41話 舞踏会へのいざない
プリセラとお話しをしたあの日から二日後のこと。
「舞踏会、ですの?」
「そうさルフェ! 一週間後、マリーベル王妃陛下が自ら主催し、王宮の大ホールで開くんだそうだ!」
リアン様と朝食を取る為にダイニングに来ると、彼が嬉々として突然その報告を始めた。
リアン様が珍しく興奮しているのも当然で、王家主催の舞踏会は基本的に年に四回、決まった時期にしか開かない。
今回はマリーベル王妃陛下が特別な意味を込めて舞踏会を開催するらしい。
その特別な目的とは、第一王女であるサフィーナ殿下の婚約者お披露目パーティなのだそうだ。
「うちは筆頭公爵家だ。当然招待状も来ている。もちろんルフェは僕と一緒に出てくれるよね?」
「ええ、それは構いませんけれど、そこに私を連れていってリアン様は問題ないのですか?」
「問題ない! なんならその場で皆にルフェを婚約者だと発表するつもりだ!」
「ということはきっとエルフィーナ王女殿下もご出席されますわよね。エルフィーナ王女殿下にもリアン様から私を紹介するということですね?」
「いや、彼女……エルフィーナ王女殿下は今回いない。彼女は姉君であらせられるサフィーナ王女殿下をものすごく嫌っているから、この舞踏会には参加しないそうだ」
そうなのか。
エルフィーナ王女殿下はおそらく今もまだリアン様のことが好きだ。
私と舞踏会に出ているなどと知ったらさぞかし大変なことになりそうだと思ったが、参加しないなら良かった。
「そんなわけだから、一週間後を楽しみにね。キミと初めての舞踏会だ。僕もとても楽しみだよ!」
「そうですわねリアン様」
リアン様はその報告をすると、また仕事探しの件でまた出かけると言って屋敷を出て行ってしまった。
舞踏会、か――。
リアン様を見送った後、再び自室に戻りベッドに転がりながらふと考える。
確かに幼い頃は憧れだった。
都会のお貴族様は皆、晴れやかな舞踏会へ綺麗なドレスを着て素敵なパートナーとダンスを舞う。
一度は自分もそんな世界に出てみたいという憧れがあったが、それも自分の仕事に没頭しているうちに忘れかけていた。
それに舞踏会でエスコートされるのは本来、自分のパートナーであるべきだ。
リアン様は確かにパートナーではあるが、きっと私が望んでいるパートナーとは違う。仮初のパートナーだ。
「……私は、誰と行きたいんだろう」
この国では16歳の誕生日を迎える年が成人の証となり、そういう令嬢たちだけを集めて行なう舞踏会をデビュタントボールと言った。
私はもう18歳だけど、舞踏会に参加したことはない。ある意味これがデビュタントボールだ。
私はダンスをひと通り踊ることができる。それも何かに必要なスキルになるだろうとイルドレッド家の者たち教えられたからだ。だが、本場の舞踏会に出たことはなかった。
だからこそ、初めての舞踏会にとても興味が尽きない。憧れが大きい。
本当に好きな人と踊れたら……。
「お嬢様」
「ふぁぁあ!?」
「ぬぅおお!?」
ベッドで横たわっていたら、そのベッドの下からにょきっとケヴィンが飛び出てきていた。
「な、何してるのよケヴィンあなた!」
「何って……ベッドの下でお嬢様がお戻りになるのを待っていたのです。私も他の者の目がありますから堂々と部屋の中で待つわけにはいきませんゆえ」
「それにしても……もうちょっと普通に出てこれないの……びっくりするでしょ」
「……お嬢様、最近少し感覚が鈍られておいでですな。いくらこの私とはいえ、この近距離に気づかないとは」
「うるっさいわねえ。ちょっと考え事してたから仕方ないの! それより何の用!?」
「先日頼まれたチケット二枚の準備ができました。こちらをどうぞ」
「わあ、本当に買えたのね。ありがとうケヴィン。ありがたくちょうだいするわ」
「はい。大丈夫です。私、こんなこともあろうかと密かに貯めておきましたから。コツコツ貯めておきましたから……」
あんまり大丈夫そうな顔してないわね。
まあでも金貨8枚のチケット二枚は確かに普通の金銭感覚で言うと相当な代物だものね。
「それとお嬢様。再確認なのですがリアン様とは本当にこのまま結婚なさるおつもりですか?」
「え、ええ、一応その予定だけれど」
「もしそうであるなら、やはり一度ヴェルダース地方へ戻るべきかと。首領はまだお嬢様が任務を遂行しているだけだと思っております。結婚となるならば、さすがに一回も戻らないのは不味いかと」
私が本当に結婚するならその通りなのだけれど、実際は私もどうすればいいのかわからないのよね。ただ、そうしないと私は死ぬわけで。
でもケヴィンの言う通り、確かに一度イルドレッド領には戻らないと駄目だとは思う。
先日、調査人も来てるし。
「ええ、わかったわ。適当に日程を組んで戻るわよ」
「それがいいかと。それでは私はこれで」
そう言い残してケヴィンは窓から部屋を出て行った。全く、窓から出ていくなら閉めて行きなさいよねと、ぼやきながら窓を閉めて背を負けた直後。
コンコン、と再び閉めた窓を叩く音がする。
「何よケヴィン、まだなにかあるの?」
と、振り返ると 窓にへばりついていたのはケヴィンではなく。
「ヴァ、ヴァン!?」
右手を挨拶よろしくあげながら、左腕の腕力だけで壁にへばりついているヴァンが「やあ」とでも言いたげなポーズで表情を変えずにそこにいた。




