんじゃないですわ! 勝手に好きに殺しなさいよッ!」
「……ねえ、メリアこういうのはどう? 今後私に情報やらを提供、協力してくれたなら私はあなたを殺さず、あなたの正体も一切口外しないっていう契約。休戦協定よ。悪くないと思うのだけれど」
「ふん。そんなこと言って、聞くだけ聞いて始末するつもりなんでしょう? そんな浅はかな契約を私たちが安易に飲むわけがないのはあなたの方がよく知っているのではなくて!?」
「普通ならそうね。けれど私は今自分のとある問題の解決の為に情報がどうしてもほしいの。だから誓約書も書いてもいいわ。もちろん破ることは不可能な魔導式誓約書よ。それならあなたも納得できるでしょう?」
「な、何故そこまでするんですの!?」
「言ったでしょ、自分のとある問題の為よ」
「それが何か教えないなら、協力なんてしませんわ!」
「……仕方ないわね。実は私、占い師にこのままだと何者かに殺されるって言われてるのよ」
「はあ? な、なんですのそれは!?」
「私もよくわからない。けれどその占い師は百発百中で未来を当てるらしくてね。私も念の為、ずっと警戒を高めているのよ」
「……それで私から情報を探りたいというんですの?」
「そうよ。これでも信じないなら別にいいわ。残念だけど終わりにするしかないわね」
「……」
メリアは少し考えるような素振りを見せたあと、
「……条件をつけてもよろしくて?」
「あなた立場わかってる? あなたにそんな権限ないけれど?」
「飲めないならいいですわ。殺しなさいよ」
聖女となったとはいえ腐っても元裏稼業の人間。さすがにただで従わないわね。
「言ってみなさい。内容次第で考えたげる」
「ドラグス王太子殿下の情報を事細かく私に教えて欲しいですわ。あなたならヴァン様から色々聞く機会も多いでしょうから」
「ドラグス王太子殿下の? 何故?」
「な、なんでもいいでしょう。理由なんて」
「てっきりヴァンのことを教えろと言うのかと思ったのだけれど」
「ヴァン様のことなんてどうでもいいですわ。私はドラグス王太子殿下のことだけ教えてほしいんですの」
「目的は何? それを聞かない限りその条件は飲めない。不確定要素を増やすと私の身にも危険が及びそうだもの」
「別に危険なんてありませんわよ」
「わからないでしょう? あなたは昔から薄暗い計画を練ったり仕組んだりするのが得意なんだから」
「……言えませんわ」
「それじゃあやっぱり契約は無理ね。私もそこまでお人好しじゃない。メリア、残念だけどあなたはここまでよ」
「この秘密を暴かれるくらいなら死を選びますわ」
そんな言い方をされたら余計に気になる。
彼女にとってドラグス王太子殿下のことを探る理由が死よりも大切なことだと言うの?
その理由、どうしても気になるわ。
「……じゃあ別の質問をさせて。メリア、あなたはリアン様とはどういう繋がりがあるの?」
「それは……それなら、契約を結んだあとでなら答えてあげてもいいですわ」
っち、この女。
逆に私の足元を見てきてるわね。あまり調子に乗らせるわけにはいかないわ。
「ふーん、そう。じゃあやっぱり残念ね。ドラグス王太子殿下についてはついさっき、ものすごい秘密を聞いてしまったけれど、それを知らずにあなたは死ぬだけね」
「な、なんですのそれ? ものすごい秘密って!」
「それこそ契約を結ばないと言えないわねえ?」
「……っく。じゃ、じゃあこれだけ教えてくださる? そのドラグス王太子殿下の秘密っていうのは彼のお金に関すること? それとも女性関係に関すること?」
「それで言うなら後者、かしらね」
「……ッ!」
私が答えるとメリアの反応が変わった。
まさかこの女……。




