3話 本当の狙い
それからの日々は誰の想像にも難しくない、貴族令嬢としての尊厳などどこ吹く風かという酷く屈辱な生活を味わうことになる。
本来なら屋敷の使用人たちが行なうような掃除や使いパシリのような買い物をさせられるのは当たり前で、どういうわけかどう見ても立場上格下である侍女たちからも私はこき使われ、嘲笑われていた。
そして毎日ミゼリアお義母様に呼び出されては意味の無い言い掛かりをつけられ、そして体罰を受けた。
私はそれらを愚痴ひとつ溢すことなく耐え忍んだ。
ミゼリアお義母様の旦那様であり、このお屋敷の当主様でもあるドウェイン様はほとんど屋敷を出払っていることが多く、私の置かれている状況などまるで気づいていない。
とはいえミゼリアお義母様も侍女たちも、ドウェイン様の前では決して私に対してきつく当たらなかった。むしろ甲斐甲斐しく世話をしているように見せつけていた。
鈍感な当主だなと思ったが、ドウェイン様はとてもお忙しい身の為、ほとんど屋敷にいることが少ないので、私のことに気付けないのも致し方のないことかとも思った。
どちらにしてもこの家の者たちは私がどんな屈辱を味わわされても決して逃げ出さない、逃げ出す事はできないと信じていたのだ。
たかが貧乏男爵家の娘が公爵令息に嫁入りできるなど奇跡に等しいほどに身分の差があったからだ。
とはいえ私はこう見えても単なる軟弱な貴族令嬢ではない。生まれ持った強かさでこの状況を楽しんでいた。
何故なら婚約者であるヴァン様に一体どうやって嫌われようかと日々模索していたからだ。
私がヴァン様との婚約に応じたのは理由がある。
実のところ、私が逃げ出してしまえば困るのはグレアンドル家の方でもある。なので私とヴァン様との結婚はグレアンドル家にとって必須なのだった。
が、しかし。
「それがたった一ヶ月で、それもこんな形で突然婚約破棄されればグレアンドル家としては大問題よね。ようやく適性の合致した潜在魔力の高い婚約者を見つけたというのに、ね」
私には生まれつき並外れた高い潜在魔力を宿している。
魔力、というものは血液型のように様々なタイプがあるが、男女間においてこの魔力タイプの相性というものがとてつもなく重要で、それはその家系の将来を左右すると言っても過言ではなかった。
グレアンドル家の家系はどうにも魔力タイプが特殊らしく、中々相性の良い魔力を持つ相手に出会えなかったのだが、私の魔力タイプが運良くそれにもっとも合致した、というわけだ。
魔力タイプの再検査も兼ねてミゼリアお義母様は私の体液を採取したのだろう。何も全裸にさせる必要はないのだけれど。
「私なんてたかが貧乏男爵家の娘だし、グレアンドル家にとったら扱いやすい事この上ない存在だと思ったんでしょうねえ。このひと月の間、逆らえばお前なんかいつでも路頭に迷わせてやる、とでも言わんばかりに私をいびって、虐めてきたものねえ」
私はくすくすと溢れる笑いを堪えながら、ダイニングへと向かう廊下でひとり、そうごちる。
「果たして何も知らないのはどちらなのかしらねえ」
この婚約破棄劇はまさに仕組まれた喜劇のようなものだ。
だって、そうなるようにここまで計算して全て仕組んでいったのは他でもないこの私なのだから。
私はこの先の事を考えて、ついステップでも踏みそうになる軽足を必死に抑え込んだのだった。