52話 来たる舞踏会
いよいよ王家主催の舞踏会の日がやってきた。
雨の降りしきる日。その夕刻にて。
「ルフェ、大丈夫かい?」
「ごほ、ごほ! ごめんなさいリアン様。どうやら流行り病いをうつされてしまったようで……げほ、げほッ!」
「咳が酷いね。天気も悪いし余計体調を悪くしたのかな。無理をしないで。今日はキミは屋敷で休んでいるといい」
「でもせっかくの舞踏会が……」
「僕は一人で出るから大丈夫。キミのことは知人たちみんなに話だけしておくさ」
「ごめんなさい」
当初の計画通り、私は風邪のふりをしてリアン様との舞踏会を出ないようにした。
そして彼がひとりで屋敷から出ていく様子を確認すると同時に、窓からヴァンがやってきた。
「予定通りだな。さすがだルフェルミア」
「別に何もしてないわ。それよりあなた、しばらく屋敷でも見なかったけれど最近何してたのよ?」
「色々と、な。まあ主には修行と鍛錬だ」
確かにこの筋肉男のヴァンは気がつくと筋トレをしている。
「さて、ドレスだが俺が用意した。これを着ろ。これなら今までお前が持っていたドレスと被らないから変にリアンに疑いをかけられることもあるまい」
「へえ。本当にあなたが買ってくれたの?」
「当然だ。後ろを向いてるから着替えてくれ」
私は言われた通りヴァンが用意したドレスに着替える。
確かに私の趣味とは違う、マーメイドタイプの裾にホワイトのドレープがきいた薄いブルーのドレスだ。
「結構可愛らしいわね」
「気に入ってくれたか。お前の髪色に合わせてみた」
「そ、そうなの。……悪くないわ」
「それなら良かった。もう振り向いてもいいか?」
「ええ、いいわよ」
私がそう言うとヴァンは私の新しいドレス姿を見て、しばし無言だった。
「……な、なによ?」
「いや、綺麗だ。と思って、な」
「ふ、へ? あ、そ、そう! ふーん、あ、あなたもそういうお世辞が言えるのね?」
「お世話、じゃない。本当に綺麗だ、ルフェルミア」
「ちょ、ちょっとやめてよ。そんなにジッと見ないで、恥ずかしい……」
駄目だ。
最近の私はいちいちこいつの言葉に翻弄されてる。
「ルフェルミア、本当に綺麗だ。よく似合ってる。まるで女神のようだ」
「……うぅー」
やばい、本当に熱が出そう。
ヴァンの言葉がいちいち嬉しくて、いちいち恥ずかしくて、そんな自分に苛々してしまう。
「ルフェルミア……」
え、嘘?
なんかヴァンが凄く近くに寄ってきて……え? 肩を掴まれてるんだけど、これ私もしかしてなんかされる? されちゃうの!?
ちょっとそんなに真っ直ぐ私のこと見据えて……ヴァンの瞳が……。だ、駄目……。
「お嬢様」
「ひぃやあッ!?」
「ぬぅおおッ!?」
私が飛び上がるほど驚きの声を出すと、まさか私の室内にケヴィンがいた。
「え? な、なんでケヴィンがいるの!?」
「私はつい先ほど、ヴァン殿に呼ばれてお部屋に入らせていただきました。というか最近お嬢様、私めに驚きすぎでは?」
悔しいけれど本当に私の感覚は鈍くなった。
特にヴァン絡みの時、集中力が途切れてしまって周りが見えなくなっている。
こんなことじゃイルドレッド家の暗殺者としては失格ね……。
「というかヴァンに呼ばれてって言ったわね?」
「はい。状況についてはヴァン殿から全て聞いております。リアン殿との関係もヴァン殿の予知夢についても」
まさかヴァンがケヴィンに話していたなんて。
「すまないルフェルミア。話すタイミングがなくて言いそびれていた。実はケヴィン殿には数日前に全ての事情を話しておいた。理由はわかるな?」
「ええ。綿密な予知夢を見るあなたのことだもの。おそらくケヴィンに話しておく方が色々と好都合に運びやすいし、信用できると判断したのでしょう?」
「そういうことだ」
確かに味方は多い方がいい。
ケヴィンは私が生まれた頃から私の面倒をよく見てくれていた執事だ。信用は高い。
「お嬢様、まさかそんな大変なことになっているとはこのケヴィン、全く知りませんでした。何も気づかなかったおろかなこの老兵をお許しください」
「何言ってるのよケヴィン。むしろあなたはよくやってくれたわ。私のわがままに付き合わせちゃってごめんね」
「お、お嬢様……! もったいないお言葉です。それでしたら先日渡したオペラのチケット代を返してもらえれば私は文句などひとつもないのですが……」
「それはそれ、これはこれね。アレはもう貰っちゃったから駄目よ」
「そんな! だってお嬢様、二枚分はいらないではないですか。リアン様とは仮初の仲だという話ですし! せめて一枚分のお金だけでも……」
「二回見るかもしれないでしょ」
「……やはりお金のことになるとがめつい」
「ケヴィン、何か言ったー?」
「いいえ、お嬢様。しくしく」
「わざとらしく泣いても駄目だからねー、ひひ」
私が笑うと、そのやりとりを見ていたヴァンも珍しく笑っていた。
「なあ、ケヴィン殿。そのオペラのチケット一枚分、俺が払わせてもらってもいいか?」
「な、何故ですヴァン殿?」
「一枚、俺が買ったことにしたい。そしてルフェルミア、その二枚で俺と一緒にオペラを見に行かないか?」
「え?」
「ひとりで見るよりもふたりで見た方が楽しそうじゃないか? 実は俺もあのオペラ、まだ見たことがないんだ」
「……ど、どうしてもって言うんじゃしょうがないわね! じゃあはい。一枚ヴァンにあげるわ」
「ありがとう。チケット代の金貨はケヴィン殿に後で渡しておく」
律儀な人ね。
それにしてもヴァンのやつがまさか私と見たがるなんて……想定外だったわ。
「ぬおお、ヴァン殿、貴殿は男の中の男ですな! このケヴィン、ヴァン殿に一生ついていきますぞ!」
ケヴィンはヴァンの言葉に感激し、目をキラキラさせてヴァンに感謝しているようだ。
まあ、いっか。




