55話 問い詰められたヴァン
「今の話を聞いていたのか! 何者だ!?」
カツンカツン、と早歩きで私が潜んでいる柱の方へとドラグス王太子殿下が歩み寄ってくる。
――どうする!?
柱の真横に来た瞬間に彼を気絶させる?
いえ、そんなことをしたらサフィーナ王女に目撃され、騒ぎになる。
適当に言い訳をする?
駄目だわ、何をどう答えるべきかわからない。下手をすれば最悪の結末すらありうる。
まずいわ、もう間も無くドラグス王太子殿下が……。
そう思った矢先だった。
「ドラグス、俺だ」
私が来た方の連絡通路からヴァンが仮面を外して歩み寄って来ていた。
ヴァンのやつ、私のことを気にかけて様子を見について来てくれていたのね。
それにしても私は一体どうしたんだろう。ヴァンが近づいてきたことにも気づくのが遅れている。こんなにも感覚が鈍くなってしまって……。
「ヴァン! お前、本当に来ていたのか。しかし何故お前はメリアと共に参加しなかった!? いや、そもそも何故仮面など付けて隠れるように参加した!? それにルフェルミアは一体どうしたというのだ!?」
「落ち着けドラグス。質問だらけで答えられん」
「ひとつだけ私が代わりにお答えしますわ、ドラグスお兄様」
ふたりの会話に割って入ったのはサフィーナ王女殿下だった。
ヴァンは私のことをチラリと横目で見て、小さく頷く。俺に任せろ、と言ってくれるみたい。彼が私の潜む柱の位置より先へと進んでくれたおかげで私の存在はバレずに済みそうだけれど、しばらくはここで身を潜んでいたほうが良さそうね。
「なんだとサフィーナ?」
「ルフェルミアさんね、参加していますわよ。今日のこの舞踏会に。私が受付の名簿を見たことはさっきも言いましたものね」
「そうか、見たのか。俺は今回主催者側ではないからな。名簿にまで目を通す権利はない」
「それでもお兄様は、マリーベルお母様に仮面着用の許可だけをわざわざお願いしたんですのね?」
「そうすればエルフィーナが参加してくれると、そう思ったからな」
「うふふ。でもお兄様の努力の甲斐あってエルフィーナもこの舞踏会、仮面を付けて参加してくれていますわ」
「そうだったか。それは……良かった」
ドラグス王太子殿下が一瞬、柔らかな顔付きになった。
それにしてもまずいわね。
私やヴァンが参加していること、あまり広められてしまうとリアン様にバレてしまう。
多分ヴァンもそれを危惧してこの場に姿を現したのだろうけど。
「ドラグス、サフィーナ王女殿下。折りいって頼みがある。今夜、俺とルフェルミアがこの夜会に参加していることを誰にも言わないでもらえないだろうか」
ヴァンがいきなり核心からついた。
「ヴァン、その前に色々聞きたい。何故お前はメリアと参加しなかった? もしやお前はルフェルミアをパートナーとして参加していたのか?」
「俺はメリアをパートナーにする気はないと以前からお前に言っている」
「そうだとしてもお前はメリアに嘘をついてルフェルミアと今日ここに参加しているのだろう!?」
「……そうだ」
ヴァンは下手な嘘は通用しないと判断し、正直に頷いたのね。
「一体どういうつもりだ貴様。一度は婚約破棄しておいて、いざリアンに取られそうになったらまたルフェルミアに鞍替えするつもりか!? それとも私がルフェルミアを好きだと言ったからか!?」
ドラグス王太子殿下が怒りを露わにしてヴァンの胸ぐらを掴み上げた。
それにしても信じられない言葉を聞いてしまった。
ドラグス王太子殿下が私のことを……!?
「正直に全て、洗いざらいこの場で吐けヴァン。いくら友とはいえ、私やルフェルミアの心を踏み躙るような行為、断じて許されるものではないッ!」
「ドラグス。俺は別にお前がルフェルミアを好きだと知ったからルフェルミアとこの夜会に参加したわけではない。少し……複雑な事情があるのだ」
「少し、だと? ふざけたことを。ヴァン、私がこの世で最も嫌いなことのひとつが友に裏切られることだと知っているよな? 頼むからヴァンよ、私を失望させないでくれ」
「ドラグス、俺はお前を裏切りたいわけではないんだ。信じて欲しい」
「では次の質問に正直に答えてみろヴァン。お前はルフェルミアのことをどう想っている? 私は私の思いを貴様につい先日、告げただろう?」
「お、俺は……」
「私は貴様のことを友だと信じ、だからこそ先日、貴様の屋敷に行った時に初めて見たルフェルミアに心奪われた話を貴様にした。彼女はリアンの婚約者だと聞いていたから、私もそれ以上は踏み込まぬようにと考えた。だが、エルフィーナはいまだリアンのことを想っている。おまけにリアンはエルフィーナに気があるような素振りを見せているという話だ! これは一体どういうことなのか!?」
エルフィーナ王女殿下に気がある素振りを?
リアン様が?
私の前でしていた話とはだいぶ食い違っている。
「なんだとドラグス? リアンがエルフィーナ王女殿下のことをまだ想っている、と?」
「そうだ。まさか貴様、知らぬなどと言わぬだろうな? リアンは定期的にエルフィーナのもとへ訪れては二人で愛を語らっている。その様子を私はここ最近でも幾度も目撃している。エルフィーナはすっかりその気だが、リアンのやつがどういう考えなのかさっぱりわからぬ。話によれば今宵、本来リアンとルフェルミアは二人で参加して婚約者としてルフェルミアを紹介するつもりだったらしいじゃないか」
「どういうことだ……? リアンはエルフィーナ王女殿下とはきっぱり縁を切ったのではないのか……?」
「その様子だとヴァン、貴様は本当に何も知らないらしいな。リアンはおそらくエルフィーナとルフェルミア、両方を手に入れようとしている。一体どうするつもりなのかは知らないが、そんなふざけたやつにルフェルミアを預けてなどおけぬ。だから今夜、私はリアンとルフェルミアに話をして二人を別れさせようと考えたのだ!」
「リアンが……そんなことを……。でも一体何故……」
「……ヴァン、その様子では貴様の思惑は少々違うところにありそうだな? なんにしても貴様の気持ちを私にはっきり言え。この場でな! それが友として対等であり、礼儀でもあるだろう!?」
「……」
ヴァンは困惑した表情で口を閉ざした。
ヴァンの気持ち。それはとても気になる。
それになによりもリアン様の不可解な行動が一番引っかかる。
「さあ、言えヴァン! 貴様はルフェルミアのことをどう想っている!? 何故二人で舞踏会に参加した!?」
「お、俺は……」




