4話 波乱の家族会議
「――で、どういう事だか詳しく説明してもらおうか」
黒髪と立派な口髭がよく似合う眼光の鋭い偉丈夫そうな男、この屋敷の当主であるドウェインお義父様が威厳たっぷりにそう口を開く。
普段の彼はピシっとしたスーツに漆黒の外套を羽織っている紳士な姿しか見ていないので、こんなラフそうなグレーのチュニックだけの姿でいるところを見るのは初めてだ。
真夜中だというのにミゼリアお義母様に無理やり呼び出され、グレアンドル家の者たちと執事、それも数人の侍女がダイニングの場に集められた。
グレアンドル家の者たちは当主のドウェイン。その妻のミゼリア。そして私の二つ上で20歳の長男のヴァンと兄から四つ離れた16歳の次男のリアン、そして長女で最年少の14歳になるプリセラの計五名である。
「ご報告が遅れてしまいましたのは謝ります。しかしお話に聞いておられる通り、私とヴァン様の婚約関係は無くなったのです。何故なら私はヴァン様に婚約破棄されてしまいましたので」
私は淡々とそう説明した。
「待てルフェルミア。私はヴァンの口から直接聞きたい。説明しろヴァン」
私の言葉を静止し、ドウェインお義父様はヴァン様へと視線を移す。
その視線の先。
口髭は無いものの、これまた黒髪で端正な顔付きをし、けれども父親によく似た鋭い目つきをしたこの男こそ私の元婚約者であるヴァン・グレアンドルだ。
パッと見では非常に好青年のように見えるが、そんな彼には独特の雰囲気があった。
口をヘの字にして腕を組んだまま佇む彼も髪色に合わせた漆黒のチュニックでこちらも一見ラフそうな格好に見えるが、よく見ると身体のあちこちに小型の投げナイフや短剣が収納されたホルダーや戦闘専門の魔道具など、物騒な装飾品を身につけている。
王室付きの近衛兵という職務柄、そういう装備は常用、常備していないと落ち着かないんだとか。
「……俺はルフェルミアとは結婚しない」
ぼそ、と低い声でヴァンが瞳を閉じたまま、ぶっきらぼうにそう呟いた。
「それはどういう了見だ?」
「どうもこうも、ない。この一ヶ月、この屋敷で共に暮らしてみた結果、俺はルフェルミアとは結婚できないと思っただけだ」
うんうん、そうでしょうそうでしょう――。
私は心の中でほくそ笑みながら頷く。
「だからその理由を聞いている。ヴァン、ちゃんと答えなさい」
執拗に問い質してくるドウェインお義父様に対してヴァン様は小さくはあ、っと溜め息を吐く。
ヴァン様のお気持ち、心中お察し致しますわ。まあ、でも当然よね。何せ私ったら……。
「この女には可愛げが……ない」
そうそう、私には可愛げなんてものは皆無で……。
「それに、絶世のブスだ」
そうそう、私ってば、絶世のブスで……は?
「おまけに……デブだ」
そうそう、私ったら本当にデブで……あ?
「そして何より……色々、くさい」
くさ……!?
「私のどこが臭いのよッ! このボケナスッ!」
ブスやデブはその人の感性によるものだから我慢したけど、臭いだけは許せんッ!
と、思うや否や、私は思わず目の前にあったグラスを勢いよく彼へと投げつけていたが、ヴァン様はそれをあっさりと右手の指二本でピタっと受け止めていた。
怒りのあまり、つい勢い余って素の言葉使いになってしまった事に「まずい」と思ったが、時すでに遅し。
「「ル、ルフェルミア……!?」」
その場にいた多くの者たちが私の態度と愚行に驚嘆としていた。
あー……やっちまったわー。
「こういう短気なところも苦手だ。だから俺はルフェルミアとの婚約を破棄した」
眉ひとつ動かさずに受け止めたグラスをトンと置くと、ヴァン様はそう続けた。
……っく、ヴァン・グレアンドルめ。この私を挑発してこんなことをさせるだなんて。本当にこの男にだけは調子を狂わされるわ。
「ちょ、ちょっとルフェルミアさん!? あなた一体何をしているの!? そんなはしたなく、しかもグラスを投げつけるだなんて!」
ミゼリアお義母様が怒鳴り上げ、侍女たちが突然の事に目を見開いて驚いている。
対してヴァン様は冷静に再び腕を組み直し、静かに瞳を閉じた。
さすがは王室近衛兵の師団長として名をあげているだけあって、不意な投擲物のいなし方は見事なものだと思わされた。