51話 エルフィーナ王女殿下、再び
「ドレスを選びにいこう、ルフェ」
迫る王家主催の舞踏会に向けて、私のドレスを新調しようとリアン様が言い出した。
私は予備がたくさんあるからいらないと言ったが、リアン様はせっかくだから新品をプレゼントしたいと仰ってくれたので、私は彼の言葉に甘えることにした。
どのみちリアン様が選んでくれたドレスを着ていくことはないのだけれど。
「最近僕が忙しくてあまり屋敷にいれなかったからね。今日はその埋め合わせでキミとデートをしたいっていう意味も込めてるんだ」
「まあ、ありがとうございますわ」
「そういえばこの前送った指輪は二個だけにしたんだって? 律儀にあの宝石商がひとつ分の代金を返してくれたよ」
「あ、はい。さすがに三つも頂くわけには、と思いまして」
「ふふ、ルフェは謙虚で可愛らしいね」
大王都の街中をリアン様と二人で歩きながら、そんなたわいもない話をしていた。
リアン様が私を連れて行こうとしている仕立て屋は、先日も通った第一大王路沿いにある。
有名な仕立て屋でグレアンドル家が贔屓にしている店だそうだ。
そんなことよりも、こんなことをしてると……と、思った矢先に案の定、前回同様の気配を察する。
私たちを見張る視線の方をチラリと見ると、前回と全く同じ、あのジャンとゲイルというエルフィーナ第二王女の側近が下手くそな尾行でこちらの様子を窺っているのが見えた。
――また絡んでくるのかしら。
そんなことを思いながらリアン様の手に引かれ、私は仕立て屋へと入る。
さすがに白昼堂々と、しかも人目のつく店内で絡んではこないだろうと踏んでいたが、それは間違いだった。
「やはり来ましたわね、リアン様! そして堅き魔女!」
仕立て屋の店内にてエルフィーナ第二王女が腕を組んで待ち構えていたのである。
「あなたたちがこの仕立て屋に来るのはお見通しでしてよ!」
まさか店内ですでに待ち構えているのは予想外であった。
「エ、エルフィーナ王女殿下!? このようなところで何をされているのですか!?」
リアン様が一番に驚いている。
それも当然か。前回は王女に尾行されてることを知らなかったわけだし。
「リアン様。ご機嫌麗しゅうございますわ。ああ、本日も実にお美しいお顔と立ち振る舞い、お見事ですわ」
「あ、ありがとう……って、そんなことより、何故ここに僕たちがいることを知っていたんだ? キミはこの時間はいつも王宮のはずだろう?」
「たまたま! ですわッ!」
王女殿下たちはいつも尾行していることをリアン様には悟られないようにしているから、こうして街中でいきなり直接話すのは初めてなのね。
「それより私はもう我慢の限界なのですわ! リアン様がその堅き魔女めに誑かされてるのを黙って見続けられませんの!」
「堅き魔女……? ちょっと何言ってるかよくわからないけれど、僕は別に誑かされているわけじゃ……」
「リアン様、はっきり仰ってください。その魔女に何を脅されているのです!?」
「ち、違うよエルフィーナ王女殿下。僕は別に脅されてるとかじゃなくてね……」
「それじゃあその女は一体なんなのですか!?」
ぐいぐいっとエルフィーナ王女殿下がリアン様へと詰め寄った。
「か、彼女は僕の、その……」
「ええ、ええ、わかっていますわリアン様。その女はリアン様の弱みを握っているのでしょう? そうしてリアン様に取り入ってリアン様に色んな物をたかる魔女なんでしょう!?」
この王女様は相変わらず持論が凄まじいわね。全然人の話を聞かないし。
でもリアン様、今少し言い淀んだわね?
王女殿下に私のことを婚約者だと伝えにくいのかしら?
「と、とにかくエルフィーナ王女殿下! 後で詳しい話は僕からまたするから、今日は帰ってください! 明日、いつもの王宮庭園で二人きりでお話ししましょう?」
「むう。リアン様がそこまで言うんじゃ仕方ありませんわね。今日はもう帰りますわ。けれど堅き魔女、よく覚えておきなさい。リアン様はこの私の大切な御仁。あなたのような女狐においそれとやるわけにはいきませんからねッ! それじゃあ失礼しますわ!」
嵐のように言いたいことだけを言い尽くしてエルフィーナ王女殿下は仕立て屋を出て行った。
「びっくりした。まさか王女がここに来てるなんて。ルフェは王女殿下と顔見知りだったみたいだけど、いつ会っていたんだい?」
「あ、あー。いつだったでしょう。前にお買い物に行っていた時でしょうか」
「そうか、なるほど。そうすると王女はいつも僕たちの動向に目を見張らせていたのかもしれない。そうか、そうなのか……なるほど……」
その後リアン様はぶつぶつとしばらく独り言を繰り返した。
それから話を戻して当初の予定通り今度の舞踏会の為のドレスを新調し、それから私たちは少し街中をぶらついてからまだ日が明るいうちに屋敷への帰路についた。
私を屋敷へ送り届けると、リアン様はまた少し用事があるからと言ってどこかへ出掛けてしまった。
忙しない人ね、と思いながら屋敷内に入ると偶然、またミゼリアお義母様とばったり出くわした。
「こんにちは、ミゼリアお義母様。本日は良いお天気ですね」
私が笑顔で言うと彼女はビクっと身体を強張らせた。
「こ、こんにちはルフェルミアさ、ん。そ、そうね……」
右手の指には痛々しく包帯が巻かれている。その手をチラリと見るとまたミゼリアお義母様は怯えたような顔で、身体をビクつかせていた。
「お手のお加減、いかがです? なにやら階段で転倒されたとか」
「え、ええ。大丈夫、よ。ちょ、ちょっと、い、痛む、くらい……です。あは、あはは……」
絶望的に演技が下手くそね、と思いながらも、まあこの馬鹿には良い薬になったかと思った。
「そうでしたか。お身体大事にされてください。もし何かあったら遠慮なく言ってくださいね。私はいつもミゼリアお義母様を見ておりますから」
「は、はい。はい!」
そんな変な返事をしては怪しまれるでしょうに。とはいえ、よっぽど私が怖かったのね。
それじゃ、と言って私はその場をあとにし、自室へと戻った。
それにしてもまだお昼過ぎで日も明るいというのに屋敷内にいるなんて、ミゼリアはギャンブルをやめたのかしら?
まあ、どうでもいいけれど。




