5話 リアンの想い
「落ち着け! 鎮まらんか!」
ドウェインお義父様が喝を入れて、平静を促す。
「全く……一体何がどうなっているというのだ……」
一喝を入れはしたが、ドウェインお義父様も困り顔をして見せる。
とはいえその実、この私も困惑しているわけで。
なんなのこのヴァンという男は……!?
一体人の事をなんだと思っているわけ!?
ブスだのデブだの言いたい放題言ってくれちゃってさあ!
しかもよりにもよって人を臭いだなんて!
私は誰よりも体臭には気を配っているというのに!
「って言うかさー、ヴァン兄様とルフェルミアさんが婚約破棄したのはいいとして、なんで今度はリアン兄様と婚約してるわけ?」
混乱極まるその場に、若干気の抜けた淑女の声が響く。
淡いピンクのネグリジェ姿で気だるそうにしているものの、可愛らしい顔立ちに母親と同じく輝くようなプラチナブロンドのウェーブ掛かったロングヘアーがよく似合う少女はグレアンドル家最年少の長女、プリセラ・グレアンドルだ。
「それは僕の方から話そう」
そして最後に口を開いたのは、この中で唯一銀色の髪色をした常に柔らかな笑顔を崩さない誰が見てもイケメン中のイケメン、リアン・グレアンドルだ。
「実はねドウェインお父様、ミゼリアお母様。僕は初めてルフェが……ルフェルミアがこの屋敷にやってきたあの日……いや、もっと以前から彼女に恋していたんだ」
「リアン……あなたそれは本気で言っているの!?」
「ああ本気だともミゼリアお母様。僕はこの一ヶ月間、ずっとずっとルフェの事ばかり見ていた。彼女の仕草、話し方、小柄で細身の可愛らしい容姿、愛らしい笑顔、惚れ惚れするような美しいアクアマリン色の髪にルビーのような赤く輝く瞳。男を惑わす可憐な匂い。その全てが僕を虜にさせたのさ」
さすがはリアン様だわ。私の事をちゃんと見てくださっていたのね。凄く嬉しい。
それにしてもリアン様ったら、そんなにも私の事を……。
思わず顔が火照りそうになる。
「可憐な匂いって……。だってさっきヴァン兄様はルフェルミアさんのこと、くさいとかなんとか言ってなかったっけー?」
「はは、プリセラ。それはヴァン兄様の鼻がイカれているだけさ」
そうそう、それだけは間違いないわ。私のどこが臭いって言うのよ全く。
「とにかくそんなわけで僕はヴァン兄様とルフェの婚約関係が解消された現場を見て、不躾ながらもすぐにルフェに求婚したんだ。ルフェは戸惑いながらも僕の求愛を受け入れてくれたというわけだね」
リアン様の仰っている言葉は何ひとつ間違っていない。
私はリアン様からの求愛を受けた。
だって、私の本来の目的はまさにこのリアン様にあったんだもの。
銀髪で素敵な笑顔で、誰にでも優しい紳士のリアン様にお近づきになりたくて、好かれたくて、愛されたくて、こうしてヴァン様の傍に居続けたのだから。
彼の為に私はこの一ヶ月間、辛酸舐め続けてきても、文句ひとつ言わなかったのだから。
「だからってリアン、あなた! こんな突然に……」
「ミゼリアお母様、僕とルフェが結婚する事自体はなんの問題もないだろう? これで高い魔力を持つ子孫が残せるんだからさ」
グレアンドル家の特殊な魔力タイプはヴァン様だけではなくリアン様も同様で、私は当然リアン様との魔力の相性もばっちりだった。
この世の権威は第一に血統、第二に財力、第三に魔力となっている。
特に魔力は様々な分野において重要な価値があり、場合によってはその力だけで国を統べる可能性すら秘めている。
グレアンドル家は血統と財力には恵まれていたが、魔力にだけさほど恵まれていなかった。
現在の王政を乗っ取ろうとまで考えている野心高いグレアンドル家は、後々の事を考えて高い魔力を持つ子孫を残そうと考えたのである。
その為に相性の良い相手を探し続けた結果、私に白羽の矢が立ったというわけだ。
「でもそれは本来ヴァンの役目だったのよ! それにリアン、あなたわかっているの!? あなたにはあなたの大事なお役目があるのよ!? 王女様と結ばれるという大事なお役目がッ! あなただって王女様の事をとても気に入っていたのでしょう!?」
諦めきれないミゼリアお義母様が声を荒げた。
だが、それもそのはず。
何故ならリアン様は今、とある女性から熱烈な求愛を受けている。その相手はなんと国王陛下の愛娘、つまり王女殿下であった。
リアン様は先々月に開かれた王宮主催の舞踏会にて王女殿下に気に入られ、それ以来猛烈なアタックを受け続けている。
これでグレアンドル家が王家とも密接な関係を作れるとミゼリア様とドウェイン様は大いに喜んだ。
長男のヴァン様が魔力に優れた妻を娶り、そして将来有望な子を授かり、かたや次男のリアン様は王女の婿養子として王家に入り込む。
そうなればやがてはグレアンドル家がこの王国の実権を握る日もそう遠くはない。
そういう目論見がドウェイン公爵とミゼリア公爵夫人にはあった。
だが――。
「……確かに僕は先々月、初めて王女様と出会い、会話を交わした時、彼女に惹かれかけていた。だけど、実はその翌日。偶然町で出逢った一人の女性の方に心奪われてしまったんだ」