58話 向けられた殺意
それからヴァンとドラグス王太子殿下は少しの間、会話を交わし、そしてドラグス王太子殿下もその場から去って行った。
ドラグス王太子殿下は最後に「お前がもしいつまでもウジウジとやっているなら私は本気でルフェルミアを奪いに行くつもりだ。覚悟しておけ」と念押ししていた。
「ルフェルミア、もういいぞ」
そんな会話ばかりをずっと聞かされていたものだから、私はずっと頭に血が昇っていた。
「おい、ルフェルミア?」
「うぅー……」
私は柱に向かって顔を隠していた。
こんな状況で一体どんな顔をしてヴァンを見ればいいのよ……。
「何をやっている?」
「うるさいー……」
とてもじゃないけれどヴァンの顔なんて見れない。
あんな、私がいる前で、私のことを……。
「もしかしてさっきの会話のこと、か?」
「〜ッ、そ、そうよ。あなたが変なこと言うから……だいたいドラグス王太子殿下も……」
「ああ。あいつもルフェルミアのこと、好きだと言っていたな。お前は美人で可愛いから当然だ」
「びじ!? な、何を言ってるのよ!」
「ドラグスはお前の見た目に一目惚れしたと言っていたからそれは間違いない」
「……ッ、そ、そんなこと言われたって、あんな、夕食の時、初めて一回会っただけでそんなこと……」
「ドラグスはああいうやつだ。なんでもかんでも見た瞬間にそのデフォルメに惚れる体質なんだ。気にするな」
「あ、あのねえ! そんな私を物みたいな言い方して……! それに、そんなことより私はあなたが……!」
「俺が?」
「あ、あな、あなたが……その、わ、私のこと……」
駄目だ、思い出すと頭が沸騰しそう。
「……後出しみたいな形だが、アレは事実だ。俺はルフェルミア、お前のことが好きだ」
ひい!?
ヴァンのやつ、今度は私だけに言ってる!?
「告白がこんな形になってしまったのは申し訳ないと思っている。だが、もうこうなれば嘘偽りをお前に言うのはやめた。俺は最初からお前が好きなんだ、ルフェルミア」
「……そ、そんなこと……突然、言われても」
どうしよう、これ冗談じゃないよね。
こんな二人だけの状態で冗談なんて言うはずないし、そもそもこいつはそういうこと言うタイプでもないし。
「俺は……今だから言うが、お前以外の女は女として見たことがない。予知夢でお前を見始めた幼い頃から、俺の心はルフェルミア、お前だけに釘付けだ」
私……だけに……。
「今日のことは最初から予知夢の想定外すぎる状況となってしまった。何故こうなってしまったのか、俺にはわからない。この先どうなるかは今晩、俺が再び予知夢を見るまでどうなるか全く想像もつかない」
やっぱりそうなんだ。
ヴァンはつまりこの見たこともない現実を恐れているのね。
「夢は何度でもやり直せる。だが、現実は刻一刻と迫り、確定した現在は決してやり直しがきかない。そして俺の予知夢は今回の現実に間に合わなかった。今日のパターンは見たことがなかったからだ。朝、雨が降っていたあの時から俺は、今日のことを……もう、諦めかけていた」
ヴァンはきっとこれまで無数の予知夢を繰り返し、試して、行動を変え続け、より良い未来を選りすぐってきたんだ。
それが間に合わなくなって、彼は初めての出来事に怯えている。それが彼の言葉から感じ取れた。
「だから後悔だけはしたくないと、さっきのドラグスの言葉で思い知らされた。だからこそ、俺の本当の心だけはルフェルミア、お前に……お前だけにはわかってもらいたいと、そう思った」
ヴァンは真摯に気持ちを注げてくれている。
それなのに私は何も言えずに……。
「ルフェルミア、もう一度言う。俺は、ヴァン・グレアンドルはルフェルミア・イルドレッドをこの世で一番愛している」
ヴァン……。
私は……私の気持ちは……。
「返事は別にしなくていい。これは勝手な俺の想いだからな。さて、俺はもう行く。リアンとメリアの動向にも気を配っておきたいからな。お前はまだ用を済ませていないのだろう。先に戻っている」
ヴァンはそういうと、再び仮面を付け直して私から離れて行った。
お手洗いに来ただけなのにとんでもないことになってしまったわ。
でも、ヴァンが先に戻ってくれてよかった。今はとても仮面無しに彼を見れないもの。
それにしても本当に顔が沸騰してしまいそう。
私、これまでの人生で異性にあんな風に告白されたことなんて……。
『ルミア、俺は世界でキミを一番愛している』
……あった。けれどそれは千年前の、私が魔女王ルミアだった頃の話。今現在の、このルフェルミアはそんな告白など受けたことがない。だから当然免疫なんかあるはずもない。
……はあ。まだ心臓のドキドキが収まらないわ。
ひとまず私も忘れかけていた尿意も思い出し、小走りでお手洗いへと向かった。
用を足してすっきりし、舞踏会会場へ戻ろうとしたその瞬間。
――ッ!
今度は私の感覚がしっかりと捉えている。
確実な、私への殺意を。
私は今、仮面をつけている。それなのにも拘らず私へ向けているこの確かな殺意。
つまりこれは、仮面をつけたこの私を私だと知っている者だ。
距離はおよそ20メートル。この連絡通路に向かってきている。
私は先ほどまで顔を向けていた柱を、今度は真逆に背に当てて、こちらに向かってくる存在への警戒心を高めた。




