45話 聖女の皮を被った者
殺戮の女神、と称されるそのあだ名を自他共に嬉々として使っていたのは彼女、メリアくらいなものだろう。
私もイルドレッド組の中でいつの間にやらその仕事っぷりから暴虐のお嬢、なんてあだ名がつけられていたが私は別にそれを好んではいなかった。
対して必要以上に人を殺すことを好む彼女は、特に悪人に対してへの拷問、虐殺がむごたらしく、笑顔でそれをこなす彼女のことをイルドレッド組では殺戮の女神と呼ぶようになった。
メリア・ウィンストン、私と同い年の18歳。イルドレッドの遠縁にあたる彼女も当然イルドレッド家に組している者だ。
五年前から大王都カテドラルでのとある潜入捜査に出て以来、消息を聞いていなかったがまさか聖女になっているとは驚かされた。
「いやあ、本当に美味いなグレアンドルの食事は。私はこの味、癖になってしまったぞ」
「ははは、それはもったいないお言葉です。我がシェフたちの料理がお気に召しましたなら、いつでも気軽に遊びにきてくださいドラグス殿下」
食事を済ませた後、ダイニングにてドラグス王太子殿下とドウェインお義父様がそんな会話をしているよそで、私はメリアのことが気になって仕方がなかった。
メリアは私のことを「同じヴェルダース地方の昔馴染み」と紹介し、ドウェイン様たちを納得させており、それについては間違っていない。
ひとつだけ大きく違うこと、それは――。
「そういえば聖女様はさきほどヴァンのことがお気に入りだとドラグス殿下が仰っていたようですが、それはまことですかな?」
「あら、いやですわドウェイン様。それはドラグス王太子殿下のほんのお戯れにございます」
「そうか。いやはや、聖女様がお気に召してくださるのならヴァンの妻になってくださればこれほど嬉しいことはない。ヴァンは今ちょうどパートナーもいないのでね」
「あら、そうなんですのね。でも私のような者など、ヴァン様のような高貴なおかたとは不釣り合いでは……」
「いやいやそんなことはない。ヴァン、お前はどうだ?」
ドウェインお義父様とメリアがヴァンの方を見ている。
「……やめてくれ。そういうのは興味がない。俺たちはただの友人だ」
その返しに何故か私はホッとしてしまう。
「ルミ姉」
私の隣の席にいたプリセラが、私にだけに聞こえるように小さく囁いてきた。
「あの人、なんか凄くいや」
メリアのことを見て彼女はそう告げた。
だが、私にもわかる。メリアは恐ろしいほど嫉妬心が深い。ことあるごとに私へと嫉妬を燃やしてくる。
「ところで先ほどからだいぶ口数が少ないようですが、ルフェルミア様はお具合でも悪いのでは?」
「いえ、お気になさらないでくださいメリア様」
「そうでしたか。それにしてもルフェルミア様はもの凄く魔力がお高いとドウェイン様から聞いておりますし、私も昔からあなたの魔力がとても高いことをよく知っています。そこで、リアン様のご結婚相手となられる方の優れた魔力をよろしければお庭で拝見させていただけると嬉しいのですけれど」
「いえ、私の魔力などたかが知れて」
「ほう、それは興味深い。私もルフェルミアの魔力を見てみたい。ヴァン。かまわないか?」
「いや。ルフェルミアは無闇に魔力は使わない」
「まあそんな固いことを言うな。ちょっとした余興だ。ドウェイン卿、食後の運動がてら庭を借りるぞ」
「うふふ、楽しみですわルフェルミア様」
特にこうやって私の魔力を見て、自分と比べたがるところだ。
ヴェルダース地方、イルドレッド領にいた頃から、いつもいつも無駄に魔力比べをしようとしてくる。私はそんなことしたくないのに、それが鬱陶しくて嫌だった。
結局言い訳などしても無駄で、私は庭に駆り出されて魔力を見せることとなってしまうのだった。
ドウェインお義父様もプリセラも面白そうと言って、他の侍女たちも一緒になって結局全員で夜の庭へ大集合となった。
グレアンドル家の庭は広いうえ、いくつもの投光器に灯りに照らされ夜とはいえ、十分に明るい。
「それで私は何をすればよろしいのですか? 聖女様」
私は嫌味目一杯な顔と口調で彼女へと問いかける。
「昔、やっていたアレでよろしいですわよね、ルフェルミア様」
メリアが言ったアレに私もすぐにピンと来ていた。
「……はあ。わかりました。やるのはこれだけですよ」
「はい」
メリアは満面の笑みで答えているが、どうせ自分の力を自慢したいだけだ。適当にこの場を終わらせよう。
何はともあれ、私はメリアの指定したアレを始めることをし、瞳を閉じて魔力を高める。
「メリア、アレとはなんだ?」
「ドラグス殿下。私たちの地方では伝統的に伝わる遊び、みたいなものがございまして。それは、魔力を高めてこの白球を空高くに投げるのです」
「その白球は?」
「これは魔力球と呼ばれる物体で、持ち主の魔力を吸い込み、一定方向から力を加えると吸い込んだ魔力を推進力にしてどんどんと加速するという性質を持った魔道具の一種です。つまり魔力が高ければ高いほど、空高く球は舞い上がるということです。ヴェルダース地方ではこの魔力球を使ったお遊びが流行っていたのです」
「へえ、それは面白そうだ。あとで私もやってみてもいいか?」
「もちろんですわ」
そんな会話を横耳に挟みながら私は魔力球へ魔力を込め終える。
さて、後は筋力で球を空へと投げるだけだ。この魔力球はとても優れていて、魔力さえ込められていればどんなに運動神経が悪くてもきちんと投げた球が同じ位置に戻ってくるようになっている。
「では投げますよ」
私は振りかぶって、白球を空高く投げた。




