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53話 初めての

「それでここからが本題だ。今日やるべきことはたったひとつ。俺とルフェルミアが誰にも気づかれることなく、無事王家の舞踏会を乗り切ること」


「その口ぶりだと結構たくさんの予知夢を見てきたみたいね?」


「ああ。今回の舞踏会における行動パターンをいくつかここ数日で試した。ただ俺の予知夢はあくまで俺の視点でしか見ることができない。だから俺の想定外のことが起きる可能性も十分にある」


「そうね。例えばあなたが知らないところで何か裏工作があったとしたらあなたには気づけない」


「そうだ。だから結果を見てから俺は行動を何パターンも試した。今回の舞踏会でもしルフェルミアが参加していることがリアンにバレると、リアンとの挙式の後、お前は……」


「死ぬのね」


「……ああ」


 ヴァンが渋い顔をする。

 これだけでわかる。彼は本当に私の身を案じてくれているのだと。


「私も初めは半信半疑でございましたが、ヴァン殿の必死な言葉に私も信じることにしたのです。それにもしお嬢様を死なせてしまったら、私は首領(ドン)に合わせる顔がありません」


 ケヴィンも真剣な顔で頷いている。

 私だってできることなら死にたくはない。


「だから絶対に舞踏会会場で仮面を外すな。そして会場にいる者たちとの会話も極力控えろ。そして常に俺から離れるな」


「ええ、わかったわ」


「ついでにケヴィン殿にも舞踏会に参加してもらうことにした。招待状をサフィーナ王女に頼んで一枚余分に貰ったからな。ケヴィン殿には遠目からルフェルミア含め周囲を警戒してもらう」


「年寄りが仮面舞踏会にひとり参加は中々に勇気がいりますがね」


 それからヴァンにいくつかの可能性について説明をされた後、いよいよ私たちは舞踏会へと向かう準備を整える。

 グレアンドルの屋敷から少し離れたところにヴァンの用意した馬車があるらしいので私とヴァンとケヴィンは別々に屋敷を出て、馬車で落ち合うことにした。


 大粒の雨が降りしきる中、私は一抹の不安を抱えながら今夜の舞踏会を案じた。




        ●○●○●




 王宮の舞踏会ホールはとてつもなく広く、そこだけでもグレアンドルのお屋敷くらいの大きさがあった。


「ルミア、手を」


「ありがとうナーヴァ」


 ヴァンは私のことをルミア、と呼んだ。一応仮名のつもりだ。対して私はナーヴァ、と彼の仮名を付けた。ヴァンにどう言う意味があると聞かれたが、思いつきだと答えておいた。

 私は彼にエスコートされ、馬車から降り、会場の受付を済ます。

 ヴァンも漆黒のスーツと少し小洒落たストライプのインナーシャツでドレスコードばっちりに決め込んでいる。

 これが本当の相思相愛な関係で、楽しく晴れやかな舞踏会に出るだけだったらどんなに良かっただろう。


 なんて、少しセンチメンタルなことを思ってしまったが、予知夢に抗うためとはいえヴァンがこうやって真摯にエスコートしてくれる姿は素直に嬉しい。


「ここまではなんの問題もないな」


 無事会場に入り、ヴァンが私の隣で呟く。

 会場内は大勢の貴族たちで賑わっている。仮面を付けているもの、付けていない者と様々だ。名を売る為や社交的に顔を合わせたい人たちは仮面を付けていないのだろう。


「ナーヴァ、あれ」


 私が視線を送った方向、遠目にリアン様の姿があった。

 しかしひとりではない。


「ねえ、あれってもしかして……」


「ああ、くそ。もう想定外のことが起きてる」


 ヴァンが困ったように呟いている。

 何故ならリアン様と共にいるのは、なんとあの聖女、もとい殺戮の女神メリアだったからだ。


「やはり俺の予知夢のパターンが間に合っていない。あえて言わなかったが、今日そもそも雨など降る予定はなかった。晴天のはずだった。その時点でもはや俺の予知夢の範疇外の事態が起きている」


 ヴァンが頭を抱えこんでしまった。

 きっとここまでに何回もの予知夢を繰り返してきたのだろう。

 それでもこうして未来は刻一刻と変化を繰り返している。


「ナーヴァ、まだ何も起きてないわ。私たちの存在がバレたわけでもないし。彼らのことはケヴィンにでも見張らせて、私たちはなるべく彼らから離れていましょう?」


「ああ、そうだな……」


 想定外のことが起きてしまった為か、ヴァンの返事が急に弱々しくなってしまった。


 しばらくすると可憐な音楽が流れ始め、始まりを告げるダンスが開始された。


「ナーヴァ、考えていても仕方がないわ。せっかくだし、ダンスを楽しみましょう? それに何かあってもあなたがそばにいて私を守ってくれるんでしょう?」


「ルミア……ああ、そうだな」


 私たちも周囲に合わせて二人で踊ることにした。

 ヴァンは運動神経も良いししっかりダンスの勉強もしてきているだけあって、私をしっかりとリードしてくれた。

 というよりおそらくヴァンは何度も夢で私と踊ってきたのだろう。私の細かな癖とかにもきちんと合わせてきてくれる。おかげで私も不自由なくダンスを舞うことができた。


 ――素敵。


 私は思わずうっとりしてしまっていた。

 こんな風に華やかな夜会で晴れやかな衣装を着て、そして素敵な殿方とダンスを踊れる日が来るなんて、思いもよらなかった。


 私の人生を私はそれなりに楽しんできたつもりだけれど、きっとこういう表舞台で踊る機会なんてないだろうなと思っていたから。

 しかも相手はあのナーヴァの生まれ変わり。

 自分でも今、わかる。

 私はナーヴァへの想いを……ヴァンへの想いと重ね始めている。


「……ありがとう、ヴァン」


 私はダンスの合間に彼の耳元へ小声で囁く。


「どうしたルフェルミア?」


「私、初めてダンスを踊る相手があなたでよかった」


「……俺もだ」



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