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60話 殺戮の女神

「さすがに気付きましたわね」


 連絡通路の奥。

 薄暗い闇の中からその声と共に強烈かつ苛烈な殺意を剥き出しにし、こちらへカツカツとわざと足音を立て()()ながら私へと歩み近づくのは、やはり、と言うべきか。


「……メリア」


 聖女であり殺戮の女神とも称される彼女、メリア・ウィンストンだった。


 私は仮面を被っていたが、やはり彼女クラスの実力者になると私の魔力や気配で私のことは見透かされてしまう。

 だからこそ舞踏会会場の中ではなるべく彼女とは距離を保っていたのに。


「腐れ外道のルフェルミア。そんな仮面を被って、何故、こーんなところにいるのかしら?」


「快楽殺人狂の殺戮女がよく言うわ。あなたこそどういうつもりよ?」


「どうもこうもありませんわ。私は聖女なんですのよ? 王女殿下から舞踏会に招待されるのなんて当たり前でしょう。それよりもあなたの方がどういうつもりなんですの? 婚約者であるはずのリアン様を放ったらかしにして」


「……別にあなたには関係ないわね」


「関係おおありですわよ。だってあなた、私のヴァン様とここに来ているでしょう?」


「違うわ。私はひとりよ」


「そんな馬鹿な冗談が通用するとでも?」


「メリア、あなたも大概しつこいわね。だいたいなんであなたが聖女なんてやっているの? ガゼリアお父様はいつまでも戻らないあなたのことを気にかけていたわよ?」


「関係ありませんわね。私はもう首領(ドン)にはもう解約金を支払いましたもの」


「解約金ってまさか……」


「ええ。私は三年ほど前、すでにイルドレッド組を抜けてますわ。無論、イルドレッドに関する秘密の漏洩厳禁については守っている、というか守らざるを得ないから他言はしておりませんけれどね」


 イルドレッド家はイルドレッド組員たちに、私たちの裏の仕事に関する全てのことに身内以外への他言厳禁を伝えている。とはいえ、いつ、如何なるところで秘密が漏れるかはわからない。

 そこで我が父ガゼリアは全てのイルドレッドに連なる者たち全員に情報漏洩不可の契約を施している。その契約とは魔導式契約書と言って、この契約書に互いの血印で承認すると、決して破ることのできない強制的な制約となる。

 一種の言語束縛系の呪いに近い魔道具みたいなものだ。


「あなたはまさか聖女になる為に組を抜けたの?」


「まあそれもありますけれど、実際の目的は少し違いますわね」


 メリアの殺気が更に一段と濃くなったのを感じる。

 体内の魔力を高めているのね。

 この子、本当に私とやりあう気なのかしら。


「同胞内での殺し合いは御法度。これがね、凄く凄く、嫌で嫌でたまらなかったんですの」


「……どういう意味よ?」


「私はね、ルフェルミア。昔から、ずっとずっと、あなたを、殺したくて殺したくて、殺したくて殺したくて殺したくてッ! どうしようもなかったからですわッ!」


 殺意を込めた言葉を放つと同時にメリアは瞬時に私の眼前へと距離を詰めた。

 さすがは同じサイレントキリングを学んできた同胞。その動きも俊敏さもケヴィンと遜色ないレベルだ。

 メリアが右手に仕込みナイフを取り出していたのが見えた。私は瞬時に体勢を低くし、彼女の横一閃の攻撃を回避する。


「相変わらず良い動体視力ですわね!」


 それをかわされるのは分かっていた前提でメリアはすでに次の手を打っていた。左手の平がすでに私の方を向いている。

 彼女は希少な光属性を得意とする元暗殺者だ。光属性の魔法で殺傷能力が高いのは――。


「シャイニング・レイッ!」


 初動のナイフ攻撃の際にすでに詠唱を済ませておき、それをかわされると同時に発動の為の『呪文』を放ってきた。

 シャイニング・レイは光魔力を光線のように凝縮させ、高速で物質を焼いて貫く高火力の高難度魔法だ。

 それを難なく扱えるのはさすがだし、魔法の準備や使い所も一流だ。並の人間ならこれでほぼ間違いなく死んでいるだろう。

 というかまあそれくらいでなければイルドレッドの暗殺者など務まらないのだけれどね。

 

 それにしてもヴァンの予知夢、私を死に追いやる運命の元凶はメリア・ウィンストンってわけね。


 もしそうだとしたなら――。


「とてもじゃないけれど、お話にならないわね」


 シャイニング・レイが私の身体の中心、心臓部を狙って放たれているが、私はそんなものを避ける気などサラサラなかった。

 何故なら――。


「直撃! やはり勘が鈍ったんですのねえ暴虐のルフェルミア! それとも私の魔力がもはやあなたを超えてしまっていたのかしらぁ!?」


 メリアが楽しそうに声をあげている。

 まだ気づいていないか。


「相変わらず馬鹿ねメリア。あんなので私にダメージが通るとでも思ったの?」


 私は何事もなくその場に立っていた。


「なっ……そんなはずは!? あの高速魔法を打ち消すなんて、事前に私と同じ光属性の魔力と魔法で身構えていなければ不可能ですわ! だから当たれば必殺のはず……」


「当たれば、でしょ? 当たってないもの」


「……く。相変わらず癇にさわる女ですわね!? 一体何をしたんですの!?」


「さあ?」


 私がしたのは彼女の言葉通りシャイニング・レイを同じ光属性の魔法で相殺しただけだ。

 彼女程度の目では確実に追いきれない私の処理速度で。

 私が全属性の魔力を操れることをメリアは知らない。イルドレッド組においてもそれを知っているのは父、ガゼリアくらいなもので他の者たちは、私の魔力が高いことと得意属性が闇魔法だということくらいしか知らないのである。

 こういう仕事柄、自分のことは無駄に話さないのだ。


「……そのふてぶてしさが、昔っから大嫌い、なんですのよッ!」


 メリアは続けて仕込みナイフでの連続攻撃に転じ、同時に光魔法『シャイニング・レイ』を繰り返し撃ち放ってきた。

 メリアの魔法は当然とてつもない威力で、私に当たらなかったそれは連絡通用の壁や柱に見事な穴をあけてしまっている。


 でも、もういいかしらね。

 メリアの実力は再確認できたし、いい加減逃げ回るのも飽きたわ。

 派手に王宮の舞踏会ホールを破壊してしまうのもまずいだろうし。


 さて、サクッと終わりにしちゃいましょうか。


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