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54話 まさかの会話

 始まりのダンスが終わり、会場が和やかな雰囲気に包まれた直後。


「皆様! 今宵はよくぞ我がカテドラル王家の舞踏会へお越しくださいましたわ!」


 会場の最奥、舞台になっているところにてサフィーナ第一王女殿下が声高らかに叫んだ。

 その容姿は次女のエルフィーナ王女殿下にかなり似ている。背格好もそうだし、ピンク色の鮮やかな髪色、透き通るような肌なんかもそっくりだ。顔付きだけがサフィーナ王女殿下の方が些かきつい感じがするくらいか。


「皆様にはすでにご存じのとおり、私、サフィーナ・カテドラルは今宵、私の最愛の婚約者を紹介させていただこうと思いますの!」


 パチパチ、と会場中が拍手に包まれる。

 サフィーナ王女殿下の隣にいる、あの細身で優しそうな顔をした人が婚約者ね。


「あいつはハリスと言って、隣国の王子だ」


 ヴァンが隣で簡単に説明をしてくれた。


「それにしてもサフィーナ第一王女殿下とエルフィーナ第二王女殿下は何故、仲が悪いの?」


 だから今日この場にはエルフィーナ第二王女殿下は出席しないとリアン様から聞いている。


「その原因こそあのハリス王子だ。実はハリス王子は本来エルフィーナ王女殿下と結婚するつもりだった。だが、いつの間にか恋仲に発展していたサフィーナ王女殿下に取られてしまった。それがきっかけだ」


「そんなことが。中々えげつないわね」


「ああ。だがバルバドイ国王陛下もどうせなら長女であるサフィーナ王女殿下の方と結ばれる方が国交的にも良いと判断して、エルフィーナ王女殿下に身を引いてもらったらしい。そのせいもあってエルフィーナ王女殿下は父君であるバルバドイ国王陛下とも仲が悪い」


「へえ。そう考えるとエルフィーナ王女殿下もなんだか可哀想ね」


「その傷心が深い時に偶然リアンと出会ってエルフィーナ王女殿下はリアンに惚れたんだ」


「そうなのね。それが私なんかに取られそうになってるのを見れば怒りたくもなるわね」


「……だが、リアンとの婚約、結婚はお前が生き残る術でもある。俺とて、そんなこと本意ではないが」


「え? 本意じゃないの? なんで?」


「当たり前だろう。お前をリアンなんかに渡したくないからだ」


「え? それってどういう……」


 その時。

 サフィーナ王女殿下の前にひとりの男が現れ、会場のざわめきが一気に増した。


「あら、アレはドラグス王太子殿下ね。彼は来ていたのね?」


「あいつは王女二人のどちらとも仲が良いから今日の舞踏会に招待されている」


 私たちは遠目でサフィーナ王女殿下とドラグス王太子殿下たちの様子を見守った。

 ドラグス王太子殿下も今回のサフィーナ王女殿下とハリス王子との結婚を大いに祝福し、祝辞の言葉を贈った。


 それから代わるがわる、高位の貴族たちがサフィーナ王女殿下のもとへ訪れ、祝福していた。

 そのうち、リアン様もサフィーナ王女殿下のもとへ近づいているのが見えた。

 リアン様は他の貴族たち同様に祝福の言葉を贈ったかと思うと、その後サフィーナ王女殿下の耳元で何かを彼女へと囁き、それからその場を離れていた。

 彼は一体何を話したのだろうか。


「ねえ、ナーヴァ。彼は何を囁いたのかしら? リアン様の行動、気になるわ」


「ああ。後で俺がサフィーナ王女殿下に探りを入れておく」


 それから舞踏会は特に何事もなく順調に、盛大に進んでいった。

 私たちも周囲に気を使いながらもダンスと食事を楽しんでいた。


 今夜はもう何も起こらないのだろう。

 そんな安易な気持ちにさせたのはきっと、ヴァンと過ごしたこの夜会があまりにも楽しかったせいだ。

 以前までの、仕事ばかりに明け暮れていた自分だったらそんな楽観的な考えを持つはずがなかった。


「お手洗いに行ってくるわね」


 私はヴァンにそう告げ、ひとりで行動した。

 その結果、まさかの事態を目撃することになる。


 舞踏会ホールは連絡通路を通じて王宮にも繋がっている。

 その連絡通路の終わりと始まりのところにトイレが設置されていて、私はそこへ向かっていた。

 その時である。


「どういう事だ、サフィーナ!」


 あらぶる声が通路内に響いた。

 この声はドラグス王太子殿下だ。私は気づくと同時に自身の気配を消し、柱の影に身を潜ませ聞き耳を立てることにした。


「何がですのお兄様?」


「何故、メリアとグレアンドル家の次男……リアンが一緒にいる!? リアンはルフェルミアと来るんじゃなかったのか!?」


「なんでもルフェルミアさんが流行り病で寝込んでいるそうですわ。代わりに聖女メリア様が自らパートナーになることを望んだらしいですわよ」


「メリアはヴァンを誘っていたじゃないか! 俺からも何度もお膳立てしてやったというのに。というか、そもそもヴァンも来ていないし、一体何がどうなっている……」


 ドラグス王太子殿下のその言葉にズキン、と胸が痛んだ。

 そう、ヴァンのことを思うなら私なんかよりも今現在聖女と持て囃されているメリアと結ばれる方がいい。

 同じ仮初の肩書きとしても田舎男爵の令嬢である私よりもメリアの方がよっぽど格上だ。


「あら、お兄様、ヴァン様は来ていますわよ。お姿は確認していませんけれど、受付からこっそり出席者の名簿を見せていただきましたもの」


「なんだと? ということは仮面を着用して秘密裏に参加している、と?」


「そうですわね。今回仮面着用を可にしたのはエルフィーナの為、でしたのに、ね? お兄様」


「……別に私はそういうつもりは」


「隠さなくてもよろしいですわ。お兄様は私とエルフィーナの仲を取り持とうとしたのでしょう? 仮面着用可としてエルフィーナを参加させてやろうと」


 なるほど、そういう意図があって仮面舞踏会にしたのね。


「……エルフィーナはもうお前のことを怒っていない。素直に祝福していた。むしろ今、エルフィーナはリアンに夢中だ。それだというのに、何故今度はメリアと……」


「お兄様の狙いがわかりませんわ。リアン様とルフェルミアさんが一緒に来ていたらエルフィーナは余計に傷つくのでは?」


「違う。彼らが今日揃って来てくれたら、別室に彼らを呼ぶつもりだった。そしてルフェルミアには身を引いてもらうよう説得するつもりだったのだ。このままではあまりにもエルフィーナが惨めすぎる」


「それでは今度はルフェルミアさんというかたの方が惨めだと思いますけれど。田舎からやって来て、ヴァン様に婚約破棄されて、今度はリアン様とも別れさせようと?」


「それでいいのだ。そうすることでルフェルミアの相手は誰もいなくなる」


「お兄様の狙いがさっぱりわかりませんわ。一体何がしたいのです?」


「ルフェルミアは私がもらうのだ」


 ……え?


 唐突のドラグス王太子殿下の言葉に私は思わず、身体をビクつかせてしまった。

 その拍子に少しよろめき、ヒールのかかとでカツン、と足音を鳴らしてしまった。


「誰だ!?」


 ドラグス王太子殿下の声が響く。

 まずいわ。私としたことが……。


 

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