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56話 ヴァンの告白

「お兄様、その辺になさって。ヴァン様がお困りになられていますわ」


 サフィーナ王女殿下がドラグス王太子殿下の詰め寄りを制止した。


「引っ込めサフィーナ。ヴァンが気持ちをはっきりさせぬ限り、この話は終わらせぬ。そうだろう、ヴァン!」


「俺は……」


 どうするのヴァン?

 あなたはなんて答えるつもりなの?

 私は固唾を飲んでその場を見守る。


「ヴァンよ、以前にお前に言ったことをもう一度だけ言ってやる。お前の唯一の愚かなところはその優柔不断さだ。お前は見た目と言葉使いとは裏腹に、とても心が優しいことを私は知っている。だがな、その優しさが今の優柔不断さを招いているのだとしたら、いつか貴様は全てを失うことになるぞ!」


「全てを……」


「貴様はいつだって慎重だ。そして間違えを極端に恐れている。だから私に対してもある程度のところで線引きをしているのだろう? 私にはわかる。貴様のそれが私を想ってのことだと言うこともわかっている。だが、友として、いや、友だからこそ、私は貴様にも幸せになってもらいたいし、自分の気持ちをはっきりさせて欲しいのだ」


「ド、ドラグス……」


「貴様がルフェルミアを好きならそう言え。それなら真正面から戦うだけだ」


「……そうか。わかったドラグス。俺の気持ち、今この場ではっきりさせよう」


「うむ。聞かせろ」


「俺は……」


 ヴァン……あなたは……。


「俺は、ルフェルミアが好きだ」


 ――ッ!!

 嘘……。


「ヴァン、それは貴様の本音だな? 今、私に詰め寄られたから苦し紛れについた嘘とかではないな?」


「ああ。俺は昔からルフェルミアのことを……愛していた。そしてそれは今でも変わらない」


「……」


 ドラグス王太子殿下がジッとヴァンの目を見据えて黙り込んだ。

 それにしてもヴァンがまさか……。

 いえ、これはきっとドラグス王太子殿下への対処の為についた嘘、よね?

 だってヴァンのやつは私がここに隠れていることを知っているわけだし、そんな状況でこんな告白をするなんてあり得ないし……。


「ヴァンよ、お前が今初めて自分の口からその言葉を発したからこそ、教えてやる。私はな、お前がずっとルフェルミアを想っていたことを知っていた」


「ドラグス……?」


「知っていたうえで、私は先日初めて見たルフェルミアに惚れた。一目惚れだ。こればかりはどうしようもない。私がルフェルミアのことを気に入ったと言った時、お前は何も言わなかった。だがその時から察していた。お前は婚約破棄をしたルフェルミアに対して、ちっとも吹っ切れていないことを」


「……何故、わかった」


「わかるさ。私は貴様の友だぞ。そして、ルフェルミアの現婚約者がリアンだと説明している時の貴様の顔なんかはあからさまだったからな。その時から私は貴様とリアンとルフェルミアの関係に疑問を持っていた」


「ドラグス、お前はわかっていたうえで俺にメリアを勧めたのか?」


「そうだ。お前が何か理由があってルフェルミアを諦めざるをえないのだと思ったからだ。それにメリアは本当にお前のことを好いていたしな」


「そうか……」


「ただ問題なのはリアンだ。お前の弟は何かおかしい。私が思うにお前の奇怪な行動にはリアンが関係しているのではないか?」


「……俺は兄失格なんだ。俺はリアンのことがさっぱりわからない。あいつが何を考えているか、いまだに理解できないんだ」


「ヴァン、それはどういう意味だ?」


「リアンが何かよくない考えを持っているのは察している。だが、何をするのか、する気なのかさっぱりわからない。だから俺には何もすることができなかった」


 おそらくこれはヴァンの本音だ。

 ヴァンはたくさんの予知夢の中で私の死を見てきた。そしてその原因にリアン様が絡むことも多々あった。しかしその具体的な証拠や場面をはっきり見たことがないし、ヴァンの夢はいつもヴァン視点でしか見れない。だからリアン様の心情なんかは理解できるはずもない。

 しかし彼の予知夢では私を生き存えさせるにはリアン様との結婚、挙式が必須条件になっている。

 だからこそヴァンも私もリアン様との関係を崩さずにここまできているのだから。


「……ということはさっきの貴様の発言、自分とルフェルミアが参加していることを誰にも言わないでくれというのは、主にリアンにバレたくないという意味だな?」


「ああ、まさにそうだ」


「では何故わざわざそんなリスクを背負ってまでこんな舞踏会に出た?」


「こうすることが……お、俺の望みだった、からだ」


「貴様の? それはどういう意味だ?」


「俺は……俺はさっきも言った通りルフェルミアのことが好き、だ。結婚までは叶わなくとも、せめて人生で一度くらい好きな女と舞踏会に出たかった」


「……貴様のそれ、本音と受け取るがいいのだな?」


「……ああ。この気持ちには微塵にも嘘偽りはない」


 信じられない。

 あのヴァンが私のことをそんな風に……。

 いえ、違うわ。あれは演技よ、そうに決まっている。


「そうなると、ある程度答えが出てくるな。ルフェルミアもおそらく貴様のことが好きなのだろうな。だからこそ、こんな回りくどい方法で舞踏会に出たのだろうし」


 そこは違う、はずだ。

 私はヴァンとこの舞踏会に出ないと、リアン様との挙式後に死んでしまうからだ。

 別に私はヴァンのことなんて……。


 ……いや、自分に嘘をつくのはもうやめよう。

 私はきっと、おそらくヴァンのことが好きなのだ。

 この感情はきっとそうなのだろう。

 だから今日の舞踏会をこんなにも楽しく過ごしてしまっている。

 好きでもない相手だったら、こんな気持ちになるはずが、ないものね……。


 でもそうか、なるほど。


 こういう風に話を持っていけばこれ以上妙な詮索は入らない。そう考えたのね、ヴァン。




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