38話 脅威のプリセラ・グレアンドル
「プリセラ……様。どうされたのですか?」
あまりに珍しい来客の為、思わず私は畏まってしまった。
「ちょっとルフェルミアさんとお話ししたいなー、って思って、ね」
ニィっと笑う彼女の笑みには、何か得体の知れないものを感じざるをえなかった。
プリセラ・グレアンドル14歳。
魔法学院に通うグレアンドル家の中で最も天才という言葉があてはまる。ミゼリアと同じ髪色のプラチナブロンドが実によく似合う美少女。
私より歳は四つも下だけれど、私と体格はほぼ同じくらい。その癖、胸だけは私よりも大きくてちょっと劣等感。
しかし何よりも恐ろしいのはその記憶力。彼女はおそらく一度見聞きしたことを絶対に忘れない体質なのだ、とそれぐらいは事前の情報から知っている。
「ではこちらへいらして。紅茶を淹れますわ」
「ありがとー」
私がテーブル席に誘導するとプリセラ様は無遠慮に、すぐ腰掛けた。
その様子は何も知らない人が見れば無邪気で可愛らしいただの少女にしか見えないのだろう。
だがしかし、私は違う。
私はこの屋敷に来た当初からこのプリセラ・グレアンドルを最も警戒していた。
「うん、やっぱり美味しいねールフェルミアさんが淹れるアールグレイはさー」
ほんわかした笑顔で和ませてくるが、余計に私の中での警戒心が高まる。
何故ならこの少女に関する情報だけ、極端に少なさすぎるからだった。
「あのさ、ルフェルミアさんはさ、どうしてリアン兄様と婚約することにしたのかなー?」
ドキン、とさせられる。
プリセラ様は滅多に私に絡んでこない。しかしごく稀に核心を突いてくるような質問をしてくることがある。
初めて彼女に質問されたのは、まだヴァンに婚約破棄される前。
『あのさ、ルフェルミアさんはさ、どうしてわざわざヴァン兄様を選んだのかなー?』
こんなことを聞かれた。
そして今も似たような言葉でこちらの何かを探っている。
「プリセラ様。先日も言いましたけれど、私はリアン様に救われ、彼に惹かれたからですよ」
「それは聞いたー。でもルフェルミアさんが好きなのってリアン兄様じゃないでしょー?」
「何故そう思われるのですか?」
「あはは、わかるよー。あたしも女の子だからねー」
心臓の音が大きくなってきている。
私の中で警鐘が鳴り始めた。
この少女はやばい。
もし私に今制約がなければ、この場ですぐにこの子を処分してもおかしくないレベルだ。
「あたしさー、そういうのわかっちゃうんだー。ルフェルミアさんが嘘ついている時の顔とか、ねー」
非常にまずい。
今までにも経験したことがある。
稀にいる異様に勘の鋭い人間。
そういう人間は私たちにとってもっとも厄介な存在だ。
「プリセラ様、私は嘘なんて……」
「嘘だよー。いいよー今日はさー、ちょっと本音で語り合おーよー。おんなじ女子同士、ねー?」
この子、やはり何か探ってる。
これまでに何度か彼女にこういう核心を突いた質問をされた時、上辺だけの回答をしても彼女はそれ以上食い下がることはなかった。
けれど今日は違う。
「せっかく二人きりなんだからさー。あたしもルフェルミアさんに秘密にしてること、話すからさー」
ドウェイン様は中央区の領地の仕事でいつも帰りは遅い。ミゼリアはだいたい遊び回っていていない。ヴァンはいつも通り近衛兵の仕事が夜まであり、リアン様も就職活動中で戻らない。
そしていつもならプリセラ様も夕刻までは学院で過ごすはずなのだけれど、今日はちょうど学院の周年でお休みらしい。
つまり屋敷で使用人たちを除けば彼女と二人きりなのである。
「……プリセラ様。それではプリセラ様にお聞きしますわ。私が好きなのがリアン様でないとするなら、一体誰だと仰りたいのです?」
「あは、誰なんだろーねー? 案外ルフェルミアさん本人も気づいてない……んーん、違うかな。気づかないフリをしてるかもねー」
無邪気な笑顔。まるで全て見通しているかのよう。
「プリセラ様。お戯れはそこそこになさってください。私はリアン様に救われて彼との婚約を決めたのです。それ以上も以下もありませんわ」
「ごめんねー。なんだか怖がらせちゃったみたい。ルフェルミアさん、あたし、ルフェルミアさんが嫌いだからこんなことを言っているんじゃないんだよー。誤解しないでー」
それはわからなくもない。
この子からは一切の敵意、殺意、悪意を感じないからだ。
「ただお話しをしてみたかったのー」
「何故、今になって突然お話しなど……。私がミゼリアお義母様に散々虐められていた時はプリセラ様も見てみぬふりをしていたではありませんか」
「あれ、根に持ってるー? ごめんねごめんね。でもねー、あたし、ルフェルミアさんが本当に辛かったら助けてたよー。ママは他人にきつすぎるから、やばいなぁって思ったら止めようーって、ちゃんと思っていたんだからー」
「何を今更……。私が木刀で殴られたり、ロクに食事さえ与えられていなかったのをプリセラ様も見ていたはず。それがやばくないとでも?」
「うーん。だってルフェルミアさん、それ、いつも楽しんでいたでしょ?」
――ああ。
やっぱり駄目だ、この子は。
会話で濁そうとすればするほど、こちらを見透かしてくる。恐れていたことがどんどん現実味を帯びてくる。
私はできるなら不要な殺しをしたくはない。この屋敷にきた当初からプリセラ様だけは警戒を怠らなかったが、特に接触もしてこなかったから良かった。
それがついにこうやってこられて、そして想定通りの展開になってきている。
殺さなくては――。




